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じゃぁ、なんで一緒にいるかって

兄弟はスケベだなぁ、と笑い声がおさまった頃、ふと、ひとつの疑問がカンナの口をついて出た。


「じゃぁ、どうして3人は一緒なんですか?」


よりよい子をなすためによい血筋となるよう、経験を積むというのなら。3人一緒にいるよりも分散して別々の経験を積んだほうがいいのでは。知識と経験の多彩さは多様性につながる。


至極真っ当な問いに、ふむ、と3つ子の真ん中の兄弟が唸った。

言うかどうか。まぁ言ってしまおう。左右の兄弟に促されて口を開く。


「俺、昔虐められてたんだよね」


高等魔法院に入学するためには魔法院での教育を修める必要がある。魔法院は孤児院も兼ねており、基礎教育を終えて思春期に突入したあたりで魔力を発現した子供たちが通う。魔法院への入学は春と秋に行われ、それまでは待機所である別の施設で基礎教育の完了と魔法院への入学準備を終える。

当然、ミリアム諸島を出た自分もそのようにした。島の外での生活に慣れるため、そして魔法院に入学するための下準備として寮付きの小さな学校に通うことになった。


そこでいじめに遭った。

アレイヴ族は基本的にはミリアム諸島から出ない。外に出ることは稀で、仮に島の外に出ることがあるとすれば何らかの使命があるか、あるいは故郷を捨てたかだ。

そんなアレイヴ族が、しかも男が島の外にいる。島の外で稀に見るアレイヴ族は皆女なのに。

それはもう好奇の視線を注がれるに決まっている。事情を理解している大人たちはさほど区別も差別もしなかったが、子供たちの中では違った。まったくの異端は異物に映り、そうして輪の外から外された。


だから3人一緒にいることにしたのだ。さすがに3人いれば正面から手は出しにくいだろう。遠巻きに噂する程度がせいぜい。そんなものは数の暴力で威圧すれば散り散りになるので気にならなくなる。


「そういうわけでさ」

「そうだったんですか……。ごめんなさい、言いづらいこと聞いてしまって……」


いじめ。そのワードに引っかかるものがある。何か。そう、何かあったような。

記憶の蓋が開きそうで開かない。喉で何か引っかかっている感覚がする。


しかし思い出せない。記憶の蓋はひと揺れしたものの開かない。喉からは何も出ない。

むむ、と小さく唸るカンナへベルダーコーデックスが冷や水を浴びせる。


「なんだ? その歳でもうボケたか?」


ふん、と鼻で笑う。そうやって都合の悪いことは忘れてしまえるのが人間のいいところだ、と皮肉たっぷりに続ける。

自分にとって都合のいいことはずっと覚えていて機会があればここぞとばかりに主張する。そうでない都合の悪いことは忘れる。


「虐められたって記憶を口にすりゃ同情が買えるもんな」


もし仮に同情が買えず、被害者の身分の旨味を吸えなければ悪夢として記憶の底に沈めて忘れる。

被害者ぶれて旨味が吸えるからわざわざ記憶を保持して口に出したのだ。まったく都合がいい。

そうやって都合に応じて使い分けられるのは人間の特権だ。製造から今日までを記憶し、忘れることのない自分とは違う。


「さすがは人間様だ」

「ちょっと、ベルダー!」


あまりの言い草だ。思わずカンナが怒鳴る。人間嫌いなのは知っているが、その言い方はひどすぎる。

ベルダーコーデックスの度を越した言動は許されない。いい加減にしてと怒鳴り、それから慌てて3つ子へ向き直る。


「ごめんなさい、ベルダーが……」

「いいよ」

「気にしないで!」

「実際事実だし?」


悪夢として忘れることもできた過去に固執して記憶に刻み、事あるごとに反芻していることについては間違ってはいない。被害者ぶって旨味を吸うためと言われればそれは違うと抗議するが。


話した理由は2つ。まずひとつは疑問に答えるため。自分のことをある程度話しておく必要があると判断した延長線上だ。

2つ目は、その話をもって同情を誘い、カンナの反応をみるため。これはペアとなる新入生のパーソナリティを暴けという課題のためだ。


実を言うと、それほど深刻な話でもない。虐められたといっても直接手は出されたことはないし、せいぜい遠巻きにされたり好奇の視線を注がれる程度。

期間もそれほど長くはない。魔法院に入学するまでの1ヶ月ほどだ。魔法院に入学する頃にはもう3人一緒に行動することが板についていたので数の暴力で威圧した。一言投げ込めば3人いっぺんに喋ってまくし立てて反撃してやるから、やれるものならやってみろ、と。


そういうわけで、カンナが想像するような可哀想な境遇というわけでもないのだ。秋の涼しい日にふと訪れる真夏日くらいの存在だ。多少差に振り回されるが、日が過ぎれば忘れる。

つまりは何も気にしていない。過去の記憶も、今しがたベルダーコーデックスが吐いた毒舌も。


「じゃ、時間もいい頃だし」

「続きは午後に!」

「昼休憩にしようじゃないか!」


話が長くなってついつい午前いっぱいを費やしてしまったが、まだ今日の議論はまだなのだ。

さて。昼休憩を挟んだら続きといこう。集中学習の場である合宿に休みは許されない。長話で時間を費やしてしまったのならなおさら。


1時間後にこの場所で、と言い残し、3つ子の兄弟たちは我先にとばかり購買へ駆けていく。焼きそばパンは渡さない、ジャムパンは苺がいい、クリームパンがいいと言い争う声が廊下の向こうへと消えていった。


自分も昼ごはんにしよう。よいしょと立ち上がり、カンナもまた談話室から立ち去った。


「ベルダー。お昼食べ終わったら説教ね」


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