清楚系美少女に「デブのキモオタはタイプじゃない」と残酷にフラれた俺は、オタクに厳しいギャルにシゴかれて男を磨くことに!?
「よ、吉岡さん、す、好きですッ! 俺と……付き合ってください!」
放課後の校舎裏。
告白するにはこれ以上ないベタなシチュエーションで、俺はクラスメイトの吉岡さんに、遂に思いの丈をブツけた。
自分の心臓の音がうるさすぎてめまいがする。
あまりの緊張で昨日は一睡もできなかった。
それでも勇気を振り絞って告白したんだ……!
どうか実ってくれ、俺のこの想い――!
――が、
「ゴメンね、松永くんみたいなデブのキモオタは、タイプじゃないから」
「…………え」
吉岡さんはいつもの清楚な笑顔を浮かべたまま、サラッとそう言ったのである。
「あ、ゴメン、俺の聞き間違いかな? 今、『俺みたいなデブのキモオタはタイプじゃない』って聞こえたんだけど?」
「うん、だからそう言ったんだよ。勘違いさせちゃってたなら謝るけど、松永くんに話し掛けてあげてたのは、周りに対する好感度アップのためだから。もしかして私と両想いだとでも思った? これだから二次元の世界でしか生きてないオタクはキモいんだよねー」
「――!!!」
清楚系美少女の吉岡さんの口から、そんな悪魔みたいな言葉が溢れてきたので、脳がバグりそうになる。
う、噓だ……。
こんなの現実なわけない……。
きっと俺は、タチの悪い夢を見てるに違いないんだ……。
「もう二度と松永くんには話し掛けないから、松永くんも私の半径2メートル以内には一生近付かないでね。じゃーねー」
「う……ああ……。ああああああああああああああああ……!!!」
が、地面に叩きつけた握り拳の痛みで、嫌でもこれが現実だと認めざるを得なかった。
「うぅ……うぐぅ……。ううぅ……」
夕陽に赤く照らされた河川敷で一人、俺は声を殺して泣いた。
酷い……!
あまりにも酷すぎる……!
初恋だったのに……!
あんなに女の子に優しくされたのは生まれて初めてで、これこそが真実の愛だと、信じていたのに……!!
もうダメだ……。
もう何もかもお終いだ。
この世には、夢も希望もありはしないんだ――。
「アレ? 松永じゃん。どしたん、そんな泣いてさ?」
「――!!」
その時だった。
急に女性の声がしたので慌てて横を向くと、そこにいたのはクラスメイトの木津根さんだった。
木津根さんは吉岡さんとクラスの人気を二分する美少女だが、髪は金に染めてるし、肌は日サロで焼いてるし、ピアスはジャラジャラつけてるしで、正直俺は苦手なタイプだ。
「な、何でもないよ。ちょっと目にゴミが入っただけだよ」
「……そんなワケないじゃん。アタシでよかったら、話くらいは聞くよ」
「――!」
木津根さんは俺の隣にヨイショと腰を下ろし、夕陽を眺めた。
こ、これは……!
ラノベでよくある、『オタクに優しいギャル』というやつなのでは……!?
「……実は」
「うんうん」
俺も心のどこかでは、誰かに話を聞いてほしかったのだろう。
俺は先程吉岡さんから受けた残酷な仕打ちを、一から十まで全部吐き出した。
「なるほどね。それは松永が悪いよ」
「っ!!?」
が、木津根さんからの第一声は、オタクに優しいギャルとは真逆のものであった。
えーーー!?!?!?
「な、何で……」
「何でって。松永がデブのキモオタなのは事実じゃん」
「……!!」
エグってくるね!? 心の傷をッ!(倒置法)
「どーせ松永は、『好きな女の子には、ありのままの自分を好きになってほしい』とでも思ってるんだろ?」
「……そ!」
それは、そうだけど……。
「それが怠慢だって言ってんだよ。女から好かれる努力をサボる免罪符に、『ありのままの自分』なんて言葉を使うなよ。お前はデブでブサイクな女のことを好きになるのか? なんねーだろ? 吉岡みたいな女を好きになってる時点で、自明だよな」
「――!」
木津根さんは口調こそ穏やかなものの、その口から発せられる言葉のナイフは、ただでさえ深く傷付いていた俺の心にとどめを刺した。
だが、ある意味では図星だったこともあり、何も言い返す言葉が浮かばない……。
「……でも、俺みたいなデブのキモオタは、どれだけ努力したところで意味ないし」
「いーや、そんなことはないね。――人間は努力次第で、誰でも特別になれるんだ」
「……!」
木津根さんの真っ直ぐで曇りのない瞳に、深く沈んだ俺の心の芯がズグンと震える。
き、木津根さん……?
「アタシがそれを証明してやるよ。明日の午後1時に、この場所に動ける格好で集合な」
「え?」
何その美味し○ぼみたいな展開?
「じゃーな、松永」
「あ……」
俺の返事を待たずして、木津根さんは夕陽を背に颯爽と去って行った――。
「よーしよし、ちゃんと来たな。褒めてやるよ」
「いや、来たくらいで褒められても……」
そして迎えた翌日の土曜日。
学校のジャージを着て昨日の場所に行くと、スポブラに丈の短いスパッツという、何とも布面積の少ない格好でストレッチをしている木津根さんが俺を待っていた。
スタイル抜群のボディラインが浮き彫りになっているうえ、長い金髪もポニーテールにしているので、艶めかしいうなじが露わになっており、非常に目のやり場に困る……。
でも、まさか本当にいるとは。
正直嫌がらせで呼び出しただけで、すっぽかされるんじゃないかと内心ドキドキしていたので、ちょっと拍子抜けだ。
「いやいや、何事も最初の一歩が肝心なんだよ。最初の一歩を踏み出せるやつだけが、二歩目を踏み出す権利が得られるんだ。お前は今その権利を得た。誇っていいぞ、松永!」
「ハ、ハァ」
バチッとウィンクを投げながら、サムズアップを向けてくる木津根さん。
もしかして木津根さんて、こんな見た目でスポ根なのだろうか?
「ところで、今日は何をするのかな?」
何をやるかも聞かないでノコノコ来る俺も俺だが。
「そりゃ決まってんだろ。ダイエットだよ、ダイエット」
「ダ、ダイエット!?」
いや、雰囲気的にそんな気はしてたけど……。
「無理だよ俺、根性ないし……」
「ふーん、じゃあお前は吉岡に見下されたままでいいんだな?」
「……!」
それは……。
「お前は一生このまま、デブでモテないキモオタとして人生を終えることになるけど、本当にそれでいいんだな?」
「……」
俺の頭の中を、昨日の吉岡さんの蔑むような顔がよぎる――。
……くっ!
「――よくないよ!」
「――!」
「いいわけないだろ、それで! 俺だって本当は瘦せてイケメンになって、吉岡さんのことを見返したいよッ! チクショウがッ!!」
一度決壊したら、気持ちが溢れ出して止まらなくなった。
それは涙に形を変えて、俺の頬を濡らした。
「フフ、言えたじゃねえか。今のお前、ちょっとだけカッコイイぜ」
「え?」
木津根さん??
今、何と??
「よし、そうと決まったら善は急げだ! アタシについて来いよ、松永ァ!」
「っ!」
木津根さんは全速力で、俺の前から遠ざかって行った。
「ま、待ってよ、木津根さあぁん!」
俺はそんな木津根さんの後を、文字通り必死で追いかけた。
「ゼハァ……ゼハァ……ガハッ……」
「よし、初日だし今日んとこはこんなもんか」
それからたっぷり30分近く、俺は地獄のランニングに付き合わされた。
も、もう一歩も動けねぇ。
俺は河川敷に仰向けに倒れ、天を仰いだ。
「へっへーん、このアタシについて来るたぁ、意外と根性あんじゃん、松永」
「そ、そういう木津根さんは、息一つ乱れてないね……」
完全に偏見だが、ギャルって運動とかダルくてしないもんだと思ってた。
「あ、今、『ギャルって運動とかダルくてしないもんだと思ってた』と思ったっしょ」
「っ!?」
エスパーかな!?
「アハハ、松永はすぐ顔に出るからおもしれーな。一口にギャルっていったって、いろんな人間がいるんだからさ。アタシみたいに毎日運動してるギャルだって、中にはいるっての。人を見掛けだけで判断しちゃいけねーぜ、ボーヤ」
「ハ、ハァ」
どうもまだイマイチ、木津根さんという人が掴めないな。
「さて、ランニングを頑張った松永にはご褒美だ。ホレ」
「え?」
木津根さんはタッパーに入ったレモンのハチミツ漬けを差し出してきた。
輪切りにされたレモンにかかったハチミツが太陽にテラテラと反射しており、鼻腔をくすぐる酸っぱい匂いと相まって、口の中が涎でいっぱいになる。
こ、これは……!
ラノベで運動を頑張った主人公にヒロインが出す定番アイテム!
やはり木津根さんはオタクに優しいギャルなの、か……?
「それ食ったら次は筋トレだかんな。気合い入れろよ」
「っ! マジで?」
前言撤回、やっぱ木津根さんはオタクに厳しいギャルだッ!
「よーし、まずは腹筋な」
「は、はい」
膝を曲げて草原に横になった俺の足首を、木津根さんがギュッと掴む。
お、おぉふ……。
女の子にこんなに身体を触られるのは生まれて初めてなので、心臓が有り得ないくらいバクバクしている。
「アタシの掛け声に合わせて身体を起こせよ。ハイ、イーチ」
「イ、イーチ」
ダルダルにたるんだ腹筋に鞭打ち、上体を起こす。
すると――。
「っ!?」
俺の眼前に木津根さんのたわわわわな胸の谷間が出現した。
ランニングで流した汗でほんのり谷間に水溜りが出来ており、思春期男子のリビドーをビリビリ刺激する――。
うおおおおおおお!?!?
「へへ、こうやってニンジンをブラ下げとけば、松永もやる気出るだろ?」
「なっ!?」
もしかして木津根さん、ワザと……!?
「ホレ、さっさと次いくぞ。ハイ、ニーイ」
「ニ、ニーイッ!」
俺は腹筋を、それはそれはガンバッタ――。
――こうしてこの日俺は、日が暮れるまで鬼コーチの木津根さんから、過酷な特訓を受けたのであった。
「よーし、今日はここまでだ。よく頑張ったな松永、偉いぞ」
「――!」
木津根さんに頭をナデナデされた。
うおおおおおおお、やっぱ木津根さんはオタクに優しいギャルなんだああああああ!!!!
「じゃあ明日も同じ時間に、この場所に集合な」
「っ!? あ、明日も!?」
流石に体力の限界なんで、一日くらいは休ませてほしいんですけど……。
「当たり前だろ。こういうのは毎日やらないと意味がねーんだよ。じゃあな松永。今日はゆっくり風呂に入って、しっかり休めよー」
「あ、うん……」
夕陽を背に、鼻歌交じりで颯爽と去って行く木津根さん。
――前言撤回、やっぱ木津根さんはオタクに厳しいギャルだッッ!!!
「……おお!」
そしてあれから3ヶ月。
風呂上がりに乗った体重計の数字を見て、俺は思わず拳を握った。
ほぼ毎日木津根さんからの地獄の特訓を耐え抜いてきた甲斐あって、3ヶ月前は78キロもあった俺の体重は、64キロにまで落ちていた。
鏡に映った上半身は綺麗な逆三角形を描いており、腹筋は6つにバキバキに割れている。
頬の肉もすっかりこけ、自分で言うのも何だが、なかなかのイケメンになった気がする。
……これが本当に俺。
嗚呼、この3ヶ月、何度も投げ出しそうになったけど、頑張ってきてよかった。
俺は今、蛹が蝶に羽化したかのような達成感に包まれていた。
――それもこれも、木津根さんのお陰だな。
「――!」
その時だった。
俺のスマホがブルリと一つ震えた。
手に取って見れば、トークアプリに木津根さんから、荒ぶる猫のスタンプと共にこんなメッセージが届いていた。
『明日の1時に、駅前に集合な!』
駅前に?
こんなこと初めてなので、期待と不安で胸が膨らむ。
ひょ、ひょっとしてデートの誘いか!?
いやいや、まさかまさか……!
でも、なくもなくもなくもない??
うおおおおおおお、どっちなんだあああああ!!!!
――この日俺は、眠れない夜を過ごした。
「オッス松永。ゴメン待った」
「いや! お、俺も今来たとこだよ!」
そして迎えた翌日。
約束の時間ちょうどに、木津根さんは現れた。
本当は1時間前から来ていたが、それは秘密だ。
――今日の木津根さんは、二つ結びにした髪に、キャミソールにホットパンツという、ザ・ギャルといった出で立ちだったが、まったく嫌悪感はない。
むしろブッチャケ滅茶苦茶可愛い……。
おかしいな……。
俺はギャルは苦手だったはずなのに、いつの間にこんな――。
「フフ、ほんじゃさっそく行くよ。ついて来て」
「――!」
木津根さんに手をギュッと握られ、そのままグイと引かれる。
ふおおおおお、木津根さんの手、メッチャ柔らけえええええ!!!!
「まずはここね」
「っ!」
木津根さんに連れて来られたのは、いかにも陰キャお断りと看板に書いてありそうな、シャレオツな美容院であった。
「こ、ここに入るの!?」
「そうだよ。そろそろ松永のそのボサボサの髪も、整えなきゃいけないからね」
「でも……」
今まで一度も美容院なんて入ったことないので、心の準備が……。
それに――。
「申し訳ないんだけど俺、あまり持ち合わせが……」
こういうお店でカットしたら、余裕で1万円は超えるイメージがある。
今財布の中には5千円くらいしか入ってないので、とても足りる気がしない……。
「その点は心配しないで大丈夫だから。とりあえず行くよ!」
「――!」
強引に手を引かれ、店内に連行された。
まったく木津根さんは、つくづくオタクに厳しいギャルだよ――。
「おっ、いらっしゃい。待ってたよ」
「今日はよろしくー!」
「――!」
俺たちを出迎えてくれた店長さんらしき美人な女性を見て、俺は絶句した。
店長さんの顔が、木津根さんにソックリだったからだ。
「えへへー、これはアタシのお姉ちゃん。ここの店長なんだよ」
「どうもー、妹がいつもお世話になってるね」
やっぱりお姉さんだったか!
「こ、こちらこそ、木津根さんにはお世話になってます……」
「フフ、聞いてた通り、おもしろそうな男の子だね、松永くんは」
「でしょでしょー」
木津根さんはいったいお姉さんに俺のことを何て言ってるの!?
「あ、あのですね、実は俺、今日はあまり持ち合わせが……」
「その点は大丈夫だよ松永くん。ちょうど男の子のカットモデルを探してたから、今日はサービスってことで」
お姉さんはバチッとウィンクを投げながら、サムズアップを向けてきた。
嗚呼、この二人、本当に姉妹なんだなぁ……。
「ビシッとカッコイイ感じに仕上げてね、お姉ちゃん!」
「フフ、お姉ちゃんにまかせなさーい☆」
お姉さんは例の『お姉ちゃんに任せなさい』ポーズをキメた。
こんなに『お姉ちゃんに任せなさい』ポーズが似合う人がいるだろうか? いや、いない!(反語)
「どうかな、こんな感じで」
「……おぉ」
鏡に映った自分の顔を見て、思わず溜め息が漏れた。
そこには少女漫画の表紙に載っててもおかしくないくらいの、超絶イケメンがいたのである。
これが俺???
髪型だけで、ここまで人の印象って変わるもんなの???
プロの仕事ってSUGEEEEE!!!!
「おおーイイ感じじゃーん松永ー! やっぱアタシが見込んだだけあるわ」
「木津根さん!?」
木津根さんに両肩をムニムニ揉まれた。
あわわわわ、メッチャイイ匂いがするううううう!!!!
「フフ、もっと自信持ちなよ松永くん。――君は自分が思ってるよりも、ずっとイイ男だよ」
「ハ、ハァ?」
お姉さんに艶めかしい声で耳元で囁かれたので、背筋がゾクゾクした。
「ちょっとお姉ちゃん! 松永のこと誘惑するのはやめてよねッ!」
「アハハハ、わかったわかったって」
「むうぅ」
「?」
木津根さん、何でそんなに怒ってるんだろう?
「次はここね」
「――!」
お姉さんのお店を後にした俺たちが次に訪れたのは、これまた陰キャが入店したら警報ブザーが鳴りそうな佇まいをした、シャレオツな服屋さんだった。
うええええ……。
本当にここに入るの?
何だか外から見てるだけで、気分が悪くなってきたんだけど……。
「アハハ、そんな死にそうな顔しなくたって、取って食われたりはしないから大丈夫だって! さあ行くよ!」
「はいはい」
もうこうなったら、地獄の底まで木津根さんに付き合いますよ。
「うんうん、イイ感じイイ感じ」
「そ、そうかな?」
木津根さんにコーディネートされるまま上から下まで試着してみたが、メンズファッション誌に載ってるモデルみたいな格好にされたので、どうにもむず痒い。
でも、確かに今の俺なら、こういう格好も似合ってる、かも?
「よし、じゃあ今日はその格好のまま帰ろ。すいませーん、これ全部お会計お願いしまーす」
「はーい」
「えっ!?」
木津根さん!?
「いや、さっきも言ったけど、今日は俺、あんま持ち合わせないんだって!?」
どう考えても5千円で買える内容じゃないってことくらい、素人の俺でもわかる。
「大丈夫大丈夫。これはアタシからのプレゼントだからさ」
「なっ……!」
何で俺なんかのために、そこまで……。
「この3ヶ月、一生懸命頑張ってきた松永へのご褒美だよ。素直に受け取ってよ」
「木津根さん……」
今確信した。
やっぱり木津根さんは、オタクに優しいギャルだ――。
「さーてとー、次はねー」
「木津根さん」
「ん?」
木津根さんがオタクに優しいギャルなのはわかったけど、どうしても一つだけわからないことがある。
「木津根さんはさ、何でそんなに、俺に優しくしてくれるの?」
「……!」
いくら木津根さんがオタクに優しいギャルでも、赤の他人である俺に、そこまで優しくしてくれる理由だけは未だにわからない。
ラノベとかだと、俺が忘れてただけで、実は俺と木津根さんは幼馴染だったなんて展開はよくあるけど、俺たちは学区が別々だからそれは有り得ない。
「……ホラ、これ」
「?」
木津根さんは自分のスマホを操作して、画面を俺に見せてきた。
「……これは」
そこに写っていたのは、メガネで黒髪の、太った地味な女の子だった。
誰???
「それはね、中学の頃のアタシ」
「――!!?」
えーーー!?!?!?
そんなバカなッ!?!?!?
今と全然違うじゃん???
「中学の時さ、好きだった先輩に告白したんだけど、『お前みたいなデブのキモオタはタイプじゃない』って、こっぴどくフラれちゃったんだ」
「……なっ」
それって、俺とまったく同じ……。
「それが滅茶苦茶悔しかったからさ、お姉ちゃんに頼んでコーチしてもらって、必死に女を磨いたってワケ」
「……」
そういうことだったのか。
今まで木津根さんに抱いていた諸々の違和感の正体が、これで腑に落ちた。
だから木津根さんは、あんなに運動が得意だったんだ。
今の木津根さんの美しさは生まれ持ったものじゃなく、血の滲むような努力の果てに得たものだったんだ。
木津根さんがあの日言っていた、『人間は努力次第で、誰でも特別になれる』って言葉の意味が、今やっとわかったよ。
「あの日松永が河川敷で泣いてた姿がさー、中学の頃のアタシと被ったんだよね。だから何か放っておけなくてさ。そういうワケだから、アタシが松永にしてきたことは、ただの自己満足だよ。松永がアタシに恩を感じる必要なんかないからさ――」
――!
「そういうわけにはいかないよッ!」
「っ! ま、松永……」
俺は思わず、木津根さんの両肩を掴んだ。
「たとえ同情心からだったとしても、俺がここまで頑張れたのは、木津根さんがいたからだよッ! 俺のこの木津根さんに対する感謝の気持ちだけは、絶対に噓じゃないって言い切れる。それだけは、木津根さんだろうと否定させないよ!」
「……!」
宝石みたいなクリッとした目を見開いた木津根さんは、次の瞬間、弾けるような笑顔になった。
「アハッ! アハハハハハッ!! やっぱ松永は、おもしれー男だな! アハハハハッ!」
「??」
今の俺のどこに、おもしろい要素が??
「――あっ、松永くん!」
「「――!!」」
その時だった。
聞き覚えのある甘ったるい声が、俺の鼓膜を震わせた。
「……吉岡さん」
そこにいたのは案の定、吉岡さんその人だった。
今日の吉岡さんは純白のワンピースという、ザ・清楚な出で立ちだったが、今の俺にはその格好が哀れな蝶を誘い込むための、蜘蛛の巣にしか見えない……。
「わぁー、本当に松永くんだぁ! 最近瘦せてきてカッコよくなったと思ってたけど、うんうん、今の松永くんだったら、全然アリかも!」
「……!」
何だいその、「型落ちしたスマホを安く買えてラッキー!」みたいな言い方は……。
「ねぇ、松永くぅん、私と付き合いたいって言ってたよねぇ? 今ならやっぱり、考え直してあげてもいいよぉ?」
「っ!」
吉岡さんは猫撫で声を上げながら俺の腕に絡みつき、その柔らかい胸を押し当ててきた。
……くっ!
「よ、よかったな松永、夢が叶って。じゃ、じゃあ、アタシはお邪魔みたいだから、先帰るわ」
「っ!? 木津根さん!?」
木津根さんは眉をへにゃりと曲げながら、俺に背を向けて走り去って行った。
木津根さん……。
「ホラ、木津根さんもああ言ってることだしさ。ねぇ、今から私の家来ない? 今日パパとママ旅行で、家誰もいないんだ」
「…………放してよ」
「え? ま、松永くん?」
「放せって言ったんだよッ!」
「っ!!」
俺は思い切り、吉岡さんの腕を振り解いた。
男からこんな態度を取られたのは初めてだったのだろう。
吉岡さんは自分の身に起きたことを理解しきれていないのか、ポカンとしている。
「な、何でよ……。あんなに私のこと、好きだって言ってたじゃない……」
「ゴメン。今の俺には――他に好きな人がいるから」
「――!!」
皮肉なものだ。
こんな状況になったことで、やっと自分の気持ちに気付くとは――。
「まっ、待ってよッ! お願いだから、もう一度だけ考え直して松永くんッ! 私みたいな美少女が、付き合ってあげるって言ってるのよッ!? こんなチャンス、二度とないんだからッ!」
「……さようなら、吉岡さん」
吉岡さんに背を向け、俺は木津根さんの後を追った。
背中から吉岡さんの罵詈雑言が聞こえてきたような気がしたが、最早俺の耳には届かなかった。
「ハァ……ハァ……やっと追いついた」
「ま、松永!?」
マラソンランナーも顔負けのスピードで人気のない路地裏まで逃げて来た木津根さんに、何とか追いつく。
この3ヶ月、俺も伊達に走り込んできたわけじゃない。
「な、何で松永がここにいんだよ!? せっかく吉岡と付き合えることになったんだろ!?」
見れば木津根さんの瞳は、薄らと潤んでいた。
ひょっとして泣いてたのか……?
「吉岡さんには、キッパリと断ってきたよ」
「――! な、何で……」
俺の言ったことが理解できないのか、木津根さんはポカンとしている。
さっきの吉岡さんと同じポカン顔なのに、こんなに可愛さに差があるのはおもしろいな。
「それは――今の俺が好きなのは、木津根さん、君だからだよ」
「――!! ……松永」
俺は木津根さんの両肩にそっと手を置き、木津根さんの目を真っ直ぐに見ながら告白した。
吉岡さんに告白した時はあんなにオドオドしていた俺が、こんなに堂々と自分の気持ちを言えるようになったのも、木津根さんのお陰だ。
「だからどうか、俺と付き合ってください。……ダメかな?」
まあ、もしこれでフラれても、その時はもっともっと自分を磨いて、木津根さんを振り向かせるだけだけど。
「……ふ、ふぇ」
「っ!」
が、木津根さんの瞳から、途端にボロボロと大粒の涙が零れ出した。
木津根さん??
「ア、アタシ、も……」
「……!」
木津根さん……!
「アタシも、松永のことが好きだよおおお!!! うわああああん、嬉しいよおおおおお!!!」
「木津根さん!?」
感極まった木津根さんは、俺にギュウと抱きついてきた。
う、うおおおおおおおおお!!!!!
「しゅきいいいい!!! しゅきしゅき松永大しゅきいいいいい!!!」
「……フフ、俺も大好きだよ、木津根さん」
俺と木津根さんは、人気のない路地裏でお互いの愛を確かめ合うかのように抱き合った。
そんな俺たちのことを太陽だけが、「やれやれ、お安くないぜ」とでも言いたげな顔で見ていた。
拙作、『塩対応の結婚相手の本音らしきものを、従者さんがスケッチブックで暴露してきます』が、一迅社アイリス編集部様主催の「アイリスIF2大賞」で審査員特別賞を受賞し、アンソロでの書籍化が決定いたしました。
もしよろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のリンクから作品にとべます)