異世界から転生してきた侯爵令嬢
件の男爵令嬢が私の婚約者とその他の取り巻きを連れて、わざわざ私たちが座るカフェテリアの席のすぐ側に座りました。
・・・他にも座席たくさん空いてますよ、と教えて差し上げたいです。
「やだぁ、ルーク。そんなに心配しなくてもちゃんと歩けるわぁ。」
と男爵令嬢が申しております。
え、当然ですよね。
一体どうゆう状況になったら16歳の健康な体の人がこのセリフを言うのでしょうか?
因みに・・・やだぁ、ルークでお馴染みのルーク・ハイランド公爵令息の婚約者、アミール・ドノヴァ侯爵令嬢である私が本日お相手させていただきます。
友人のエレノア様とは違い、私は異世界転生者でございます。
私が異世界転生者だと自覚したのはごく最近でございます。
幼い頃から何かと私達を気にかけて下さるエレノア様が、数か月前の学園に入学する際に仲の良い令嬢4人を呼び出されました。
実は自分は時間を巻き戻って来たのだと打ち明けられたその時、まさに雷に打たれたように私の頭の中を別の人間の人生が走馬灯のように流れたのです。
前世では異世界の日本と言う所で過ごし享年27、歳事故であっけなく世を去りました。
私は自分と彼女の人格を融合させ、新たな自分へと生まれ変わったのです。
その時に私はこの世界が、前世でプレイしたゲーム『君のための世界』、きみせかの世界に非常に酷似していることに気付いたのです。
エレノア様の打ち明け話だけでもかなりの衝撃であったのに、私がその場で異世界転生者であることを思い出したと、この世界がゲームの世界に似ていると話し始めたので、場は混乱に次ぐ混乱をきたしましたが、何とか収集し皆共通の認識で友情を深めています。
その友情を深める場に婚約者達はのこのこやってきて、見せつけるように大声でイチャついております。
さすが、自分の世界だと豪語する傲慢なタイトルの主人公達ですね。
「トリシャ、口にクリームがついているぞ。」
私の婚約者ルーク様が件の男爵令嬢、トリシャさんの口の周りに付いたケーキのクリームを親指で拭いました。
てかっ、きたなっ!食べ方きたなっ!!何歳だよ。
・・・失礼、気を抜くと日本人だったころの喋り方が時々出てしまいますわ。
ルーク様は拭って親指についたクリームをぺろりと舐めました。
いや無理っ!あんなきったない食べ方して口の周りに付いたクリーム舐めるとか、ほんと無理っ!!
・・・度々失礼しました。
日本人だったころ少々潔癖のきらいがあったのですが、融合した今もほんの少しだけその気が残ってしまいまして。
ですが目の前で見せられて初めて気が付きましたが、彼らの行いは一般的にも美しいものではありませんよね?
ゲームをしていた時は2次元フィルターのせいでしょうか、大変ドラマティックに見えたものですが、同じ容姿をしていたとしても現実で目の当たりにすると汚物とそう変わりません。
「ルーク、みんなが見てるのに・・・。」
・・・って、人に態と見せつけに来といて今更どうしました?
ですが顔を赤らめて俯き加減にルーク様を見つめるトリシャさんは、さすがヒロイン然としてお可愛らしいです。
その場だけを切り取って見れば・・・ですが。
これが所謂スチールってやつですのね。
二人だけの世界を切り取って、美しい背景と共に美麗な一枚の絵に仕上げる。
だからこそ美しいのですわね。
すべてを見せてしまったら成立しませんものね。
婚約者のいる男性に近づくヒロイン。
婚約者達が悪役令嬢になるまで、何もフォローせずに無体を働くヒーローたち。
ヒロインに群がる取り巻きという名のハーレム。
令嬢の嗜みを身に着ける時間があっても、いつまでもヒロインの価値観だけを是として周りが全く見えない主人公達。
言葉にしてしまえば、悪役は果たしてどちらなのかしらと言わざる負えません。
今だってほら、トリシャさんの周りの取り巻きたちがルーク様を射殺しそうな眼差しで見つめていますわ。
殺伐としていてギャング映画でも撮れそうです。
エレノア様が教えて下さった内容を考えると、前回の人生でトリシャ様はヒーローたちの好感度を限りなく高めたうえでの王太子エンドだったらしいです。
--このゲームではハーレムエンドが無いので、実質ほぼハーレムエンドですね。
ですが今回の王太子はエレノア様を慕っているご様子です。
ですから、この中で次に身分の高いルーク様エンドに切り替えたのでしょう。
それでも他のヒーローに粉を掛けることをお忘れにはなりませんし、学園内の身分の高いものや見目の麗しい令息たちにも同様です。
いや、もう阿婆擦れじゃん!!
私達の目の前でまだトリシャさんとルーク様はイチャコラを続けておりますが。
・・・もう、飽きましたわ。だってつまんないし。
今カフェテラスのテーブルをご一緒しているエレノア様たちも死んだ魚のような目をされています。
時間を無駄にしてしまいました。
そうそう私達さっきまで今一番王都でホットな男性という議題で討論いたしておりました。
重要なことですよ。
婚約者がいなくなるのですからね。
議論を再開した私達に、婚約者たちが目を見開き凝視してきます。
こっち見ないで! 不潔がうつる!!
そういえば来週、王妃様主催のお茶会に婚約者と一緒に招待されていました。
あのきったない手でエスコートされるのかしら。
まだ初夏ですが、ドレスと合わせる手袋はながーくて分厚い物にしましょう。
まだ初夏ですけどね。
大事なことなので2回言っておきました。