幕間小話 誰もいないから誰かを創った
ある日、ふと気がついた。私の周りに誰もいない。
授業で誰かと組むことはある。だけど、それ以外、たとえば授業の後に遊びに行く誰かだとか、一緒に課題を片付ける人とか、そういうものがいない。
いわゆる友人というものが私にはいない。そう気付いたのは村を出て魔法院での生活を初めて半年くらい経ってからだった。
嫌われてる。ということはない。誰かに話しかければそれなりに人当たりよく返事が返ってくる。
いじめられてもいない。誰かから悪口を言われたり暴力を振るわれたことはない。
だけどどうしてか友達がいない。みんな私に興味がなく、社交辞令だけしか言わない。
ハル先輩に相談しようか。考えて止める。ハル先輩の貴重な時間を私の相手で消費させるわけにはいかない。
だって、話しかけたって返事もそこそこに立ち去るくらい忙しいんだから。先輩の知り合いらしい女性とたちからも彼に話しかけるなって言われてるし。
「はん。泣くなよ泣き虫め。泣いたってダチはできねぇだろ」
ベルダーはこうやって意地悪だし。大嫌い。
喋る武具だけど、喋れるだけで態度は最悪。私に全然優しくしてくれない。
魔法院に来てからできた会話は少ない。
同じクラスの人との連絡と、先生たちとの質疑応答、ベルダーからの意地悪に言い返すのと。会話はそれくらい。最低限だけで、あとは何もない。
気がつけば孤立していた。私だけがひとりぼっち。
喋る本だけがまともな会話相手で、でも意地悪だから喋ったって腹が立つだけ。何も楽しくない。つまらない。
――寂しい。
寂しさを自覚したら心の中が急にそればかりになった。
孤独の中、ぽつんと立ち尽くしていた空白が急に寂しさで満ちていく。
寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。寂しい。
喉がひくついて苦しい。涙が出そうになる。泣いたって事態は変わらないだろとベルダーが弱音を咎めてくる。うるさい。静かにしてと怒鳴って膝を抱える。
どうして私は独りなの。両手をじっと見下ろしても手には何もない。
何もない。誰もいない。ひとりぼっち。
――なら、創ればいい。
***
イマジナリーフレンドというそうだ。心理学の本で読んだ単語を反芻する。
イマジナリーフレンドとは想像上の友達のことだ。
精神病の一種などではなく精神発達上ごく自然なことであり、成長にしたがっていつか消えるものだとか。イマジナリーフレンドは主に幼少期にみられるものだが、青年期以降にもしばしばイマジナリーフレンドを持つ事例が存在する。
要約すればそんな内容だったか。成程これは『青年期以降に発生したイマジナリーフレンド』というものなのだろう。青年期以降に発生したイマジナリーフレンドは本人にとって伴侶もしくは親友のように振る舞うというのも合っている。
でも私とカンナは友達だもの、と想像上で友達が笑う。
そうだね、と返すけれど、私の視線の先は誰も座っていないテーブルだ。その空白に空想上の人物像を投影して、なんとかイマジナリーフレンドを運営している。
だけど、それじゃぁ足りないのだ。
どんなに親しかろうとも、同調してくれようとも、結局はただの想像。頭の中で完結してしまうことだ。授業の後に遊びに行ったりも一緒に課題を片付けたりもしない。
想像で補完しても現実は空白のまま。寂しい感情を優しい想像で誤魔化しているだけ。何も変わらない。
だったら現実に空想を具現化させればいいじゃないか。
ベルダーコーデックスならそれができる。理論さえ成立すれば現実はどのようにも書き換えられる。
存在しないものを存在させられる。つきとおしさえすれば嘘は真実に変えられる。
見破られないくらい綿密な嘘をつけばいい。実在を信じてしまうほどリアリティがあればいい。
細い糸でも撚り合わせて織っていけば丈夫な布になるように、薄い板でも積み重ねれば堅牢な壁となるように、想像を塗り重ねて密度を上げよう。
所詮作り物だなんて無粋な真実は忘れてしまおう。記憶に蓋をすれば、ほら、想像が現実になるための理論が完璧に完成する。
「私たち、友達だもんね」
「うん。そうだよ。…………レコ」
もう、私はひとりじゃない。




