傲慢すぎたのが理由で王太子に婚約破棄されて断罪され、悪逆非道を尽くしたという50歳以上も年上の辺境伯に嫁がされた悪役令嬢の昔語り。
傲慢すぎたのが理由で王太子に婚約破棄されて断罪され、50以上も年上のごうつく爺の辺境領主に罰として嫁がされたという元悪役令嬢の昔語り
リクエスト頂いていたので婆様のお話書きました。
連載も予定してます。よろしければお願い致します
「どうしても追っ手から逃れたいのですわ」
この婆の目の前にいるのはまるで絵画のような美しい一対の男女だった。
あたしも若いころはこんなだったねえ。
あたしは追っ手はまだこの山には来てないよと答えると、でもすぐきますわと娘のほうが声を荒げる。
若いくせに短気だね。
男のほうは使用人とみた、粗末な服装、その手もあれている。娘はお嬢様と呼ばれていた。無理やり40も上の公爵とやらに嫁がせられることになったとかなんとか。
ああ、まるで昔のあたしみたいだ。少し傲慢な子だね。
「……なら対価をよこしな」
「対価?」
「そうだね、あんたたちの記憶を周囲の奴らから消してやるよ。そうすれば追っ手とやらも来ないだろう。駆け落ちするくらいの覚悟があるようだしねえ」
あたしはひひひと笑う。どうしたってね、愛だの恋だのと若いころは浮かれがちさ。
男は少し考えたが、対価を払うと答えたね。
「……そうだね、その娘の両目さ、きれいな目だね。まるで青空みたいなきれいな青、その両目をあたしによこしな」
あたしもきれいな青い目をしたご令嬢だったのさ、金の髪をしたね。
ちょうどこの娘のような。
嫉妬したわけじゃないよその若さにね、もうない青い目が懐かしくなったのさ。
魔力で視力を補えはしても、あたしにはもう両目がないのさ。
「いやよ、目なんてどうしてあげなきゃだめなの!」
「僕の目ではだめですか?」
「……そうだね、まあそれでもいいさ」
駆け落ちにしてはどうもつり合いが取れないね。まあいいさ、あたしは男から対価を受け取り、そして約束を叶えてやったのさ。
「あんた、あの子、あんたを置いて去っていったよ」
「知ってました。お嬢様が好きな人と一緒になるために、僕を利用して逃げたって」
ああ、両目がないってのは不自由だね。あたしは清潔な布で男の両目をおおってやったよ。
この婆ははるか昔に両目がないからね、慣れたものだけどさ。
「……知っていたのかい」
「はい」
あたしは小屋の中で男を介抱する。ああこんな優しい行為、魔女の婆がするなんてね。
この子は特別なのさ……。
「……青い目が、とてもきれいで……」
「青い目かい」
「夢の中で泣いている女の子もとても綺麗な青空のような目をしていたんです」
ああ、旦那様、あなたもきれいな青い目、青空のような目、わしの愛しい……といってくださいましたわ。
はるか遠い昔。
「そうかい」
「だからいいんです。お嬢様はあの子に似ていて……いつも悲しそうな顔をしていて、だから僕は」
優しい子だ。でもねえ、目がないと不自由だよ。あたしが受け取ったんだけどね。
対価だから戻してやれないんだよ。
「でも……お嬢様より、あなたのほうが似てるあの子に……」
旦那様、あなたはあたしのことを愛しているといってくださいましたわね。
切れ切れの男の言葉が遠い昔にあたしを呼び戻す。
あたしの目に、まだ青い空のようだといわれた両目があったころの話さ。
あたしはね、悪役令嬢といわれたほどの傲慢な公爵令嬢だった。
使用人は気に入らないとすぐ辞めさせ、贅沢の限りを尽くしたね。
わがまま放題の令嬢だった。
あたしは年ごろになり、王太子の婚約者になったよ。
まあ鼻高々だったね。
しかしそれも一年後に崩れ落ちたさ、あたしは傲慢すぎたのを理由に婚約破棄され、50歳以上も年上のひひじじいの辺境伯に与えられたのさ。
地獄だと思ったよ。王太子もねえ、贅沢三昧していてあたしと同じような人だったんだ、あとから知ったが他の女に目移りしてあたしが邪魔になり、適当な理由をつけてあたしを追い払ったんだと聞いたよ。
ああでもねえ、旦那様はあたしに指一本触れずに、領民たちの暮らしを見よといって視察によく連れだしたのさ。
何も入っていないスープに黒パンだけの食事、どれだけ働いても豊かになれない領民。
旦那様もなにも贅沢をせず、領民と同じ食事をしていたのさ。
旦那様は領民に慕われていたね、優しい旦那様をもって幸せとあたしは言われたもんさ。
あたしは後悔したね、贅沢三昧をしていたことをさ。この貧乏は王や貴族たちが税金を取りすぎているのが原因だったからさ。
あたしも旦那様と一緒に仕事をすることにした。まああまり役に立たなかったけどね。悪逆非道とかいうのは勝手な貴族たちの噂話だったんだ。
そうこうしているうちにあたしは旦那様を愛してしまったのさ。
……旦那様の気持ちはわからなかったがね。
そして数年たち、王都で暴動が起きて、それが辺境までやってきたのさ。王や王太子は処刑されたそうだよ。
領民は辺境伯を守ろうと戦うといったが、旦那様は反対してね。領民を逃がしたのさ。
あたしも逃げるように言われた、でも最後まで一緒だといったのさ。そのときに旦那様がね愛していると言ってくださって、一緒に生き延びることができたらと約束したのさ。
でもねえ暴徒がねえあたしに乱暴をしようとして、旦那様はあたしをかばって殺されて……。
あたしはその時世界のすべてに絶望したのさ。
そして……。話しかけてきたものがいたのさ。
「ああ、あの青空のような目があたしの両目にいまもあったらねえ」
あんたの姿がきちんと見ることができたのにね。
あたしの両目はないのさ、対価としてやっちまったよ……。
「魔女様、僕は……」
「大丈夫だよ、大丈夫だからね」
ああ、愛しい男を生き返らせろとあたしは話しかけてきたそいつに言ったのさ。
でも生き返らせることはできないといわれ、その生まれ変わりを知る力をお前にやろうといわれてね。
あたしは両目を悪魔に捧げて、魔力を手に入れ魔女になったのさ。
「……あの子が泣いている」
「もう泣けないんだよ、魔女は泣けないのさ」
「え?」
「旦那様、思い出してはいけないよ。だから……」
あたしは男を抱きしめて、そして魔法を使った。
ああ、会いたかったよ旦那様、会いたくて会いたくて会いたくてたまらなかった。
でもねえ、前の前の世のあんたはあたしを汚い魔女め、醜い魔女めと追い払った。あたしは優しかった旦那様の変わりように絶望したのさ。
今のあんたは優しいね。でも生まれ変わりはしょせん生まれ変わりなのさ。
あたしが真実愛した旦那様はもういないのさ。
「僕は?」
「大丈夫? あなた村の前で倒れていたのよ。何があったの?」
「何も思い出せないんだ……自分の名前も」
あたしは水晶玉を掲げ、そこから流れてくる音を聞いていた。
対価はもらったよ、あんたの記憶さ。
もう両目も戻った。あんたは自由さ……。
助けてくれた娘とあんたはこれから幸せになる。そんな未来が見えるさ。
私の愛しい旦那様、あなたはどこにももういませんわ。
だってあなたが愛してくれた青空のような美しい目がもう私の両目にないのですから。
あたしは魔女、泣けない魔女。愛する男に会いたいと愛する男をよみがえらせたいと、対価として両目を悪魔に差し出した哀れな……元悪役令嬢。
お読みくださりありがとうございます。
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