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引きこもりとは

作者: カウボーイ




ツライ…


ここ二週間ずっとこの気持ちに苛まれている。一日目、目が覚めたら神様がいて異世界転移した。そして中世ヨーロッパ風の世界に飛ばされ僕は王宮の間に降り立った。王道のシチュエーションである。事態は順調であるように思えた。しかし王宮の間で勇者に祭り立てられるのかと思いきや、そのまま僕は違う部屋に連れていかれると、ごく普通の兵士の衣服を着せられ、魔獣との戦いという強制労働を強いられるのであった。


「番号761、遅いぞ!」


「へ、へい」


この世界での僕の名前は番号761である。転生前の記憶は全て覚えている気がするし、何か欠けている気もする。そもそも何も覚えおらず、確認しようもないので自分が全て覚えているなど断定のしようもない。


「全体整列!」


現在魔獣とのいくさ前である。最近カボチャ畑を荒らす魔獣が出没するとの報告があったらしいので、ハゲの隊長に連れられ現地に赴いている途中である。


「いいか?今回の魔獣は強力だ。細心の注意を払って…」


「た、隊長!」


「貴様私の話を邪魔するとはいい度胸を…」


「例の魔獣が出ました!」


演説をしていた隊長の後ろには前歯が異常に長いイノシシの様な生物がいた。ぶっちゃけ強そうではない。どうやらこのイノシシが今回のカボチャ畑荒らしらしい。


「突撃ィ!」


隊長の掛け声と共に走り出す兵士達。しかしカピバラはまずその長い前歯で隊長をノックアウトさせると、辺りを走り回りながら着実に兵士達を一人ずつ捌いていった。このカピバラ、とても強いのである。


「うわあ!」


「ひいぃ」


恐怖で逃げ出す兵士達。勿論僕も例外ではない。「ひいぃ」と叫んだのは紛れもなく僕である。カピバラは容赦なく兵士を倒していき、最後は僕一人になった。カピバラが突進する中、僕はただ願うしかなかった。どうかこの地獄から僕を解放してくれと。するとまるでその願いが叶った様に世界が暗転し、再び世界が明るくなると僕はどこかの会場の中にいた。周りをみると僕と同じ様な人間がぐったりとしており皆泣きそうな表情を浮かべている。


(ふっ、みっともないな)


目元の液体を拭いながら他者を侮蔑していた所にスーツを着た、清潔感のある男がやってきて説明を始めた。


ここは地球であるらしい。そして僕を含めた人たちはどうやら引きこもりであり、保護者の同意付きで強制参加させられる「引きこもり更生計画」に参加していたのだ。背景はこうである。


「昨今はVR技術の発展により現実とそっくりな仮想空間を作る技術(仮想技術)が開発された事で、仮想技術を基にしたゲーム(仮想ゲーム)が大人気を博した。しかし、それによって先進国におけるゲーム人口、そして引きこもり人口が圧倒的に増えました。少子高齢化も相まって労働人口の大幅な低下を危惧した日本政府は仮想ゲーム全般を規制しようとするも、大きな反発に会い、一時は移民をより受け入れる方針に転換しました。しかし、この時点で既に他の先進国でも人口の減少が目立ってきており、仮想ゲームが開発された事で、似た様な政策をとった国々による、移民の獲得競争がおきたのです。そうすると選択肢を持った移民の方々達は必然的に自分の行きたい国に流れはじめ、独特の文化を持つ日本はそういった移民による人気が低下し始めたのです。焦りだした日本政府は再び方針転換をし、移民獲得も継続しながら、今度は反発を押しきり、多少人権を損ないつつも「引きこもり更生計画」と言う計画を打ち出し、引きこもり問題の解消に着手したのでした」


「引きこもり更生計画」の内容は至ってシンプルである。大半の引きこもりが仮想ゲームに熱中する事で引きこもっているから、仮想ゲームでより現実的な体験をしたら現実の社会に戻ってくるだろうという魂胆だ。実際に効果が出ているのかは知らないが僕にとっては甚だ迷惑な話である。自分の人生ぐらい自分の好きにさせて欲しい。


「自分の人生ぐらい自分の好きにさせろ!」


「そうだそうだ!」


どうやら引きこもり仲間たちも僕と全く同意見であるらしい。スーツの男は困り果てた顔をしていた。


その後僕たちはそれぞれ家にバスで送迎された。あの世界から脱出できた事にホッとしつつも、今度は別の事に対し、鬱々とした気分を抱いていた。親である。パパとママである。僕は子供のころから親をパパとママと呼んでいた。しかしいつの頃からか僕は親をパパとママと呼ぶことに対し気恥ずかしさを抱いていた。親とはほとんど話さないからこそ、呼称の違いは鮮烈に写る。僕はきっとこの悩みをこれからも抱え続ける事だろう。


家に着いた。現在は日曜日の夕方である。親はきっとまたリビングにいるだろう。しかしこのままチャイムを押せば恐らく「母さん」がやってきてドアを開けるだろう。そして自分の部屋に行くにはリビングを通らなくては行けない。そこで「父さん」と接触する事だろう。どちらも嫌だが「父さん」は特に嫌である。よって僕はしばらく近くの公園にあるベンチに腰を下ろし、作戦を練るのであった。


辺りが暗くなってきた。腹も減ってきたしそろそろ決断せねばならない。選択肢は二つある。一つはこのまま深夜になるまで待ち、辺りが寝静まってからリビングの窓より侵入するか。二つ目は親にバレるもしくは通行人に通報される危険性があるが、今から家の塀に登り、二階にある自分の部屋に窓から侵入するか。二つ目はメリットとして、晩御飯ができる時間帯に侵入する為、出来立ての飯が食える事だ。僕は住宅街から漂う料理の匂いと夜に一人という孤独感に耐えかねず、二つ目の作戦を実行するのだった。


辺りに人はいない。暗いので万が一通行人がいてもバレないだろう。コンクリートの塀に足をかけ、身体を押し上げる。しかし、思うように手に力が入らず、中々身体を持ち上げられない。この方法を最後に使ったのは小学生の時だったが、あの時は難なく登れた物だ。過去の眩しさと現在の愚行が残酷なコントラストを生み、僕の心に棘を刺す。


何とか塀に登りあがった。後は屋根を伝って窓から侵入するだけである。現在の僕の体重に屋根が耐えられるかという不安を抱きつつも、難関である塀を登ったことで、一階のリビングにいる親にバレなくなった事に心底安心していた。しかしここで僕の部屋とは隣の部屋の窓から光が漏れ出ていることに気がつく。妹である。僕の家族は四人構成である。父、母、僕(息子)、そして妹である。妹は何らかの部活に所属しており、帰りはいつも遅い事から油断していた。繰り返すが今日は日曜日である。「父さん」がいる事に集中しすぎて、妹の存在を完全に忘れていた。迂闊であった。


カーテンは閉まっていない。もし妹が窓を覗く事があれば、僕は引きこもりの上に更に変態覗き魔という烙印を押されてしまう。既に引きこもりではあるが、そんな僕にもちっぽけな見栄はある。気づかれるのはなんとしてでも避けたい。


慎重に塀から屋根に乗り、なるべく音を立てない様に歩く。衣擦れの音さえも消すために忍者の技術「ナンバ歩き」を使うが、屋根が軋む音があまりに大きく全く意味をなしていない。夜風が気持ちいい中ダラダラと汗を流す僕はついに自分の部屋の窓まで辿り着いた。身体が一気に緊張から解かれ、ホッとする。窓を開け、最後に周りを確認する。


するとそこには隣の窓から僕をニヤニヤしながら見ている顔が一つあった。誰であろうか。妹である。


一瞬時間が止まる様な、そんな感覚に陥った僕だがすぐに部屋に飛び入る。そして窓を閉める。部屋の鍵もかけておく。


やってしまった。羞恥心から逃れるようにベッドに飛び乗る。枕で顔を締め付けるが、あの顔が、鮮明に、焼き付いてしまった。


どれだけそうしていただろうか。思ったより短かったのだろう、ご飯の良い匂いがしてくる。


「ママ―!ご飯!」


これだけでいい。二語で成立するコミュニケーションのなんと素晴らしき事か。

今日は疲れた。二週間の強制仮想ゲーム生活よりも今の30分の方が疲れた気がするのは何故だろう。引きこもりの本質も結局はこの30分にあるのかもしれない。


そして妹の事はしばらく忘れよう。



心が苦しくなったでしょうか。僕は苦しかったです。

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