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お世話をした人達、さようなら、私、幸せになります

 この一年でいろんなことが変わった。

 バリーも私も不安があったので、マルカの町に来て半年で結婚していた。婚姻の証明をしているのが公爵家なので、他から横槍がはいりにくいとのこと。

 今後のことを考えて、お隣の家を買い、宿屋が倍の広さになっていた。

 お隣の雑貨屋さんが高齢で閉店することになり、うちに『買い取りしないか?』ともちかけてきたのだ。

 宿屋のお客さんも増えていたし、宿屋以外の収入もそれなりにある。今後、家族が増えることを見越して、住居スペースも広くした。

 ついでに私の作業部屋も作ってもらった。初級ポーションだけでなく、毒消しや麻痺、痺れなどの状態異常回復ポーションも作るようになったので。すべて初級だが、需要はある。農作業中に蛇に噛まれたとか、蜂に刺されたとか。

『完治しなくても症状がすこし治まるだけで、助かる命があるんだよ。自分で歩けたら助けを呼べるし、治癒院にも行ける』

 とは、薬師ギルド長さんの言葉。

 初級だから仕方ない…と諦めていたが、ここでは『初級でも大丈夫。必要だ』と言ってもらえる。

 思えばバリーも出会った当初から褒めてくれた。

 マルカの町の人達はみんなそうなのか、褒めてくれる人が多い。

 いい人ばかりだが、世の中にはどうしても相容れない人もいる。

 休日、お洒落をしてバリーと一緒に買い物に行こうとしたら、宿屋の前に大きな馬車が停まっていた。

 バリーが『げっ』と引きつった顔になる。

「バリー様!」

 馬車の中から若い女性が降りて…、降りては来ないな。手を差し出している。扉から手を出して、ちょいちょい…と手招きしているような?

 バリーは首を横に振って『見なかったことにしよう』と私の手を引いて歩き出した。

「いいの?」

「いいに決まってる。ありゃ、オレが殺されそうになった原因だ」

「えーっと、馬車から降りてこないのはどうして?」

「オレにエスコートしろってことだと思う」

「なるほど?」

 全然、わからない。二人でスタスタ歩いていると。

「ソニア!」

 大きな声で呼ばれた。振り返らなくてもわかる。

「バリー、逃げよう」

 二人で走り出す。

「お、おう、なんかやたらキラキラした男が追ってきてるぞ」

「あれ、ブロドニツァーナ王国の第一王子」

「あぁ…、いや、逃げてもまた追ってくるんじゃないか?」

 確かに。

「どうしよう…、国に戻されたくないよ…」

「オレも帰す気なんかねぇよ。でも、権力者相手だとなぁ…。素直に助けを求めるか」

 二人でコソコソと相談をして、方針を決める。

 話し合いはマルカの町にある代官の屋敷で、フィリッツアム公爵家に仲裁を頼む。

「公爵様、来てくれるかな」

「マルカの町には公爵の弟…タイニータ子爵様がいる。気さくなおっさんで事前に頼んである。ソニアも会ったことがあるぞ」

「え、いつ?」

「三カ月くらい集中して通っていたイケメンだけど軽い親父がいただろ」

「あの腰痛のおじさんがそうなの?」

「腰痛が完治したって喜んでたから、きっとオレ達のこと、助けてくれる」

 話しながら代官屋敷に向かい、門番に声をかけようとしたら。

「冒険者のバリー殿と治癒師ソニア殿であるな。子爵様より伺っております、ひとまず門の中へ」

 王子が(背後に自分の侍従や護衛を引き連れて)追いかけてきているし、伯爵家の馬車もついてきている。

 一旦、足止めをしてくれるとのことで、門番の他に騎士や侍従の方達も集まってきて、子爵様への連絡、足止め、私達を安全な場所に…と動いてくれた。


 普通、こんなにすんなりと平民が保護されることはない。

 が、バリーは凄腕の元冒険者で私は最近、評判の神業治癒師。いえ、自分で言ってはいませんよ。そういった評価をしてくださる方が多く、公爵様の弟…アトゥ・タイニータ子爵もその一人だった。

「ソニアちゃんの治癒魔法のおかげで長年、抱えていた爆弾みたいな腰痛がすっかり良くなったからねぇ。腕の良い治癒師は町の宝だ。もちろんできる限りのことをするよ」

 にこにこと笑う顔を見て、なんとなく…なんとなく、これは大丈夫そうだなと思う。

「しかし…、バリーから『万一の時は』って聞いてはいたけど、本当に来るとはねぇ。恥知らずって本当に凄いねぇ。私はとても楽しみだけど君達にとっては災難だよねぇ」

「命令されたら拒否が難しいので、よろしくお願いします」

「ははは、他国の王子相手にどこまでできるかわからないが、まぁ、簡単に引き渡す、なんてことにはならないようにするよ」

 そう言って、応接間に王子様御一行と伯爵令嬢を待たせているからと向かった。


「ソニア、会いたかったよ!」

 部屋に入るなり、そう叫ばれた。相変わらず…、相変わらずな感じだ。この、視野の狭さ。

 私の隣に居るバリーが視界に入っていないのだろうか。

「ブロドニツァーナ王国第一王子殿下、お初にお目にかかります。マルカの代官を任されておりますアトゥ・タイニータと申します」

「ソニアの保護をしてくれてありがとう。無事を確認できて本当に良かった」

 にこにこと笑いながら私を見た。

「皆、とても心配していたんだ。諦めきれなくて捜し続けた甲斐があったよ。君の籍はブロドニツァーナ王国に残っているから、君さえ戻れば元通り。以前と同じ生活ができるよ。さぁ、私と一緒に戻ろう」

 嫌です、無理です、お断りします。と、言葉に出したかったが、タイニータ子爵に『交渉は任せて』と言われている。

 黙って首を横に振るにとどめた。

「王子殿下、平民は移住の制限がかけられていません。ソニア嬢は現在、自分の意思でマルカの町にいます」

「ソニアは平民だが、我が国にとって必要な人材だ。是非、返してほしい」

「そう言われましてもねぇ。入籍して、今はバリーの嫁ですからね」

「嘘よ!!」

 王子も何か言おうとしたが、ヒステリックな声にかき消された。

 そうだった、伯爵令嬢もいた。

「バリーは私と結婚するの!」

「叫ばれても、泣かれても、無理なものは無理です。バリーはマルカの町にいる数少ない特級冒険者。私はもちろんフィリッツアム公爵家だってバリーを守る。この町に必要な人材ですからね。バリーを守るということは、その家族も当然、保護対象となる。公爵家を敵に回しますか?」

「そんな…、そんなの、おかしいわ…。私達、愛し合っているのに!」

 ん?

 バリーを見ると首をぶんぶんと横に振った。

「愛し合っていると言い切る根拠…、理由を聞いても?」

「もちろん。パリーは夜盗に襲われた時に命がけで護ってくれたわ!優しく微笑みかけてくれて、必ず守ると誓ってくれたの」

 そりゃ、護衛任務だし客だから。と、バリーが小さな声で呟く。

「お父様が私達の結婚を反対していたから実力を示すためにイレーネ湖での難しいクエストに挑んだと聞いたわ。大変だったでしょう。私のためにごめんなさい」

 おぉ、まるで芝居を見ているようだ。なんなら大道芸の舞台役者より上手かも。

「死んでしまったと聞いた時は嘘だと思ったわ。私のために生きているって…、信じていたの。最近になってマルカの町に戻っていると知り、居ても立ってもいられなくて会いに来たの」

 伯爵令嬢は可愛らしい方だった。貴族らしい金髪に青い瞳で、お顔立ちも整っている。可憐だ。自覚しているのだろう。だから、自分は絶対に好かれていると信じられる。

 自分に酔いまくっている令嬢の横で、王子が言う。

「ソニア、君の旦那は不誠実な男のようだね」

 この人も人の話を聞いてないな…。

「一緒に帰ろう」

 そしてお得意の『王子様スマイル』。えぇ、私も出会った当初はちょっと騙されましたけど、今はもう本性を知っていますから。

 そんな嘘くさい笑顔に騙されませんよ。

 警戒している私達の横でタイニータ子爵が首を傾げた。

「ん~、ちょっといいですか?メルギー伯爵令嬢、横、見てもらえます?」

 怪訝な顔をしながら横…、王子を見た。

「私にはバリーよりこういった王子様のほうが貴女にはお似合いだと思うのですが。だって、ほら、良く見てくださいよ。美しい髪色に整ったきれいな顔立ち。服装だって洗練されている。一国の王子様ですからね。完璧だ。それに比べて…」

 最近、気に入っている無精ひげを残した顔。平民の中の平民…といった服装。これでも今日はきれいめなのだが、王子に比べるととても普通。私は最高にかっこいいと思っているけど、たぶん、世間一般的には王子のほうが美形だと言われるだろう。

「王子殿下も落ち着いてよくごらんなさいよ。ソニアは孤児で平民の中の平民。国に連れ帰ったとして、どーすんです?」

「それは、治癒師として…」

「結婚して子供産んで幸せになろうとしているのに?平民は幸せになる権利なんてないって?死ぬまで国のために働けって?それは貴族の責務で、平民の責務じゃない。平民はね、私達の駒じゃないんだ。守るべき対象ですよ」

 王子が黙り込んだ。そして伯爵令嬢は王子の横顔をじーっと見ていた。


 タイニータ子爵に『バリーとソニアは結婚している。無理に引き裂くと言うなら、公爵家として対応させてもらう』と言われて、二人とも黙り込んだまま帰っていった。

 王子はチラチラと私を見ていたが、あえて無視した。伯爵令嬢のほうは…じーっと王子を見ていた。

 あまりにもじっと見ていたので、さすがに王子も視線に気づき…、いつものように『王子様スマイル』を返して、その笑顔に令嬢は真っ赤になっていた。

 そんな二人を見てタイニータ子爵がとても悪そうな笑顔を浮かべていた。




 これでやっと縁が切れた…と言いたかったが、その後、勇者がやってきて。

「ソニアを返せ!オレが勝ったらソニアをもらう!」

 なんて威勢よく叫んだが、結果はバリーに惨敗だった。

「何故だっ、オレは勇者なのに…」

「経験値の差だろ。才能があっても努力してなきゃ、そりゃ、強くはならん」

「あと、貴方が勝っても負けても私は母国には帰りません。ここでバリーと幸せに暮らしているので放っておいてください」

 そう言うと何故だ…とグチグチ言い出した。

 昔はあんなに尽くしてくれたのに、優しかったのに…とか言うから、キレてしまった。

 尽くしたかったわけではなく、仕事。平民が王子や勇者に逆らえるわけないだろう、本当は嫌だった、辞めたくて仕方なかった。

「顔も見たくないです。お引き取り下さい」

 そこまで言って、やっと帰ってくれた。ちなみに時間差で聖女と魔法使いも来たが、どちらも追い返した。

「私のせいでソニアがいなくなったって責められているの」

 いや、貴女のせいですよね?他にも要因はあるけど、決定打は間違いなく貴女です。そこは受け入れてください、事実ですから。

「君がいないと眠れない…」

 知、る、か。魔物討伐でのん気に寝るな、たまには見張り番、しなさいよ。

 言い分をまとめると『ソニアがいないと大変』ってことで、戻ったらまためんどうなことをすべて押し付ける気満々ではないか。

 そんな場所に戻る理由はないと思うが何故か皆、『ソニアは私のことを好き』だと思い込んでいた。なんなら騎士団の人達も一部、そう言ってるらしい。

 あと教会も『あの子も本当は国に戻りたいはず』と言っているとか、いないとか。

 そういったことは三年分の給料を支払ってから言ってほしい。

 あと、心底どうでもいいけど、王子は伯爵令嬢にまんまと粘着されていた。

 あのご令嬢…、バリーから王子に乗り換えてくれて本当に良かった。と、思える行動力だった。


 ともかく全員追い返した後。

「無休で二十四時間働かせた上に、うっかり殺しそうになっておいて、まだ自分達は好かれている…と思える心理がわからない」

 ぼやくとバリーに笑われた。

「ソニアのせいではないが、雰囲気がなぁ、妹っぽい可愛さだからなぁ。あと治癒魔法師のイメージ?」

 治癒魔法イコール、心優しい女性…と思われやすい。まぁ、確かにそれはある。

「でも、マルカの町ではそんなに勘違いされてないよね?」

「そりゃ、オレが四六時中、側にいるし。居ない時は母さんか姉さんがいるだろ?可愛い嫁に勘違いした男が寄ってこないようにしてんの」

 思い返してみると…、一人で過ごすのは調薬の時くらいだ。

「え、意外とモテるってこと?」

「意外でもないだろ。可愛くて働き者だ。みんな好きになるさ。オレは本当に運が良かったよ」

 それを言ったら私も。

 バリーと出会えて良かった。本当に、本当に…、良かった。

 自信なんてなかったけど、バリーがいっぱい褒めてくれたから楽しく過ごせた。

「結婚したからだいぶ安心だけど…、ソニアはあちこちで人気者だからなぁ」

 これからは宿屋の仕事ももっと手伝いたいし、ご近所付き合いにも参加したい。必要とされているのなら、頑張りたいけど。

「急に仕事を減らすのは難しいけど…、今後は減らす方向で考えているの」

「そうなのか?」

「うん、今はバリーのお嫁さんだから…、妻としても支えたいの」


 もちろんこれで万事まるくおさまった…なんてことはなく、バリーのもとに勇者が『弟子にしてくれ』と押しかけてきたり、根暗な魔法使いがいつの間にかマルカの町に住み着いていたりしたが、たぶんおおむね、問題なし。

 その辺りはまたタイニータ子爵様に任せよう。

 うるさい外野をいなしつつ、もっと新妻生活を満喫するぞ…と。

「ソニアさん、大変です、教会に来てください!採掘現場で落盤事故があって…、怪我人が多数、出ています」

 大変だ。

「バリー、現場を見に行って。私は教会に行く」

「おうっ」

 二人揃って、宿屋を飛び出した。

閲覧ありがとうございました。

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