幕間小話 ただの本を脱却した頃
庭を彩る木は今は墓を彩る木だ。その傍らの小さな祠に自分は安置されることとなった。
そのまま穏やかに時が過ぎていけばよかったのに。
世界は壊れた。後に"大崩壊"と呼ばれる大災害の始まりである。
世界の東の果てを起点に発生した魔力の衝撃波は世界を引き裂き、大地を切り刻み海を割った。
ヒトの営みは徹底的に蹂躙され尽くした。生き残ることは幸運ではなく、むしろ不幸であった。
不幸にも生き残って『しまった』人々は魔法を、神を恐れた。そして捨てることにした。
神秘の大棄却。稀に生まれる魔力を持つ人間は殺され、武具は廃棄され、魔法は忘れられた。
その騒動を自分は外界へ開かれた意識の中で感じ取っていた。
魔力が切れていて喋ることはできない。しかし周囲を知覚し、思考し、感情を動かすことはできる。きっとこの祠も暴かれて自分も引きずり出されるのだろう。
あぁついに自分にもまた『死』と呼べるものが来るのかもしれない。すまない、お前の名を次の主人に伝えられそうにないとハナミズキを見上げた。風に吹かれて花びらが一枚落ちた。
その時は早く来た。村中の武具を集めろ、外れに元職人の爺さんがいたろ、きっとあるはずだと村の人間たちが踏み込んできた。家は取り壊しついでに荒らされ、祠も壊され、ハナミズキの木もまた切り倒された。
あぁみんなまとめて死んじまったな。他の物言わぬ武具と一緒に炉に突っ込まれながらそう思った。
爺さん、これがお前の偏屈の落とし前だと強がって笑い、そして。
――熱い。
熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。熱い。
自我はあっても五感はない。なのに『これ』を熱いと感じる。灼熱が身を蝕む。
熱い。溶ける。混ざる。何もかも。オレも。お前も。流れる。溶ける。混ざる。侵す。
魔銀の飽和開始。金属組織分解。損傷の修復。組織崩壊の修繕。魔銀の調和。
本能の覚醒誘引。自我の回帰分析。自我の接合の開始。自我の覚醒。自我崩壊の防止。
自由意志の拘束。思想の強制。思考の誘発。思惟の制圧。
分析。接続。融解。結合。反発。崩壊。修繕。抵抗。抑制。抑圧。束縛。弾圧。鎮圧。制御。胎動。
懺悔。孤独。悲鳴。雑音。後悔。鮮血。祝福。希望。絶望。
終結。終幕。終了。終端。終息。終止。終局。
それは合金を作る過程と同じだった。
複数の金属をまとめて鋳溶かして一つの塊にする過程と変わらない。
だが唯一違うのはそこに周囲の状況を知覚できる知性のあるものが投下されていることだった。
『彼』は自身に自分ではないものが接続されていく感覚に悶えていた。
溶けた魔銀が流れ、合わさり、混ざっていくそれは自我の融解と結合と同義だった。
自分と違って世間一般に出回る武具には知性も自我もない。そう見下していたことを後悔する。
知性がないならば自我も存在しないだろうか。使い込んだ物には魂が宿るというのに。
混ざる。思い出が。想いが。記憶が。自我が。
オレの持ち主は深窓の令嬢だった。違う。素直になれない寂しがりやの老人のはず。若い頃に結婚して子供を生んで、そう、老後は孫に囲まれて。違う。孤独な老人だ。誰からも遠巻きにされて。孤独にした皆が憎かったから全員殺してやったのだ。違う。違う。混ざるな。これはオレの、オレだけの記憶で。僕だけのものだもの。私のものを誰にも渡さないわ。違う。やめろ。もう。誰も。何も。入ってくるな。
あふれて、こぼれて、ながれて、でていく。
――庭に植えた■■■■■の名は何だった?
「あ…………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
叫ぶ。それは『誰』が発した声だろうか?




