真実はベールの淑女のごとく
そうして翌日。今日から本格的な合宿だ。さっそく議論を始めよう。
「それとは別にもうひとつ」
「むしろこっちが本命なのかな」
「嫌なことにさ!」
議論と同時に、上級生は1年生のパーソナリティを分析せねばならない。どんな性格で、どのような思考をするのか。言動の癖をひとつひとつ観察して解析していく。
それをするのはなぜか。それは神秘学における知的強姦の概念ゆえだ。
神秘学とは神の作り上げた神秘的な事象や隠された世界の真実を分析して理解する学問だ。『何かよくわからないが、すごいもの』という漠然としたものを科学的に、あるいは魔法的に、あらゆるアプローチで解明して『よく知るありふれたもの』に引きずり落とす。
「スティーブの格言は知ってるかい?」
「神秘学者といえば彼!」
「歴史の教科書に載ってるアレさ」
「はい。知ってます」
歴史的な神秘学者スティーブの格言は神秘学の最初に習うものだ。神秘学における知的強姦の概念を説明したものである。
曰く。真実とはベールを被った女性のようなものであり、神秘学者は彼女を強姦する者である。彼女のベールを引き剥がし、服を脱がして凌辱する。それだけにとどまらず、彼女の内臓を暴いて腹の中の飲食物をひとつひとつ検めていくような最悪の所業さえする。
神の敷いた世界の法則を解明するということはそのようなことなのだ。知的好奇心と探究心のために彼女を強姦する。
神秘学者を志す者はその罪深さを自覚せねばならない。神秘学者に犯される未知の立場を知らねばならない。
よって、この課題が設けられた。パーソナリティを分析されることにより、知られることの不快感を知る。その不快の記憶でもって知的好奇心と探究心の暴走を防ぐ。一度やられればその記憶がストッパーになり、いざ自分がやる立場になった時にやりすぎることはないだろうということだ。
「そういうわけなんだ」
「まったく、イヤな課題だよ」
「兄弟が一番嫌いな課題さ!」
はあ、と3つ子が揃って溜息を吐いた。
パーソナリティを分析するなど、される側にとっては不快感と拒否感がつきまとうものだ。発する言葉や取る行動がすべて分析される。
周囲を嗅ぎ回られているような気持ちになるだろう。それが目的とはいえ、まったく。
「本当に嫌なことは探らない」
「だけど友人や知人に印象を聞いたり、先生に授業中の態度は聞くよ!」
「後は兄弟との対話の中で、さ!」
スティーブの格言になぞらえるなら。ベールを剥がして服を脱がし腹を暴きはしないが、ベールの隙間から素顔を覗くことはする。しかも化粧をする前の顔をだ。
そのくらいの不躾なことをする。それでもいいかと3つ子の問いに、はい、とカンナが頷く。これほどの真摯な物言いなら本当に嫌なことはしないだろう。
「ちょっといいか?」
これまで大人しく話を聞いていたベルダーコーデックスが口を挟んだ。
「やるのはいいがよ」
「なんだい?」
「どうしたんだい?」
「聞きたいことでも?」
「えぇい、誰か代表して喋れよ!」
いっせいに喋るな。ツッコミを入れつつ、話を続ける。
知的強姦の概念を実感するためパーソナリティを探るのはいい。カンナの持ち物として、自分もまた探られる側だろうがそれも受け入れよう。
それはそれとして。
「こっちがやり返したって文句はねぇよなぁ?」
探るのなら探られ返されても当然。やったらやり返されるものだ。
それに関しては問題ないのか。反撃は許されるのか。それとも、実感するためという名目でこちらはやられっぱなしであることを受け入れなければならないのか。
問うベルダーコーデックスに、勿論、と3つ子が返す。
「当然!」
「兄弟のことを知ってくれよな!」
「あ、でもレポートにしたって成績にはならないからな!」
合宿の目的は議論とその議事録なので。もし日々の議論の中で議題がアーキペラゴー兄弟のパーソナリティについてのことであったのなら成績評価に繋がるが、そうでなければいかに細かく丁寧にまとめられていても評価の対象外だ。
なので合宿の課題の一環ではなく、趣味や個人的興味の話になる。それでもよければどうぞ、と返した。
「だとよ」
「わかりました。じゃあ、それでいいです」
ベルダーコーデックスから話の主導権を受け取り、こくりとカンナが頷いて了承を示す。
うん、と3つ子たちも頷き返して合意とし、なら、と話題を切り替えた。
前置きが長くなってしまったが、今日から本格的な合宿の開始だ。議論をすべく、用意していた議題を話に載せることにした。