第4話 せいぜい腹一杯になるまで楽しんでくれよな?
「おう、マスターさんよぉ。ビビッて逃げ出してないだけ褒めてやるぜ?」
「まさか。あんたほどの強い男に貢献できるなら光栄ってやつだ。今後も末永く協力させてくれよ」
「へっ、わかりゃあいいんだ。この世の中、弱い奴は俺様みてえな強い奴に頭下げてりゃ丸く収まるって寸法よ。今お前は間違いなく賢い選択をしてるぜ?」
約束の昼前、店内にて。
件の不届き者――ガロワは、露ほども思っていない俺の賛辞に気をよくしている。
奴の後ろには、これまた同じく柄の悪い男が二人ついていて薄気味悪い笑みを張り付かせている。
「さあ、例のものはそこにある」
俺はカウンターの奥に置かれた樽を指差す。
それを目にしてひときわ気持ちの悪い表情を浮かべたガロワは、ずかずかとカウンターの内側を進んでいく。
俺も後に続くと何かに気付いたらしくこちらに振り向いた。
「おい、四樽って話だったじゃねえか! お前まさか嘘ついてねえだろうな!?」
「約束を違えるはずがないだろ。さすがに残り一つは入りきらなかったんだ。店の外にあるから安心してくれ」
もちろん外にはなにもない。
あれは条件を引き伸ばすための方便だ。
「ま、そんなこったろうと思ったぜ。よしじゃあ早速」
ガロワが樽を持ち出そうとしたところで俺はそれを引き止める。
「おっと待ってくれ。樽の中を確認しなくてもいいのか?」
「へっ、んなもんいらねえよ!」
「その中身があんた達の気に入るものだったらいいんだが、もしもと言うこともあるだろ?」
「……確かに、万が一があっちゃあ顔向けできねえな。おい、お前ら来やがれ!」
今顔向けって言ったよな?
ガロワは控えていた二人の仲間を呼ぶと、それぞれの樽の前に付かせた。
三人は蓋を開けて一口二口と飲み始める。
「うえっ。アニキぃ、これ……」
「酒なんてもんじゃないですぜ!」
お仲間の報告を受けたガロワは再び味をみる。
するとすぐにそれをぺっぺと吐き出した。
「おい、どういうつもりだ!」
「ははは、こいつは傑作だ。お前ら揃いも揃って本当面白い顔してんな!」
悔しそうに床を踏みつけるその様子に、俺は大笑いをして挑発する。
「テメエら、やっちまえ!」
奴らがこちらに詰め寄り密集した瞬間を見計らう。
一歩、二歩、三歩。
「出番だ、エメルダ!」
「はあああっ!」
死角に潜んでいた修道服姿の女が、カウンターを飛び越えガロワ達に向かって不意打ちの飛び蹴りを見舞う。
三人はボウリングのピンのようにその勢いのまま壁に激突し、壊れた樽の水を派手に被りながら昏倒状態に入った。
その隙に俺はガロワ達のすぐ側まで近寄っておく。
「おい、そこの女ぁ……。そこから動くんじゃねえぞ、今からぶっ殺してやるからなぁ!」
すぐに気がついたガロワは、頭に血が上った様子でこちらには一切気が向いていない。
その直後、店から出ていった修道服女を追うべく立ち上がろうとした。
「おいおっさん、汚い川の水は美味かったろ? ま、それだけじゃ悪いからお望みどおり念願の酒を出してやる。せいぜい腹一杯になるまで楽しんでくれよな?」
「あ? テメエ、さっきから何言って」
右手に力を込め三人に向けて酒を大量放出する。
相変わらず勢いだけは十分だ。
奴等は始めこそはもがいて抵抗していたがついには気を失った。
「アインズ、手筈どおりに頼む!」
店の奥に向けて叫ぶとすぐに彼らは姿を見せる。
「了解っすマスター! 行くぜ皆!」
ガロワとその仲間を軽々と担いだアインズ達は店の外へと出ていった。
それを追っている途中で俺はさっきの修道服女とちょうどすれ違う。
「力添えは必要?」
「いいや、俺の手だけで処理しに行く」
問い掛けにそれだけを答えると彼女は去っていった。
ガロワ達が運び込まれた教会の前に俺はいる。
しばらくして出てきた三人を尾行し、裏通りに入ったところでガロワを孤立するように誘導した。
俺が目の前に姿を現すと奴はすっかり怯え切っている。
「さ、さっきのはお前がやったのか!?」
「さあな。もう一回喰らえばはっきりするんじゃないか?」
「ひいっ!」
「なんてな。安心しろ、大人しくしてれば危害は加えないさ」
ガロワはただ頷くのみだ。
「今回は何故か教会に運ばれて助かったみたいだが、次は保証できない。もしかしたら今度は川の中で見つかるかもしれないな。死因は酔っ払って飛び込んだってところか? その時は証人を複数でっち上げといてやるよ」
それを聞いた奴は顔がみるみる青ざめていく。
「あああああ……ゆゆ、許してくだせぇ! 依頼が! おおお俺たちに依頼、依頼があったんでさぁ!」
「は? 一応聞いといてやるよ」
「ヴァレリア商会ってところから、秘密裏にあんたの店の妨害をしろってさ。それができたら報酬を弾むって言われてよ……!」
「嘘だったらどうなるかわかってんだろうな?」
「ほほほ、本当ですって!」
ヴァレリア商会とは初めて聞く名だ。
店で放った顔向けという言葉といい、もしかしなくともこの件には裏があるのだろう。
だが、今はそんなことどうだっていい。
「ああ、忘れるところだった。最後に一つ手厚くお礼をしておかないとな。なあに、どうせ一般人のすることだ。冒険者様には痛くも痒くもないだろうよ」
能力についてまた一つわかったことがある。
酒の放出の瞬間に攻撃を合わせるとその勢いが大きく増す。
許可を得た上で、ギルド管轄下にある伐採予定の大木に試してみたところ一発で倒すことができた。
もちろんそれには衝撃を軽減する防具などが必要になる。
ましてやステータスの低い俺からすれば、ベアル相手の実戦に耐えられるはずもない。
それでも人相手くらいなら有効に働くはずだ。
「……あいつを泣かせた報いを受けろ、クソ野郎!」
グローブをはめた手に力を込め、インパクトの瞬間に合わせて最大限に放出する。
「ぐあああっ!?」
勢いのついた一撃を土手っ腹に叩き込むと、ガロワはボールのようにいとも簡単に吹き飛んでいった。
地に叩きつけられた衝撃で言葉を発せない様子の奴に近づき、腰元のショートソードを抜く。
喉元にそれを突きつけると、ヒューヒューと息をする音がしてガロワの体は小刻みに震えはじめた。
「明日にでもギルドから除名処分が下るだろう。だから一つ、荒くれ者のお前らが唯一生き長らえる助言をくれてやるよ。二度とこの街には近づくな。今後は故郷で慎ましく暮らせ。そうお仲間にも伝えておけ!」
錯乱したガロワが逃げ去った後、俺はひとまずの終わりを確信しその場に座り込んだ。
だがこれは氷山の一角に違いなく、次から次へと妨害工作は続くだろう。
それに対抗するには俺自身が撃退できるだけの力をつけなければならない。
「こんなことのために買ったんじゃないんだけどな」
ショートソードを見つめたあと鞘に戻す。
俺は決意を新たにして店へ戻った。




