公爵令嬢のふりをすることになった男爵令嬢
『ヘレンへ
どうか私を許してちょうだい。
私はこの愛を捨てることが出来ませんでした。
お父様達は決して許してくれないでしょう。
私はグレッグと行きます。』
お嬢様は彼女を慕う侍女の私に短い手紙を残して行ってしまわれました。
そして今私は、お嬢様が通うはずだった学園に、お嬢様が着るはずだった制服を着て教室の座席に座っています。
今回のお相手は、そんなお嬢様ダイアナ・クライス公爵令嬢に成りすます、ヘレン・バーンズ男爵令嬢20歳、16歳のふりをすることになった私です。
「王国歴824年、オズワルド帝国がユーフェミア王国に攻め入って来た時、何を目的としていたかわかるか?」
黒板に軽快にチョークで文字を書いた後、歴史のエドガー先生の振り向き様に目が合ってしまいました。
分かります・・・分かりますよ。
でも私を見て、物凄ぉぉぉく残念な顔をするのは止めて頂きたいです。
「じゃあ・・・バーン、いやっクライ・・・やっぱりダグラス分かるか?」
え、・・・わざとですか?
当て擦りのように私の名前を間違えましたよね。
分かってます、分かってますとも。
いくら没落寸前の男爵令嬢と言えど、私も貴族の端くれです。
・・・私も2年前までここの生徒でしたからね。
しかもエドガー先生の担任するクラスの生徒でした。
それにさっきの様子を見て生徒の何人かも気まずそうにチラチラ私を見ています。
分かってますよ、・・・私それほどダイアナ様に似ていませんものね。
入学当初からお嬢様のふりはさせて頂いておりますが、成人前と言えどお嬢様は公爵令嬢ですので茶会などには度々出席されておりました。
お嬢様はゴージャスな美少女であることもですが、情熱的で少々奔放な魅力をお持ちの大変存在感のあるお方でした。
一目見れば大抵の方は忘れないでしょう。
私は『あなたってぱっと見ダイアナ様に似てるわよね。』と言われる程度の容姿なのです。
しかも既に成人した20歳の大人であるのに、まだあどけなさの残る16歳の学生たちに混ざっているのです。
お見せ出来なくて残念ですが、私の心が泣いています。号泣です。
旦那様のご命令で仕方ないとはいえ、敬愛するお嬢様の為でなければ逃げ出していたかもしれません。
私がお嬢様の替え玉であることは、公爵家の皆さまやダイアナお嬢様のご親友のエレノア様たちもご存じです。
ですが、ご婚約者様であられる宰相子息のギデオン・ヘンドリック様はご存じありません。
この度の成りすましは、このギデオン様との婚約を早急に解消することが難しいための時間稼ぎなのです。
エレノア様たちに状況を打ち明けた時のことが頭を過ぎります。
「ああ、うん、そうね。前髪を左に流してみたら、きっとダイアナそっくりじゃないかしら。」
私はエレノア様のお言葉通り、前髪を左に流します。
「・・・そうね。さっきより良くなった・・わ。・・・どうかしらアミール。」
「ちょっ・・・私に振らな・・い・・・。ごほんごほんっ。えーっと、そうね、いいんじゃない? ね、ユーリ?」
「き、気持ちが一番大事じゃないかしら? 何事も心がけ次第って言いますでしょ・・・そう思わない、リリア?」
「えーっと私、急用を思い出したので、お先に失礼しますね。」
この時の私は、以前お嬢様が『私たち姉妹みたいね。』と言って下さったのを真に受けていて、もう少し似ているものだと自負致しておりました。
よく考えれば、双子みたいね・・・ではなく姉妹ですものね。
そっくりな姉妹から似ていない姉妹までピンキリでございます。
とまぁ出だしから先行き不安な2度目の学園生活を送ることになりましたが、公爵家がある程度の説明を学園側にしていたり、私の周りにエレノア様たちがいることによって、なんとか持ちこたえておりました。
が、・・・・・ここ数日、事態は急展開を迎えております。
今日の朝の一幕でございます。
「お嬢様、学園に着きました。降車の準備を致しますので少々お待ちください。」
学園まで私を運んできた馭者が私に声を掛けます。
この扉が開いたらいるのかしら? いるんでしょうね。
私はここ連日続いているプレッシャーに飲み込まれそうになります。
そんな私の気落ちを無視して、扉が開かれました。
「・・・ダイアナ、手を。」
はいっ、・・・いました。
こちらがギデオン・ヘンドリック公爵令息です。
こうなった以上は仕方がありません。
私は俯きがちに手を取り馬車を降りました。
ギデオン様は氷の貴公子と渾名されるほどのクールさが売りの令息なのですが・・・。
・・・割と手汗をかかれるんですね。
この方とお嬢様の婚約が結ばれたのは12歳の時だったそうですが、クライス公爵家で婚約者同士の定期的なお茶会の際もエスコートの際も一向に視線さえ合わせない態度の悪さでした。
おまけに1、2年ほど前からはなんだかんだと理由をつけて茶会には来ないようになりました。
それが何故、今になって毎日迎えに来るのでしょうか?
まさか、私が誰か確かめるためでしょうか?
焦りから私の手がしっとり濡れます。
が、ギデオン様の手汗のお陰で恐らくバレないでしょう、唯一のラッキーでした。
そんな時です。
「ギデオンさまぁ。おはようございますぅ。」
はいっ、トリシャさん・・・こちらも出ました。
私も横にいますけど・・・、見えていない模様です。
しかし私が今扮しているのは、敬愛してやまないダイアナお嬢様で公爵令嬢です。
この方の貴族としての感覚どうなってるんでしょうね?
そんなことを思っていたらトリシャさんがギデオン様の腕にしがみつきました。
「いいなぁ、トリシャもギデオン様にエスコートされたーい。」
ええ、どうぞ。・・・手汗酷いですけどね。
ところが手を離そうとした私の手をギデオン様が強く握り直し、トリシャさんを振り払うと一睨みして教室に向かってしまわれました。
いやいや、あなたの愛するトリシャさんが待ってますよ?
そしてあなたがトリシャさんを選びさえすれば、この無理のある成りすましは終了させられますので大変助かります。
「着いたぞ。」
私の教室に着くなり不愛想な言葉を吐いてギデオン様はご自分の教室に向かわれようとしています。
ギデオン様はダイアナ様より2歳年上ですので、現在は最終学年で1年の教室からは離れています。
足早に去ろうとするその背中に問いかけました。
「ギデオン様は今まで私と関わろうとしていらっしゃいませんでしたよね? なのになぜ急に?」
本来であれば、こんなことを聞くべきではないのかもしれません。
でも私にも限界と言うものがございます。
ギデオン様は立ち止まり、ゆっくり振り向くと呟かれました。
「だってあいつは、あの執事を想っていただろう。」
「えっ、何て仰いましたか?」
「いや、何でもない。」
そう言われると、ギデオン様は踵を返して行ってしまわれました。
・・・いや、全部聞こえておりましたけどね。
旦那様ぁぁぁぁぁ!!
色々全部バレておりますっ!! ヘレンめは、もう限界でございますぅぅぅぅぅ!!!