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01 ナリシス

 クローディアは長い黒髪を高い位置で一つに束ねると、管制室へと降り立った。


「おはようございます。午前八時になりました。乗客の皆さまは、食堂に移動して下さい」


 そうアナウンスを終え、クローディアは席に着いた。彼女は現在三十五歳。乗員、乗客合わせて二百三十三人を抱える移民船「ナリシス」の船長である。

 宇宙空間においては、昼も夜も無い。しかし、船内は午前八時になると紫外線が照射され、明るくなる。船客たちは生活リズムを保つことを義務付けられており、食生活も管理されていた。

 ナリシスは今、惑星「ソルダン」に向かっていた。地球を出発して五ヶ月が経とうとしていた。あともう少しだ。ソルダンへはあと一ヶ月弱で到着するだろう。


「船長。おはようございます」


 癖のない真っ直ぐな黒髪をショートカットにした、細身の男性が現れた。アルバートだ。彼はいつも通り、クローディアと自分の分の朝食をトレイに持ってきた。


「ありがとう、アルバート」


 アルバートは副船長である。クローディアの右腕とも呼べる存在だ。彼らは士官学校の先輩後輩でもあり、当時からクローディアはアルバートに慕われていた。


「夜間の航行も問題無かったようですね」

「順調だな」


 クローディアはソルダンを思った。開拓されてから五十年になる、安定した惑星だ。年中寒く、雪が降り注ぐが、既に開発の終わったインフラのお陰で生活に困ることはないと彼女は聞いていた。

 ソルダンはクローディアの軍人としての終着駅だった。この船を降りると同時に、彼女は民間人になるつもりだった。彼女の婚約者のヒューゴも一緒だ。彼もこの船に乗っていた。

 朝食を食べ終えたクローディアとアルバートは、一緒に喫煙室へ行った。


「そろそろ、やめねばならんのだがな……」


 クローディアは呟いた。彼女の紙巻きタバコがじりじりと燃えた。彼女はソルダンに着いたら、ヒューゴとの子供を作る気でいた。アルバートが笑った。


「まあ、向こうに着いてからでもいいんじゃないですかね? 船内はストレスが溜まる」

「そうだな」


 ナリシスには、ジムやボウリング場、映画館にショッピングモールといった、運動と娯楽の施設も揃えられていた。しかし、もう五ヶ月だ。乗客たちも飽きている頃だろう。

 クローディアは、乗客間のトラブルを懸念していた。このまま何もなく、航行を終えられるといいのだが。


「そうだ、アルバート。例の妊婦の様子は何か聞いているか?」

「いえ、特には。そろそろですよね」


 乗客の中には、妊娠中の女性が居た。地球を出発してしまってから、そのことを明かされたのである。規定では、妊娠中だと移民船には乗れない。しかし、乗せてしまった以上、降ろすこともできない。


「メディカル・チェックがきちんと機能していればな」

「結局あれ、自己申告制でしたもんね」


 産まれてくる赤子には罪はない。ナリシスには産科専門ではないが医師がいるし、出産経験のある有志が女性を支えているとクローディアは聞いていた。

 自分自身も子供を持つことを望む身だ。クローディアは、規定違反の女性のことを苦々しくは思いながらも、新しい生命が産まれることを期待していた。

 クローディアは吸い殻をダストボックスに落とした。それから両腕を天井に突き出して伸びをした。


「アルバート、行こうか」

「はい」


 操舵室に向かったクローディアは、操舵手のオリバーに声をかけた。彼は身長が百九十センチ以上ある。背の低いクローディアは、彼と立って相対するとかなり見上げることになるのだが、そのときオリバーは椅子に座っていた。


「オリバー。異常はないか」

「ええ。問題ありません」


 ナリシスはもう長い間、自動運転に移行していた。今のオリバーの仕事といえば、管制AIを見張ることのみだ。彼の傍らにはタブレットがあり、クローディアが声をかけるまでは新聞記事を読んでいたようだった。


「何か楽しいニュースでもあったか?」

「無いですね。市民団体のデモが激化していますよ」


 荒廃した地球を捨て、開発された他の惑星に移れるのは、一部の特権階級や富裕層のみだった。クローディアもその一人だ。彼女は叔父の威光により、三十半ばという若さにも関わらず船長の地位を得て、ソルダンへと永住できるのであった。

 力や富を持たない多くの市民たちは、地球でデモに明け暮れていた。しかし、惑星にも受け入れられる限度というものがある。地球の人間全てを宇宙に散らすには、まだ容量が足りないのだ。

 ナリシスの帰りの船長は、アルバートになることに決まっていた。クローディアはそれが心強かった。彼になら、この船を任せられるだろうと彼女は考えていた。

 クローディアは傍らに立っていたアルバートに言った。


「もうすぐ、お前に船を任せることになる。準備はいいな?」

「はい。船長」


 二人は顔を見合わせた後、眼前に広がる宇宙空間を見た。ソルダンが輪郭を表すのはいつだろうか。クローディアはそれを心待ちにしていた。

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