表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/51

琥珀の子

翌日。3日目を始めようと切り出した3つ子へ、待てよ、とベルダーコーデックスが口を挟んだ。


「テメェ、アレイヴ族だろ」


アレイヴ族とは世界の南東、ミリアム諸島を主な生活圏とする亜人のひとつのことだ。樹神を信奉し、森を愛し保護する信条を持つ。樹皮と同じ色の肌と木漏れ日と同じ色の髪の容姿はさながら森の番人だ。


森を駆けるアレイヴ族は女性が生まれやすく、男性が生まれることは稀だ。そのため男児は琥珀と呼ばれ、その名の通り宝石同然に丁重に扱われる。丁重という名の軟禁状態で育った男性は生殖が可能な年齢になると文字通り搾り取られ、睡眠と食事と最低限の衛生保持以外の時間を生殖に宛てられる。子種が吐き出せなくなればまるで剪定のように首を切り落とされるという。


その琥珀がどうして高等魔法院なんかに通っている。"大崩壊"以来、アレイヴ族の純血は絶えて久しく、信仰もかつてほど色濃くはないとはいえ、ミリアム諸島に住む人々はまだその文化と生き方を守っている。そんな彼女らからしたら、見た目からわかる通りこんなにも色濃くアレイヴ族の特徴を示す男児は琥珀のように貴重だろうに。

過去の琥珀がそうされてきたように、あてがわれた専用の庵から1歩も出ることが許されないほど『丁重』に扱われるのが普通だろう。なのに庵の外どころかミリアム諸島の外にまで飛び出している。

大事な大事な琥珀が島の外でうっかり死んだらどうするんだ。何十年に1人生まれるかどうかの男児出産率で。


要約するとそんなことを言ったベルダーコーデックスが3つ子をねめつける。アレイヴ族にとっては金をいくら積んでも惜しくない貴重な男を、しかも3人も。

ふらふらと出歩けるには何か理由があるはずだ。伝統に固執するアレイヴ族が理由なくしてその生き方を曲げるものか。


「まぁその通り、俺は琥珀だ」

「この通り!」

「見ての通り!」


ベルダーコーデックスの指摘通り、自分はアレイヴ族で、まごうことなき琥珀、つまりは男児だと3つ子の真ん中が頷いた。

その伝統通り、琥珀として『丁重に』育てられてきた。庵を囲う小さな集落を魔力の発現によって吹き飛ばしても不問に処されるほどには。

しかし、魔力の発現をきっかけにして集落を出ることを決めたのだ。


「あぁ、アレイヴの生き方が嫌になったんじゃないよ」

「むしろその生き方は兄弟の望むところ!」

「兄弟は敬虔な方だから!」


アレイヴ族を取りまとめる樹神の眷属トレントに嘆願し、ミリアム諸島の外に出る許可をもぎ取った。そうして魔法院へと通い、そのままヴァイス高等魔法院へ進学を果たした。


そうまでして島を出たのはアレイヴ族の生き方が嫌になったのではない。むしろその逆。アレイヴ族の生き方に沿うためだ。

琥珀の役目は子供を作ることだ。そのために丁重に養育されている。生活を維持するためのコストはすべて女性たちが支払い、琥珀はその結果だけを受け取る。生殖が可能となる年齢になるまでずっと。

それだけのコストを支払って養育してくれるのなら、こちらも全力で自身の役目を果たさなければならない。子を作れと言うのなら、より優秀な子供を作れるようにならなければ。

なので島の外に出て知見を広げ、より優秀な人物になろうと思ったのだ。


「高等魔法院での勉強が終わったら故郷に戻るつもりさ」

「文字通り死ぬまで子作り!」

「兄弟は30歳を越えられるといいなぁ!」


けらけらと左右の兄弟たちが笑う。つられて真ん中の兄弟も笑った。

故郷に戻れば待ち受ける運命は語った通り。だが悲しいとは思わない。悲惨だとも思わない。憐れまれることは屈辱だ。


歴史を振り返れば、"大崩壊"で最も被害を受けたのは"大崩壊"の起点にほど近いミリアム諸島だった。小さな島の集まりからなる群島は"大崩壊"により本島ひとつ残してすべて海に沈んでしまった。その本島も島の形を大きく変えた。

時が経ち、その爪痕は薄れてはいるがやはり原初の時代の光景とはほど遠い。少しでもかつてに近付けるために必要なのは優れた信徒であり、子であり、種だ。


そういう確固とした信念で樹精トレントを説得し、島を出た。

これは逃亡ではなく覚悟なのだ。世代をつなぐということ以外の物事すべてを引き受けてくれた女性へ、琥珀の自分が唯一返せるもの。

アレイヴ族の男児は30歳を越えることはないというが、なら越えてみせよう。そして一人でも多くの子を作り、次の世代に託す。そのために尽くせるものは何でも尽くしたい。


「真剣なんだよ」

「まぁ、問題は目的が子作りってことなんだけど!」

「兄弟のスケベ野郎!」


誰がスケベだ。うわ兄弟が怒った。やーいスケベ。ふざけあう3つ子の小さな兄弟喧嘩はしばらく続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ