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第3話 あの時、わたしの手を引いてくれたから

「しかし、クレハ君……。僕には君が喧嘩をするようには思えないんだけどね」


 翌日の昼前、急ぎやってきたジラルドは俺を見て心配そうな表情を向けた。

 ミツキやスゥにも同じようなことを聞かれたが、彼らには転んだと言って誤魔化している。


「頼む、今はなにも聞かないでくれないか。すべてが終わったら皆を集めて話すつもりだ」


「わかった、初めに決めたことに従うよ。君がそう言うのならそれでいい。ああ、例のものはすぐ届くよう手配しておいたからね」


 今のところ昨夜の出来事を知るのはフェリスとアリスフィアだけだ。

 これ以上の動揺が広がれば店の運営にも関わるかもしれない。

 よって片がつくまではこのままでいいだろう。


「今からどこまで行くんですか?」


 その日の営業が終わった夜、届いたばかりの木の樽を台車に乗せていると声を掛けられた。


「フェリスか。手当てのお陰で大分痛みが引いたよ」


「わたしはわたしのできることをします。そこで……心配なのもありますし、クレハさんのお手伝いをさせてくださいっ」


 出会ってから様々な表情を目にしてきたが、彼女のここまで真剣な眼差しを見たことはなかった。

 この街に流れてきてから彼女は着実に変化しつつある。

 俺にとってそれは自分のことのように嬉しい。


「そいつはありがたいな。じゃあ後ろから押してくれるか?」


 そうして台車が動き始めると、すぐに背中越しに声が聞こえた。


「なんだか二人でお酒を売っていた時を思い出しますね!」


「たしかにな。最初は俺達だけだったのが懐かしく感じるよ」


「アリスフィアさんやジラルドさん、スゥちゃんとミツキさん。それから来てくれるお客さん達。たくさんの出会いがあのお店から始まっていったんですよね」


「ああ。もちろんフェリスにもだけど、皆には感謝してもしきれないな」


「……覚えていますか? クレハさんがあの時、わたしの手を引いてくれたから」


「くれたから、なんだ?」


 なぜか妙に間が空いてしまっている。


「あっ……。えっと、すごく嬉しかったんです。だってあの時からわたしっ!」


 彼女は小さな声でなにかを呟いた。


「悪い……。俺、耳遠くなったのかな。今なんて言ったんだ?」


「いえなにも! あ、そろそろ着いたんじゃないです!?」


 フェリスは唐突に大きな声をあげて台車を押し始める。


「待て待て、そんなに力を入れなくていいんだよ! ――よし、ここらでいいだろう」


 二人で樽に川の水を汲み入れるとすぐに満杯になった。


「これでおしまいですか?」


「あと残り二つ分だ。まだ時間が掛かるからお前は先に戻っててくれるか?」


「それだけは絶対にいやです。わたしにも最後までお手伝いさせてくださいっ」


「わかったよ」


 俺はもう頷くしかできなかった。


「ところでこれはなにに使うんでしょう。中身が水の樽って一体?」


「ああ、それはな……明後日(あさって)になってのお楽しみだ!」


 月の光が照らす復路を行く最中、楽しげに微笑むフェリスの表情が心に焼きついたような気がした。


「――と言うわけだ。皆、どうだろうか?」


 そうして決行前夜。人払いを済ませた店内では、俺と四人の冒険者でテーブルを囲んでいる。


「確かに私闘には当たらないっちゃ当たらないすね。ま、なにかあればハナっからマスターに手を貸すつもりだったっすけど!」


 アインズ達三人は任せろと言わんばかりに胸を叩いた。


「それにしてもあの短時間でよく考えたわね。クレハの用意したこれ、奇策と言えば奇策かもしれないわ」


 アリスフィアは自信たっぷりに答えた。


「どちらにせよお前が要になるわけだ。念には念を押しておこうと思ってな」


「話はまとまったようっすね。じゃあ、景気づけにいっちょ!」


 威勢よくアインズが乾杯の音頭を取ると皆もそれに続いた。


「今夜のお酒は格別ね」


 アリスフィアは一杯目を一息で飲み干し、はいとグラスを俺に差し出すような素振りを見せた。


「お前わかってんだろうな。飲みすぎて潰れるのだけは勘弁してくれよ」


「ええ。あなたは大事なところを私に預けてくれたのよ。この大役を仕損じるはずがないわ」


「お前と違って俺はなにもできないからな。一人じゃどうしようもないから頼るしかないんだ」


 彼女に悪態をつくつもりはなかったのに、なぜ口をついて出てしまったのだろう。

 応える様子のないアリスフィアの姿に俺は頭を振る。


「すまない、どうかしてた。今のは忘れてくれ」


「いいのよ、私も昔はそうだったもの。クレハの悔しい気持ちは痛いくらいによくわかるわ」


 そうか、俺は彼女の強さに憧れてるだけじゃなく嫉妬してるんだ。

 理想と現実のギャップに苛立ってしまった。

 それをようやく自覚したものの、うまく言葉を返すことができないでいる。


「これだけは頭に入れておいてちょうだい。私達に頼ってすべてが解決するのならそれでいい。けれど、もしもクレハの中に怒りという感情が渦巻いているのなら、それは他でもないあなたの手で処理すべきよ」


 彼女はまた明日と言ってグラスをテーブルに置き、この場から颯爽と立ち去っていった。

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