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人が嫌い、大嫌い

適当にサンドイッチを買って中庭のベンチに座る。抜けるような晴れた空は気持ちがいい。だが、隣に置いたものが気持ちよくない。


「ベルダー」


まったく。なんだってあんな言い方を。ベルダーコーデックスの持ち主として彼を叱らなければ。

多少の反発は覚悟していたと身構えていたらしいとはいえ、あんな言い方は気分を害する。聞いているこっちだって気分が悪い。


「何にイラついたのかは知らないけど、それを関係ない人にぶつけないでよ」


何がベルダーコーデックスの機嫌を損ねたのかはカンナにはわからない。こいつが機嫌悪く何かを罵るのはいつものことなので。

何かはわからないが、きっと些細なことだろう。人間嫌いになった経緯である、封印に至るまでの一連の騒動を思い出す言動があったとか。要するに昔のことを思い出してムカついた。

それが本当だったら、そんなの八つ当たりもいいところだ。カンナも兄弟たちも関係ない事柄の怒りをぶつけるだなんて。


「ほんと、前の主人が思いやられるなぁ……」


カンナの前の主人もきっとベルダーコーデックスに手を焼いたに違いない。

同情する。その気苦労を思いやった呟きにすかさずベルダーコーデックスが噛みついた。


「アイツのことをテメェが言うんじゃねぇ」


何も知らないくせに。そこにあるのは明確な怒りだった。全方位に向ける敵意ではなく、カンナへはっきりと向けたもの。

ベルダーコーデックスに目があるなら鋭く睨んでいただろう。怯むほどの眼差しを受けてカンナは小さく息を呑んだ。


「オレがこうなのはオレの言動の結果であって前の主人は関係ねぇだろ」


時系列が逆だ。前の主人がいた頃、ベルダーコーデックスはまだ人間を信じていた。それが不信となったのは主人が死に、"大崩壊"が訪れた後だ。"大崩壊"によって荒廃した世界では神の存在は否定され、神の恩寵である武具もまた破棄された。その時に受けた仕打ちがベルダーコーデックスを人間嫌いに変えた。

そういう経緯なのに、前の主人から人間嫌いだったと言われるのは認識違いだし心外だ。


「オレの態度の責任を関係ないやつにぶつけんな」


ベルダーコーデックスの苛立ちを無関係の3つ子にぶつけるなとカンナが叱るなら、カンナも付き合いづらさの苛立ちを無関係であるかつての主人にぶつけるな。

説得力がないと鼻で笑う。どうやら何に苛立っているかわかっていないようなので教えてやろう。


「オレがイラついてんのはテメェのせいだよ」

「私のせいだっての?」

「あぁ。自分の未熟を棚上げしてベラベラとよ」


見ていて腹が立つ。会話に混ざる気はないので話を向けられない限りは基本的に黙っているつもりでいるが、こうも苛つかされるとどうしても口を出したくなる。毒舌のひとつも吐きたくなるもの。


まったく。いつまで経っても成長しない未熟者め。神秘学者になると息巻いてはいるが、この様子ではそれも叶うかどうか。卒業さえできれば神秘学者の称号は得られるのだが、今のままでは真の意味で神秘学者になることはできないだろう。世界の真実を前に右往左往するだけだ。


前の主人の足元にも及ばない。彼は神秘学者ではなく武具職人だったが、ジャンルの違いを度外視して比較すればカンナなど一笑に付せるレベルだ。知識の深さ、人間性、そういった面で彼に何一つ勝るところがない。

それなのにカンナが彼のことを口にするなど。はるか格下が格上に向かって生意気なことを。


「……はぁ、もういい。わかったよ」


未熟さに苛つかれるのはいつものこと。その苛立ちが勢い余って3つ子にまで及んでしまった。それはわかった。勢い余った八つ当たりについては謝らせるとして、未熟であることについては自覚があるので言い返せない。

言い返せないのだが、ベルダーコーデックスの口調はそれだけではないように感じる。知識の深さや人間性で語っているのではなく、もっと複雑で単純な、そう。


――まるで足元の落とし穴に気付いていない間抜けを見るような。


「…………じゃぁ聞くけど」

「おう」

「前の主人ってどうだったのよ」


そんなに持ち上げるなら聞かせてもらおう。前の主人である武具職人がどんな人間だったのか。

ベルダーコーデックスが今までそれを語ったことはない。具体的にどこが素晴らしくて誇れる主人だったかを口にしなかった。

せっかくだ。聞かせてもらおうじゃないか。


語れと迫るカンナへ、ふいとベルダーコーデックスが顔を逸らす。顔はないので雰囲気で。代わりに、ぱたりと表紙を一度だけ開閉した。


「教えてやらねぇよ」

「えぇ!? なにそれ」

「言わねぇ。ほらさっさとメシ食わねぇと午後に遅れるぞ」


それきり、ベルダーコーデックスは沈黙してしまった。


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