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今日わかったこと

2日目の議論の時間が終わり、早速議事録をまとめようとノートを取り出す。

普段なら座る場所を探すのにも苦労するカフェスペースは人の気配がないほどがらんとしている。生徒は皆、合宿やその指導役などで出払っているのだろう。自分の興味のある分野をみっちり学習できる機会なのだからと1年生の指導役という立場を利用して合宿に乗り込む上級生も多いという。教科によっては、本来それを受けるはずの1年生よりも上級生の数が多い現象が発生するらしい。


「好きなことだけできるってのは贅沢なモンだからな」

「まぁね」


逆に言えば、嫌だったり面倒だったりする科目の授業をやることはないのだから。好きなことをやれて、嫌なことはやらなくていい。そう考えれば最高の1ヶ月だ。

カンナ自身もそう思う面がなくもない。好ましいと思うことだけを楽しめる。贅沢じゃないか。


「それに浮かれてちゃ話にならねぇがな」

「うん。肝に銘じておくね」


それはそう。これは遊びでなく授業なのだから。しっかりやらねば落第だ。

気を引き締めてペンを走らせる。3つ子との議論のさなかに取ったメモを見返しながら、どんな話をしてどのような意見を出してどのような返論が返ってきたか。その論を受けて自分の意見はどう変わったか。

フーダニット、ハウダニット、ホワイダニットの用語と神秘学の流派。自分はどうで、3つ子たちはどうだったか。


ざっくりとまとめ、細かい書き足しは寮の部屋に帰ってからにしようといったん文章を締めてノートを閉じる。

それから、メモ書き用の紙を新たに取り出した。


「何すんだ?」

「仕返し」


この合宿の期間中、カンナのパーソナリティは分析される。それについては理解と了解はしているのでいい。

では、カンナが3つ子のパーソナリティを分析することについてはどうだろう。分析するのだから分析されても文句は言えないだろう。実際、ベルダーコーデックスがそう問うた時に問題ないと返している。なら、こちらも遠慮なくさせてもらおう。あの3つ子のパーソナリティについて。


今日、ただいたずらに言葉を弄してフーダニットとハウダニットとホワイダニットの話をしただけではない。その話を進めながらカンナはつぶさに3つ子を観察していた。彼らもまたカンナを観察していただろう。お互いにお互いを注視し、わずかな身じろぎすら性格や思考の発露だと解釈しながら見つめていた。

そこから得られた情報を整理してみよう。3つ子がカンナを分析するのとは違い、カンナが分析してレポートにしたところで成績には何一つ反映されないのだが、やられっぱなしは嫌なので。


「まず1つ。3人が横一列に並んでる」


狭い通路を通ったりでスペースを譲らないといけないなどの場合を除き、基本的には3人が横並びに並んでいる。多少場所を詰める時は真ん中が1歩引く。何度かそういう場面を目撃したが、真ん中の兄弟が前に出ることはなかった。


並び方やポジションに一定のルールが存在するということだ。それは2つ目の情報にもつながってくる。


「2つ目。喋る順番が一緒」


3つ子は必ず一言ずつ喋る。誰か一人が代表して喋ったことはない。時には長文を分割してバトンしながら語るのだ。

そうして喋る順番は決まっている。まず真ん中の兄弟が喋り、正面左が喋り、正面右が喋る。

並び方やポジションに一定のルールがあるという推測を適用し、そして昨日受けた自己紹介を思い返すと真ん中がアルカン、正面左がイルカン、正面右がウルカンになる。はずだ。


と、いうのはわかった。だがそれが何だと言われるとそこまでだ。兄弟の中で何かしらのルールがあるとして、そのルールは何のためのルールなのかと問われると詰まってしまう。

それについては情報不足だ。それでいい。2日目ですべてわかるはずもない。とりあえず今日わかったことはこれだけ。その情報をメモして紙を折りたたんでノートに挟む。続きが書けるのは明日以降だ。


「あ、カンナじゃん」

「レコ!」


ひょこりとカンナが不意に現れた。彼女もまた合宿の最中だ。何の教科かは聞くまでもない。レコの進路は武具製作職人なのだから彫金学に決まっている。


「レコは調子どう?」

「いつも通りだよ」


せっかくの合宿だが、設備の都合で校外に出ることはない。そもそも武具を作成する職人は世界でもごく少数。武具に使われる魔銀を精錬できるような設備はさらに限られている。

なので彫金学の合宿は校外学習のひとつもなく、この1ヶ月ただひたすら魔銀のインゴットとデザイン用の製図用紙と向き合うだけである。


「地理学なんて旅行だって」

「へぇ、どんなの?」

「1ヶ月どこでもいいから旅行に行って、旅行記書くんだってさ」

「いいなぁそれ」


遊びも体験の一つとして記録すれば、1ヶ月リゾート地で遊び通しでも問題ないわけだ。羨ましい。

それに比べて自分たちは、とついつい比べてしまう。自分で選んだものではあるが、羨ましいものは羨ましい。


「あーぁ、気晴らしに買い物行かない?」

「いいね、行こっか!」


よし。筆記用具とベルダーコーデックスを鞄にしまって立ち上がる。行こう行こうと促すレコと一緒に校下町へと繰り出していく。

その背中を3人の同じ顔が眺めていた。


「……あれは……」

「あれは」

「あれは」


成程。彼女にはとんでもないパーソナリティが潜んでいそうだ。



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