同じ世界で転生した伯爵令嬢
「ロゼット、君との婚約を破棄したい。僕は運命の人に出会ってしまったんだ。」
前世で騎士団員だった婚約者が私に告げた最後の言葉でした。
その後、身分のやや劣る別の婚約者をあてがわれた私は、意外にも幸せに余生を過ごして寿命を全うしました。
そして私は、ユーリ・サイグリット辺境伯爵令嬢として生まれ変わったのです。
申し遅れましたが、本日は私がお相手を務めさせていただきますわ。
それはそうと何の因果でしょう。
今目の前で、今世の私の婚約者が件の男爵令嬢と見つめあっております。
学園内の剣技場で朝練を終えた私の婚約者レオン・ロードスター様に、先ほど彼女がタオルを手渡された直後のことでした。
「君は俺の運命だ・・・。」
あなたの婚約者ここにいますわよ。
渡されたタオルを受け取る際に互いの手が触れあって、お互いに頬を染めながら一時沈黙された後のことでございます。
たかが手が触れたくらいで、チョロ過ぎやしませんかしら。
異世界転移者のアミール様と違って、私は幼い頃より自分がロゼットの生まれ変わりだという事を認識しておりました。
私の前世は時代背景こそ違いますが、同じ世界の方ようですわ。
混乱を避けるためエレノア様達が過去を告白した際にも言い出すことが出来ず、このことは私の胸の内にだけ未だ秘められておりますの。
前世で近しい間柄の人間は、生まれ変わった後も何となくその方だと分かっていましたわ。
私の両親や兄たちは前世でも家族でしたし、今世の婚約者は前世でも最初の婚約者だったのです。
何が悲しくてこんな男ともう一度婚約を結ばなければと泣いたものです。
しかし父同士が懇意にしていて、辺境伯である私の父と騎士団長を務める婚約者レオンの父と昔から交わされていた契約です。
今更覆すことなどできませんでしたし、我がままで父を困らせることは私の矜持が許しませんでしたわ。
私は仕方なくチャンスをうかがっておりましたの。
だって彼には運命の人がいるのですから、このまま婚約を続けるはずがないと思っておりました。
しかし、まぁまぁ・・・レオン様の運命の人、いったい何人いらっしゃるのかしら。
前世の方とは違っていますけれども・・・。
運命・・・笑わせますわね。
レオン様の告白に女性は頬を染めながら、しかし涙目で訴えます。
「ダメです、レオン様。レオン様には婚約者がいらっしゃるはず。・・・私達が想いあうことは許されません。」
ええ。ですから、さっきから此処にはっきりと存在しておりますわ。
レオン様が彼女の手を両手でぎゅっと握りました。
「俺には君だけだ・・・。」
「レオン様・・・。」
あの・・・。ですからさっきから私此処にいますけど。
見えてらっしゃらない?
婚約者の目の前で、今にも口づけされそうな勢いですけれども。
・・・そういえば彼女、婚約者の前で相手の男性といちゃつくのがご趣味でしたわね。
レオン様・・・あなたが頬を染めて見つめている彼女、アミール様の婚約者ともキャッキャウフフといちゃついて、昨日も公衆の面前で口づけする一歩手前でしたわよ。
でもまぁ・・・いまは感謝すべきかしら。
いずれいなくなる婚約者のお陰で、私は自由になれますもの。
もし真面な婚約者でしたら、私も不義など許されませんから、あの方に近づく事さえ許されなかったでしょう。
それにトリシャさんと言ったかしら。
彼女の行いは下品ですけれども、見習う所もありますわ。
私は辺境伯の娘として、少々気丈に育ちすぎましたもの。
女の色香を持ちなさいと言う母も、辺境伯に嫁ぐだけあって似たり寄ったり。
トリシャさんの行き過ぎた女の色香を少しだけ参考にさせて頂きますわね。
本日此処に来た用事を済ませるために、私は幼馴染を呼び出します。
「どうしたんだい、ユーリ?」
「お兄様からこちらを預かってまいりましたの。」
幼馴染は侯爵家の四男のアレン様でございますわ。
ご家業は騎士ではない物の四男ということもあり、いずれ騎士になるべく幼い頃より我が家に通っては剣技に磨きをかけていらっしゃいました。
昨日の親友達との今一番ホットな王都男性の議論の中でも、四男でありながら10本指に入る素敵さ。
「アレン様・・・汗が。私のタオルをお使いください。」
トリシャさんの見よう見まねで、私は頬を染めながらアレン様を見つめます。
「・・・ユーリ。」
アレン様もいつもよりお顔が赤い気がします。
私はタオルを渡す手を少しだけアレン様に触れさせます。
「・・・っ!!」
お互いの視線が触れ合いました。
アレン様のお顔が益々赤くなりますが、きっと私も同じでしょう。
隣の方からトリシャさんが「私のヤツ・・・。しかもアレン様に!!」と呟く声が聞こえます。
ええ。トリシャさんありがとうございます。
ありがたくあなたの行いをオマージュさせて頂きました。
リスペクトは致しておりませんが。
そうそう、アレン様は前世の私の夫でございます。
あなたではなく、私の運命でございますわ。