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春のこと

本当に見ていて飽きない兄弟だ。彼らの友人となる人々は毎日楽しい気分になるだろう。

友人。友人といえば。


「皆さんはハル先輩の知り合い……なんですよね?」

「そうとも!」

「ハルヴァートの同級生さ!」

「最近は疎遠だったけどね!」


新入生だった頃、必修授業で隣の席になったことがきっかけで親しくなった。アーキペラゴーの姓にちなんで、群島兄弟という呼称を最初に呼んだのもハルヴァートだ。

1年生の時はそのまま親しい友人関係を続けていたが、2年生に進むにあたり、進路の都合で疎遠になった。神秘学者を目指して学ぶ分野を絞った3つ子と、分野を問わず広く知識を求めたハルヴァートでは履修する授業も違う。そのせいで自然と会話する機会も減ってしまった。

交流がほとんどなくなっても仲が険悪になったわけではない。共通の知り合いや人づてでお互いの近況はそれとなく知っていた。


「そんな矢先だったかな」

「入学式の前くらいにハルヴァートから呼び出されてさ」

「相談したいことがあるってさ!」


その相談の内容については言わずとも察せられるだろう。ハルヴァートが魔女と恐れたカンナの話だ。

持ちかけられた相談を話半分で聞き、特に味方もせず相槌だけにとどめた。それが気に入らなかったのか、ハルヴァートは以降、3つ子たちに話の続きをすることはなかった。


真実がつまびらかにされた今思えば、あの時同調しなくて正解だった。もし同調して味方していれば、おそらくアルヴィナ同様に強引に言うことを聞かせてでも思い通りにしようとしていただろう。

そんなのごめんだ。話を聞く限り、お前の被害妄想っぽいんだけどと返しておいてよかった。


「まぁ喧嘩別れみたいな空気になっちゃったんだけどさ」

「意見の食い違いってやつさ」

「それでも友達だし気にはしてたんだけど!」


被害妄想だろう、いや違う魔女は存在するんだと言い争い、剣呑な空気になった後、どう声をかけたものかとタイミングが掴めず時間だけが流れてしまった。

その矢先にあんなことがあった。以降はカンナのほうが詳しいだろう。


「そんなわけで」

「あいつとは友人未満知り合い以上だったのさ」

「春からは全然! 顔も見せないし話してもない!」


そんなわけで、現在は親しいと言えるほどではないのだ。

それでも友人として気にしてはいたし、最後の会話となった言い争いの中心であったカンナの存在も覚えていた。ハルヴァートの件でカンナ本人が学校中の噂になった時は気が気じゃなかった。

いつ話しかけようかとタイミングを伺っていたところ、合宿というちょうどいいものがあったのでそれに便乗することにした。教師陣にそれとなくカンナの希望する進路を聞いて、じゃぁこれだろうと予想して神秘学の合宿に参加希望を出したらこの通り。予想通り、そして計画通りにカンナとペアになることができた。


「ペアっていうか、3対1だけど」

「そこはまぁ俺たちは3人で1セットみたいなところあるし?」

「実質ペアでいいはずさ!」

「えぇ……」


そんな強引な。まぁでもわからなくはない。これほど言動が揃った3つ子がばらばらになって、それぞれ単独で行動するなんて想像がつかない。3人セットでまとめて考えれば、まぁ、ペアと言えなくもないかもしれない。


それにこちらだって厳密には一人ではない。

そう。彼らにも紹介する必要があるだろう。いつ話に出すんだと剣呑な視線を飛ばしている相棒を手に取った。


「私からも紹介させてもらいますね」

「おう。やっとかよ」


待ちくたびれたと溜息を吐くベルダーコーデックスを机の上に。3対の視線が驚きをもってベルダーコーデックスへと注がれた。


「喋る本!」

「意思持つ武具なんて珍しい」

「すごいな、自立思考して独自に会話してるぞ!」


術者とは別の独立した思考を持ち、会話する武具だなんて珍しい。

ハルヴァートのカマリエラ・オートマトンのように術者の命令を受けて、それを達成するためにある程度自分で判断して行動するものはそれなりに存在する。しかしこの本は独自の自我を持って自らの意思で喋っている。魂の有無と言うべきか。そう表現するには魂の定義から始めないといけないのだが、直感的に表現するならそうだ。


感動して感想を口々に喋る3つ子の称賛を少しくすぐったく思いながら、紹介しますね、とカンナが切り出す。


「この子はベルダー。『真実の書』ベルダーコーデックスです」

「おい。紹介が短すぎやしねぇか? 今まで待たせた割によぉ」

「仕方ないじゃない。それくらいしか言うことないでしょ」


こんな能力を持つ武具ですだなんて説明したって話が無駄に長くなるだけだ。ベルダーコーデックスがカンナの相棒であることだけ紹介しておけばいいだろう。

能力については、必要であれば開示すればいいだけなのだし。


それで。紹介したのには理由がある。


「ベルダーも議論に混ぜてもいいですか?」


彼もこの議論に参加させてもらいたい。というより、ベルダーコーデックスのことだからきっと横から口を挟むだろう。その時にいちいち割り込みの謝罪と参加の確認の手間をかけるのは話の腰が折れてしまう。なので先に許可をもらっておきたい。


「もちろん!」

「俺たち兄弟も喋るし?」

「3対2ならちょうどいいんじゃないか?」


よしよし。これで話の大半はまとまった。これだけ打ち合わせをすれば今日の分の議事録の内容にも困らないはずだ。


うんうんと頷き、あと話すことや言うべきことはないかと3つ子が顔を見合わせる。ないんじゃないか、思い出したなら明日以降でいいだろうと言い合い、じゃぁそれで、と結論を出した。


「初日だしね」

「軽く自己紹介とガイダンスってことで!」

「じゃ、また明日!」

「はい。先輩がた」


今日のところはこのあたりで解散といこう。

議事録を書くことを忘れずに、と言い残し、3つ子が揃って踵を返す。方向からして、昼食を食べに食堂へと向かうようだ。

行ってらっしゃいと見送り、カンナはそのまま机の上に筆記用具を広げる。忘れないうちにレポートを書いておかないと。


「えぇと……初日は自己紹介と……」


合宿の期間は1ヶ月。この間に神秘学の基礎を固めないと。

決意を新たにして、レポートを書くべくペンを走らせた。

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