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裏課題

翌日。


「おはようございます、アルカン先輩」

「おや」

「兄弟への挨拶を忘れてるぞ!」

「蔑ろにされてる兄弟可哀想!」

「お二方も、おはようございます」


カンナの挨拶の仕方が昨日までとは違う。明確に1と2で切り分けた。昨日までは3人一緒くたにしての挨拶だったのに。

露骨なくらいヒントを出した甲斐があったかな。そう思いつつ、『3つ子』は視線で言葉を交わした。


「ひとつ聞いてもいいかな?」

「兄弟をわざわざ区切った理由は?」

「1対2で切り分けただろ!?」

「だって、本体は1人でしょう?」


術者と分身と。そういう構成だろう。見破ったことをアピールするためにわざと区切って挨拶したが、ちゃんとアルカンたちには伝わったようだ。

露骨なほどに伝えたかったのはそういうことでしょう、とカンナが告げれば、兄弟たちは顔を見合わせた。そし、カンナへ笑顔と拍手で称賛を。


「気付いてくれてどうもありがとう」

「そしておめでとう!」

「課題クリアだ!」

「か、課題?」


課題とは。この1ヶ月毎日議論を重ねて議事録を提出するのが合宿の課題だったのではないか。

まさか、それ以外にも課題があったのか。そんなの聞いてない。


驚くカンナに、まぁ教えてないからね、とアルカンが言った。


曰く。神秘学の合宿には2つの課題がある。教師から出される課題と、ペアとなる上級生から出される課題だ。

前者は日々の議論と議事録。これは1年生へ提示される表向きの課題だ。そして後者は1年生には存在を内緒にする裏の課題。裏の課題の内容は上級生が自由に決めることができ、アルカンの場合は『兄弟の正体』ということだった。


カンナが兄弟の正体に気付いたことで裏の課題は達成されたのだ。

アルカンが改めておめでとうと称賛を口にし、答え合わせを告げる。


「大正解。俺が本体で」

「左右の兄弟が!」

「召喚物だぞ!」


カンナがたどり着いた通り、アルカンこそが本物だ。イルカンとウルカンの兄弟は武具によって召喚された分身である。

ついでに紹介しておこうか、とアルカンが自身の肩に手を置く。ハイネックの襟に隠された首には複雑な文様の刺青が掘ってあった。首のワンポイントではなく、背中一面から首にかけての大きな図面の一部のようだ。

これこそが火を嫌い武具を持たないアレイヴ族が戦いの術として持つ魔術式だ。本来なら魔銀に刻み込むそれを刺青として背中に刻んだもの。銀か人体かの差で仕組みは変わらない。魔力を注げば召喚術式が起動する。


「おいで、兄弟」

「エルカン!」

「オルカン!」


ずるり、とアルカンの足元で影が蠢いた。まるで水面から浮き上がるように影が伸び上がり、輪郭を構成して色が付き、分身を形成する。アルカンと同じ顔がさらに2人。これで『5つ子』だ。


「……同じ顔が5つ並ぶと圧がすごいですね……」

「だろ?」

「いっぱい喋るしな!」

「5人まとめて喋るぞ!」

「だから普段は3人なんだ!」

「疲れるしな!」


5人まとめて喋るのか。それもそうか。普段3人まとめて喋るのだから5人になっても変わらないのだろう。

それにしても同じ顔が5つ並んで立って、しかもいっせいに喋るとなると圧力がある。思わずカンナの笑顔も引きつってしまう。

圧力に負けたカンナの様子を察してか、それとも単純に疲れるからなのか、察したアルカンが兄弟の半数を足元の影に引っ込める。5つ子は元通り3つ子になった。


「……と、まぁ……俺たち、こういうわけさ」

「おつかれ兄弟!」

「久しぶりに5人揃ったな!」


カンナは気付いていないのか、気付いているが触れる機会がないので触れていないのかは知らないが、喋り方にも工夫がある。

喋り始めるのは本体であるアルカンから。思考を共有された分身の兄弟がそこに続く。

俺と一人称を用いるのもアルカンのみ。分身は自身あるいは他の兄弟を指す時は兄弟と呼ぶ。分身が一人称を用いたことはない。その差異で発生する違和感を感じさせないよう、ハイテンションな話し口で誤魔化している。


そんな工夫があってこうして群島兄弟は成立している。

今までの会話を思い返してみれば、すべてそうなっているはずだ。


「ちなみに」

「合宿常連だぞ兄弟は」

「便利だもんな、この特性!」


3つ子の正体を解明すること。この流れが世界の真実を解明する神秘学との相性がいい。3つ子の正体にすら気付けないのなら神秘学者の才能なしと評価を下せる。

なので毎年、リンデロートの要請もあって神秘学の合宿に参加している。アルカンもまた、参加すれば成績評価につながるので得点稼ぎにやっている。

毎年1年生を誰かしら捕まえて同じことをやっていて、今年はその枠がカンナだった。


「あ、別にこれ、秘密ってわけじゃないから」

「言っても気にしないぞ!」

「地味に有名人だもんなぁ、兄弟って」


アルカンの兄弟については秘密ということもなく、校内でもそこそこ有名である。上級生や教師たちに聞けば、あぁあの『3つ子』ねと返ってくる程度には。

何故そこまで有名かというと、それはもちろん兄弟の正体を知った人間はだいたい周囲に言って回るからだ。ねぇ知ってる、あの3つ子って実はこうなんだよと友人に零せばそこから話は広がる。そうして話が広がった結果、アルカンの顔を知る人間はおおよそ兄弟のことを把握している。

だからといってどうなるというわけでもないので、アルカン自身も話が広がることを止めはしない。その噂に侮辱や嘲りが混じった時は5つ子全員揃って抗議はするが。


なのでもしカンナが誰かに零してもそれを咎めはしない。こんな驚くべき先輩がいたのだと話すことを止めない。

ただし、来年入ってくるであろう新1年生たちに話すことはやめてほしい。ネタバレをされてしまったら課題の内容を変えないといけなくなる。それは面倒くさいので。


「わかりました。そうします」

「よし、じゃぁ前置きはここまで」

「今日の議論片付けるぞ!」

「それでは兄弟、議題をどうぞ!」


改めてよろしく。



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