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こんなに褒められたのは生まれて初めてです、好き

 地面で無防備に眠るなんて危ない真似をしてしまったが、結界が効いていたのか無事に目覚めることができた。

 朝だ…、良かった、生きて朝を迎えられた。

 さすが王宮で用意した備品。魔物避けも結界も市販品とは効き目が違う。

 起き上がって伸びをすると。

「おはよう」

 振り返ると、たぶん…、昨日の怪我人さん。

 昨日は日没時間で薄暗かった上に、放っておいたら間違いなく死ぬであろう顔色だったせいで、顔や年齢を確認する余裕がなかった。

 改めて見ると精悍な顔立ちの男性で、こげ茶の髪に青い瞳。年は二十代半ばくらいだろうか。布団の上であぐらをかいて座っていた。

「おはようございます。起きていても大丈夫ですか?」

「君のおかげでね。自前のポーションも飲んだから、君を守るくらいならできそうだよ」

 おぉ、それは助かる。

「オレはバリー。ロズヴァルト王国の冒険者だ」

「私はソニアです。ブロドニツァーナ王国で治癒師をしていました」

「凄腕だよね。まさか…、あの怪我で助かるとは思わなかった」

 お腹をさすりながら言われる。

「え~っと、それなりに経験値を積んでいたおかげでなんとかなりました」

 強制魔物討伐の旅ではほぼ一人で全員分の治癒を担当していた。そのせいで症例も多く見ているし、短時間で的確な治癒魔法をかけられるようになっていた。

 高貴な方々は待たせると怒るから。

 一人で診ているのだから最低限、これくらいの時間がかかる…と説明しても、『平民が口答えするな』と怒る。

 怪我の具合によっては治癒魔法だけでなく医師の治療が必要なケースもある。治癒魔法でふさいだ傷は、強い衝撃に弱い時があり傷口を縫っておいたほうがいいのだ。折れていたのなら添え木も必要。

 そう説明すると『医師の元に行くのは面倒』とか『これくらい大丈夫』とか…、それで何か起きたら私を責めるよね?

 仕方なく縫合とか包帯を巻くとか、看護師のような仕事も覚えた。

「もしかして…、聖女クラス?」

「いえいえいえ」

 初級魔法しか使えない上に平民だから、聖女候補にはなれても聖女に選ばれることはない。せいぜい、聖女の補佐…という名の雑用係だ。手柄はすべて聖女がもっていく…って今もそうか、ははは…、はぁ…。

 思い出すだけでも疲れてしまうな。

「とにかく君は命の恩人だ。もう少し体力が回復したら安全な場所まで送り届けるよ」

「えーっと、バリーさんはロズヴァルト王国に戻るのですよね?」

「そうだね」

「私も一緒に連れて行ってもらえませんか?私、ブロドニツァーナ王国に居ても…、その、なんというか、不幸になる未来しかないというか」

 ざっくりとこれまでのことを話した。

「聖女候補と言っても平民だから扱いが良くなるわけでもないし。むしろ今まで以上に働かされると思うんです。だから国を出たくて…」

「あ~…それは、なんかわかる気がする。王族とか貴族って、平民相手なら何をやっても許されると思っているよな。むしろ感謝しろ、的な?」

「そうなんです。全然、感謝なんかできない仕打ちだと思うのに、使ってやっているのだから有難がれって」

「迷惑だよなぁ。それで無理難題、押し付けられる身にもなってほしいよ」

 聞けばバリーがロックリザードを単独討伐することになった原因が、貴族のご令嬢だった。

「伯爵家の護衛任務についたらやたらとオレの事を気に入っちゃってさ。こっちにはその気なんてないから断ったのに、父親が激怒して…、見事にハメられた」

 激怒した理由は『娘が誘惑された』からなのか『娘がふられた』からなのかわからないが、どちらにしても元凶はお嬢様。なのに、わざわざ他の冒険者を使って偽のクエストを受けさせた。

 表向きはイレーネ湖での素材採取クエストで、総勢十人の冒険者と一緒にここまでやってきた。途中で『やけに奥に進むな』と思ったが、一人で引き返すわけにもいかない。

 ブロドニツァーナ王国側に入り、しばらく進んだところでロックリザードが現れた。

 想定内の魔物で、同行者の実力を考えたら討伐したほうが楽な相手だ。

 最初は全員で戦っていたが、気がついた時には一人、残されていた。

『悪く思うなよ、伯爵様がバリーの死をお望みだ!』

 ロックリザードから逃げることも考えたが、一人で逃げ切るのは難しい。走り回って体力を消耗すると本当に身動きがとれなくなる。

 ロックリザードのサイズを考えると単独討伐も難しいが、絶対にできない…わけでもない。攻撃は当たっているし、剣も通って皮膚を傷つけている。

 死ぬ気で戦った結果、なんとか討伐に成功した。

 本当に死にそうになったけど。

「その伯爵様も、伯爵様に言われたからって置き去りにした人達もひどすぎますね」

「でもソニアのおかげで助かった」

「まだこの森と山から脱出しないといけませんけど…」

 ロズヴァルト王国までは順調に進んでも二週間はかかるという。ブロドニツァーナ王国に戻る場合も同じくらいで、危険度はほぼ同じ。

「大丈夫だよ。魔物が出そうなルートを避けるから問題ない。それに戦闘になったら補助してくれるだろ?」

「もちろん。回復だけでなく支援系魔法も使えます。初級だけですが、とにかくいろいろな魔法が使えるので、全力で支援します」

「頼もしいな、よろしく頼む」


 バリーの怪我もまだ心配だし、その日は荷物の整理と倒したロックリザードの処理を優先させて移動は諦めた。

 先にロックリザードの死体を解体する。バリーが運べるサイズに分割して、軽減の魔法をかけて湖畔に運ぶ。持って行けない部位は湖に放り込んだ。

残ったものは皮と肉を少々。

 肉はスライスしてスパイスをかけて乾燥させる。完全に乾燥させないで半生くらいでとめておく。それを保存用の紙できっちり包みこんだ。勇者が『干し肉は食べたくない』って言ってたから、血が染み出さない紙も当然のように持っている。

「オレの鞄もマジックバッグだけど、皮で半分、埋まるな」

「残りの荷物は相談して決めましょう」

 死体があった場所から離れて、改めて野営する場所を決める。テントを張って結界石を置いてご飯の支度。ロックリザードの肉を焼いて、再び勇者のスパイスで味付け。

「もしかして、違う種類のスパイス?贅沢だなぁ」

「干し肉が続くと飽きるから、出来る限り味を変えろって言われてたんですよ」

 乾燥野菜ときのこでスープを作り、パンを切る。食べられる時にしっかり食べておかないと体力がもたない。治癒魔法でも疲労はとれるけど、できれば食事と睡眠で回復したほうが良い。

 食べた後は本格的に荷物整理…で、バリーが呆れたように笑った。

「食材の量もおかしかったけど、寝袋はないのに布団があるって、どうなってんだ?」

「ですよね…」

「ふかふかのクッションとか、本当に必要か?」

「必要だって言うんですよ、王子様達が」

「無駄に種類の多い調味料といい布団といい…、化粧品も一通りあるのか…。これってソニアが使うものじゃ…」

「ないですよ。化粧品は聖女様、日焼け止めとかポプリは魔法使い様。なんか安眠できる匂い袋らしいです」

「いや、野営でのん気に寝てちゃ駄目だろう」

 一旦、全部荷物を出して、いらないと判断したものを鞄に戻していく。

 持って行くものは魔物避けの薬剤と結界石、あとは調理器具、食器、塩、せっかくなのでスパイスも少し。保存食もパン、干し肉、乾燥野菜と豊富にある。これくらいなら全部、持って行けるとのこと。

 調理器具や食器は最低限にしておいた。二人なら鍋ひとつ、汁物も入る浅型のお椀とスプーンくらいで足りる。

「バリーさんのマジックバッグも容量、大きめなんですね」

「バリーって呼び捨てでいいよ。しばらく一緒に旅するのに、かしこまる必要もないだろ」

 年上だけど、確かに平民同士なら気にするほどのことでもない…かな。

「ツッコミたい点は多々あるが、テントを使えるのはありがたい。オレの荷物、パーティの荷運びに預けていたからなぁ」

 愛用のテントと寝袋…貴重品ではないが、それなりに良い品だったがもう取り戻せない。

「ポーションや毒消しなんかも荷運びに預けた方がいいって言われたけど…、なんか嫌な予感がしてさ。安い量産品を三本渡して『途中で補充しようと思って、持ってきていない』って押し切ったんだよ。渡していたら、ほんと、ヤバかった」

「私はポーション、使い切ってしまいました」

「オレのために使ってくれたんだろ。オレのを分けるよ」

 通常の回復ポーションだけでなく、毒消しや麻痺、聖水もあるという。高ランクの冒険者らしく準備が良い。予備のウエストポーチに何本か移して、ポーチごと渡された。

「ソニアも緊急用に持ってて」

「了解です」

 自分の怪我も治癒魔法で治せるが、大怪我をしたら、たぶん冷静に治癒魔法なんてかけていられない。意識も揺らぐし。

「バリーが怪我した時は任せてください。初級しか使えなくても重ね掛けで上級相当まで対処できますから」

「だよな、オレの腹、ばっくり割れてたのに、朝、起きたらくっついてて驚いたよ」

「普通に初級魔法をかけても効かないんですよ。ちょっとコツがあって」

 ピンポイントでどこを治すか正確に狙って重ね掛けをしていく。

 この三年間があまりにも過酷過ぎて、他の治癒師にはできない職人技が身についてしまった。

「そんな魔法のかけ方、ソニアにも負担がかかるだろ。怪我はしないよう、慎重に進むよ」

「そう、ですね。魔物、できれば会いたくないです」

「オレも。ここからは無事に帰るのが一番の目的だからな。ロックリザードの素材を換金すれば宿屋に泊まって乗合馬車を使ってもおつりがくる。楽しい旅にするためにも、命大事、で進もう」

 荷物を整理した後、場所を移して改めてテントの設営。こっちは偽装用だ。

 野営中と見えるように焚火跡も作ってから荒らしていく。いかにも『魔物に襲われて、慌てて逃げました』という風に鍋や食器なんかもばら撒いて、ロックリザードの血を吸った土をテントの中と外にかぶせる。

「ソニアの生死にこだわってない奴らなら、これで魔物に襲われたって思うだろ」

「ですね」

 私を捜しに来ることはないと思うがマジックバッグの回収には来る気がする。

「捜しに来ないのが一番だが、このマジックバッグだとなぁ。最高品質だからな」

 バリーが持っているマジックバッグと比べて、見た目は十分の一のサイズで、容量は五倍以上。王子から預かった鞄ならロックリザードでも丸ごと入ったかもしれない性能なのだ。

 盗んだと思われるのも困るが、紛失も責任を問われそうで怖い。

「よし、こんなもんでいいだろ。移動して、今夜は早めに寝よう」

 頷いて、バリーの後を追った。




 バリーとの旅は快適だった。

 今まで四人が満足する食事を決められた時間までに三回作っていたが、バリーは手伝ってくれるし何を作っても『美味しい』と喜んで食べてくれる。

 テントの設営はもちろん、食材集めにも行ってくれる。

「採ってきたら美味しいもの、食べさせてもらえるだろ?」

 生活面だけでなく、戦闘面でも心強い。王子達よりもずっと戦い慣れている。

 王子達は面倒だと騎士団に任せて戦わなかったし、戦う時は超個人プレー。騎士団と連携を取ることはない。強かったけど、個のスキルで力押しって感じ。

 バリーは子供の頃から地道にコツコツ頑張ってきた結果、この強さに到達した…という安定感がある。

 もともと強いから、支援魔法なんていらない気もするが。

「初級魔法のせいか、いい感じに力が増してるよ。中級、上級だと普段の動きができなくなることがあるけど、ソニアの魔法はちょうどいい」

「今まで…、弱すぎて役に立たないって言われてきたのに…」

「そりゃ、元がダメなせいだろ。基礎ができていないのに強化しても使いこなせないよ」

 すごく助かる、身体が軽い、動きやすい。とか、褒めすぎ…で照れる。

「バリーと出会ってから…、一生分、褒められている気がする」

「え、そう?でも実際、すごく助かっているし…。戦闘に入った時の位置取りもいいし、弱い魔物なら自分で対処してくれるし。虫や蛇でいちいち騒がないのも、頼もしい。あと、料理がうまい。オレ、ソニアの飯なら、毎日食べたいな」

 そりゃ、もう高貴な方々に強制的に鍛えられたからね。

「料理人になれるかな?今は違う職業もいいかなって考えていて…」

 治癒師を続けるかどうかは考えていない。できれば普通の…、平民として平凡な生活を送りたい。

 バリーが頷く。

「ん~、そういった意味で言ったわけじゃ…、あ、そうだ。オレの実家、宿屋なんだけど、そこで働くってのはどう?」

「宿屋?」

「そう。客室は十くらいで、中間層狙いの宿屋だよ。オレも冒険者を引退して宿屋を手伝おうかなって…」

 宿屋かぁ…。悪くないかも。他人のお世話にも慣れているし、料理も好きだ。あと…、バリーの側にいられたら楽しく暮らせそう。

「バリーの家族?宿屋のご主人がいいって言ってくれたら働きたいかも」

「うちの母親とねーちゃん夫婦がいるけど、ソニアなら大丈夫、絶対、気にいられるよ」

「そう、かな」

「オレの命の恩人だし、料理上手で可愛いし…」

 小さな声だったけどしっかりと聞こえた。

 年頃になってから可愛いなんて言われたこと、ない。キラキラした人達の中にいると、茶髪に茶色い瞳の平民なんて、置物以下の扱いだ。田舎では『村で一番可愛い』と言われていても、王都ではその他大勢として埋もれてしまう。

「あ、ありがとう。バリーも…、頼りになるし、かっこいい、よね。ご令嬢が惚れちゃうのもわかる、かも」

「オレは…、結婚するのならソニアみたいな子が、いい、な…ぁんて、ちょっと気が早いかぁ、ハハハ」

 かぁ…と頬が熱くなる。

「そ、そうだよ、まだ山を越えてないし、バリーの故郷だって…遠いよね?」

「ちょっと遠いな。まぁ、二人で旅を続けられるからいい、のか?」

 バリーがふっと真剣な顔つきになって言う。

「旅の間は絶対に手を出さないと誓う。けど…、旅が終わったらオレとの結婚、真剣に考えてほしい。オレもどうすればソニアが幸せになれるのか一緒に考えるから」

 その言葉だけで『私も結婚したいですっ』と答えそうになったけど、今は特殊な状況に置かれている。旅が終わればバリーのほうが冷静になってしまうかもしれない。

 だとしても…、バリーの故郷に一緒に行きたいと頷いた。

閲覧ありがとうございました。

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