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いち

キスの日作品だからキスします。

「お願い!! 数合わせでいいから合コンに参加してちょうだい!!」

 (さくら)ほのかは自分を拝み倒す名前を忘れた同級生をまじまじと見つめた。合コンはどうでもいいし、更に言うなら名前も覚えていないこの同級生のことだってどうでもいいのだ。合コンの数合わせなんて、話に耳を傾ける価値もない。

 ほのかは美人である。髪は短いがさらさらとしていて、桜の簪がお洒落に留めてある。目鼻立ちもくっきりしていて、メイクもナチュラルカラーで整えているだけ。まだ大学二年生とはいえ、学内では充分に注目されている。昨年の学内ミスコンでは三位に入選したほどだ。

 ただ、その性格はいかがかというと。

「一生のお願いっていうからいつも聞いてるけど、あなた、わたしに一体何度の人生捧げるつもり? それで内容がいつも合コンの数合わせって笑っちゃう。どんだけ友達いないの?」

 言われた本人の口角が思わず引くついてしまうほどに容赦ない。

 これはほのか本人も自覚していることだが、とても性格美人とは言えない。性根が悪いのである。

「で、でも、桜さんが来てくれないと……」

「男共の反応が悪いって? わたしに頼らず、自分たちで気を引きなさいよ。それだから彼氏の一人もできないし、お持ち帰りもされないのよ」

 ただ、ほのかの口の悪さにも理由があった。

「あと、何回言ったらわたしには彼氏がいるって話、覚えてくれるの? くっそめんどくさいんだけど。最初の頃はわたしがお手つきと知った途端に男共が萎えて帰ったんだっけ? あれはあれで愉快だったけどね、それ以降わたしを寝取ろうって目的で近づいてくる連中が現れてうんざり。わたしがこの性格なの知ってるでしょ? もっといい子いるんじゃないの?」

「でも……」

「なあに?」

 ほのかの顔に浮かんでいたのはもはや性格の悪さを一切隠していない悪女の笑みだった。妖艶で一目見た者を魅了するようでありながら、危険だとわかっている領域に誘うような。

 名前も知らない同級生は、がばっとほのかの手を取る。勢いのままに告げられた本音は、次の通りだった。

「でも、桜さんじゃないと男共の財布をすっからかんにするほど飲めないのよ!!」

 この言葉にほのかがきょとんとしてしまったのも無理はないだろう。合コンとは本来、出会いを求めて開かれるものである。

 目の前の彼女の言い分だと、男共の財布をすっからかんにするのが目的と見える。

「何? 男に金の恨みでもあるの?」

「何もしてないのに紐女と呼ばれる屈辱、桜さんわかる!?」

「へえ」

 声はねっとりと絡みつくようなものなのに、浮かんだ笑みは清純なものだった。

「そんな楽しい話なら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの? 一肌でも二肌でも脱ぐわよ」

「やったーーーーーー!!」

 さて、楽しい話だっただろうか。


「というわけで、合コンに参加することになりました」

「女って怖い」

 少しお洒落な喫茶店のカウンター席で、ほのかは男性店員と話していた。その男性店員こそ、ほのかの彼氏である(たちばな)悠斗(ゆうと)だ。頼りないとまでいかないまでも、どこか気弱そうというか、一般成人男性よりはひょろっとしている悠斗だが、ほのかの尻に敷かれているわけではない。

 ほのかとの出会いは遡ること中学時代になるので省略するが、これでほのかの性格の悪さごと受け入れている器量の大きな青年である。

 ほのかはこれまでに何度も人数合わせで合コンに参加させられているのだが、きちんと悠斗には毎回報告している。悠斗も付き合いなら仕方ないと思っているから許可している。

 ただ、今回の話、確かに「紐女」という暴言を吐いた男連中も悪いが、ほのかという餌でそれらを誘きだし、男連中に復讐を試みるという女性陣のやり方もいかがなものだろう、と悠斗は思う。こういう争いは何も生まない。

「合コンに行くのはいいけどさ、ちゃんと警戒するんだよ? 大体ほのかちゃんの顔を餌に男を釣ろうっていう考えがもう腐ってると思うし、俺は許せないんだけど」

「いいのいいの。橘先輩以上にいい人なんて現れないし、現れなくていいから」

 そういうことじゃないんだけどなあ、と溜め息を吐く悠斗に奥から出てきた店主が茶々を入れる。

「お二人さん、いちゃつくのは店終わってからにしてくださいな」

「い、いちゃついていません!!」

 顔を真っ赤にする悠斗。すみませんでした、とどこか気の抜けた声で言うほのか。店主は小山という悠斗の高校時代の先輩で、悠斗をからかうのが趣味みたいな人だ。ほのかとはその辺の馬が合っている。

「っていうか、橘くんも、少しくらい火遊びしてみたら?」

「え」

「それはわたしが許しませんよ」

 そう、ほのかは束縛タイプの彼女なのである。ただ、悠斗はそこも含めてほのかを好きでいる。二人の関係は不思議な信頼で保たれていた。

 悠斗はほのかがどのような性格になろうとほのかを手放すつもりはないし、ほのかも悠斗から離れるつもりはない。だから合コンだって、毎回断ろうとはしているのだ。

 ただ、何度も言っている通り、ほのかは性格はともかく、顔はいいのだ。しかも大学では普段は猫を被っている。勘違い男たちはほのかを清純派女子と思っているのだ。

 性格はどうあれ、女性として魅力的なのは確かなので、悠斗は毎回毎回、ほのかがお持ち帰りされていないか、気が気でない。

「やっぱり、居酒屋とかのバイト入れようかな……」

「駄目。橘先輩のことはなるべく他の女の人に知られたくない」

「ええ?」

「私はいいの?」

「マスターは信用できる人ですから」

「あらあら照れるわね」

 これはほのかの独占欲なのだろう、と悠斗は思う。きっと、ほのかと悠斗、それぞれの過去のことが、ほのかに不安をもたらしているのだろう、と。

 それなら、悠斗だって、同じ気持ちだというのに。

「ねえ、ほのかちゃん」

「なんですか、せんぱ、んっ」

 悠斗は片側をお盆で隠して、ほのかの唇を浚った。

「ちゃんと俺、ほのかちゃんのこと好きなんだからね」

 それだけ言うと奥に去っていってしまった。ぽかんと取り残されるほのかを眺めながら、店主があらあら、とにこにこしていた。

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