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婚約破棄の現場に居合わせた令嬢、王太子を正論で殴る

「アグネス・フォン・アスカニア、お前との婚約を破棄する!」


 ブランデンブルク王国学園の卒業パーティーが行われる第一講堂。学園長の挨拶と来賓からの祝辞が終わり、この国の王太子ヨハン・フォン・ブランデンブルクが卒業生代表として挨拶を終えた後にパーティーが開始される段取りになっていたのだが──ヨハンは挨拶を終えるなり壇上から婚約者である公爵令嬢を名指しして婚約破棄を言い渡した。

 ヨハンとアグネスの仲が芳しくない事を知っている生徒達はざわめき──事情を把握していない来賓の殆どは皆「何事か?」と言わんばかりに顔を顰める状態だったが、ヨハンが婚約破棄を告げた直後に進み出てきた側近の侯爵令息が掲げ持つ書面を、ヨハンは読み上げ始めた。

 その内容は、ヨハンが学園内で懇意にしていた男爵令嬢シャルロッテ・ツー・ナウマンを、アグネスが嫉妬にかられて虐めたというもの。

 それを一方的に聞かされる羽目になった、卒業生の一人であるルイーゼには現代日本で生まれ育った日本人女性の記憶が朧げにあったせいか、前世で読んだweb小説の悪役令嬢ものの断罪シーンによく似た展開にデジャヴを感じ──軽く頭痛を覚えていた。


(こんな時に断罪おっぱじめるとは思わなかった……)


 ルイーゼは途中編入ではあったが魔法特科学部の留学生だったので、学部の違う王太子達との接点はあまり無かった。接点は無くても移動時などに、婚約者のいるヨハンに男爵令嬢がベタベタしているのを見た上位貴族の令嬢が眉を顰めながら窘めていたり、婚約者を蔑ろにしている王太子を見咎めた側近候補の貴族令息が苦言を呈している場面は度々目撃していた為、噂に詳しく無くとも王太子と男爵令嬢が親しくしている事は知っていた。

 ちなみに、男爵令嬢は注意されても己の立場を理解していないのか態度を一向に改めたりはしなかったし、王太子に至っては将来臣下になるであろう貴族令息たちからの進言や諫める言葉に耳を傾ける事もせず、王太子の為を思ってなされたそれを煙たがり彼らを遠ざけてしまっていた。

 結果、王太子は周囲から反対される事で男爵令嬢シャルロッテとの恋を燃え上がらせてしまい、皆の善意からの行動は逆効果になってしまった。

 しかしどういうわけか、王太子たちの中では皆の忠告が全て、二人の仲を嫉妬したアグネスによる指示だと曲解されているらしく──現在行われている断罪は、アグネスに対して理不尽な言いがかりをつけているような状況だった。


(別の世界線に生きているのかって思うレベルの温度差よねぇ……)


 王太子達を見る講堂内の生徒達はドン引きしていた。

 卒業生のパートナーとしてこの場に来ていた紳士淑女も、「王太子殿下、いきなり婚約破棄してるけど何で破棄してんの?」な状態だったので状況を掴めず戸惑っていたが、卒業生から耳打ちで情報提供されてようやく現状を把握したものの──、「王太子殿下、マジで何やってんの!?」と更に困惑していた。

 学外では一応、王太子としての体面もありアグネスとの不仲は上手く誤魔化されていたが、シャルロッテの社交の場での言動が「あれは無いわー」と思わず口にしてしまうほど残念だったせいで、王太子が本気でそんな相手と恋に落ちてしまうと思うわけもなく。

 そんな微妙な空気が漂う中、壇上でアグネスの断罪を続けている王太子一行は、皆との温度差に未だ気付いていない。


(婚約の経緯を考えると、この茶番を知ったらブランデンブルク王は激怒するでしょうから、アグネス嬢との婚約破棄を許可する以前の問題よね、これ)


 政略結婚のポイントは家同士が結婚の取り決めをする事である。ヨハンの場合、親である国王の意向が強い点があげられた。

 二人の婚約は、国王からアスカニア公爵家に強く要請されたものだとルイーゼは聞いていたので、王室の権威や体裁を考えても王室側からの婚約破棄は考えられない。

 情勢の変化などで婚約破棄せざるを得ない場合は別だが、この世界の君主の配偶者は最低でも侯爵の家の出でないと認められないので、ぽっと出の男爵令嬢が王太子の愛人として囲われる事はあっても、王太子の正妃として結婚するようなシンデレラストーリーは夢のまた夢、とも言えた。


(恋は盲目と言うけれども、これは無い……)


 ルイーゼの視線の先には、シンプルではあるものの極上だとわかる薄紫の品の良いドレスを纏う、アグネスの毅然とした後ろ姿があった。仲睦まじいとは言えない状態だったものの、婚約者であるヨハンに婚約破棄されただけでなく身に覚えのない断罪を一方的にされたせいか、心なしか震えているように見えた。


「相談さえして下されば私もそれなりの対応をしましたのに……」


 アグネスの呟きが聞こえて、ルイーゼは嘆息する。

 政略結婚だと心から割り切っていたからこそ、そのような言葉が出たのだろうとルイーゼは感じたし、アグネスの呟きの通り、王太子はこうして行動する前に彼女にシャルロッテとの仲や今後の事を話し合う機会を設けていれば、お互いが不幸になる事のない建設的な未来が選べたであろうことが目に浮かんだ。


(というか、アグネス嬢よりアレを選ぶ王太子のセンスが私には理解できないわ……)


 男爵令嬢シャルロッテが、いつの間にか王太子の傍で何かを堪えるような表情をして静かに佇んでいた。舞台の袖で待機していたのだろう。

 シャルロッテはストロベリーブロンドにエメラルドの瞳の可愛らしい雰囲気の少女で、王太子から贈られたらしい豪奢なドレスを纏っていたが所作が洗練されていないせいでドレスに着られている感があり、どこか野暮ったい。

 一方、アグネスはプラチナブロンドの髪に紫の瞳の、美貌の令嬢だ。性格はおおらかで人望も厚く、未来の王太子妃としても優秀だった事から、王太子の婚約者として決まった時は満場一致で皆から祝福されたと聞いている。


(食べ慣れた美味しいものに飽きて、斬新な味の料理にハマって虜になった、というところかしら)


 例えは酷いが、ヨハンの行動はSSRのレアで高性能な武器のアグネスを蹴って、量産品だがクセのある武器のシャルロッテを選んでいるようなものだった。

 人の好みなのでそれがいいと言うのならば否定はしないものの、その選択は王太子として正しいものではない。

 百戦錬磨の剣聖であれば、培った戦闘センスで量産品の武器しかなくとも何とか戦えるだろうが、熟練の剣士でさえもないひよっこが、量産品の武器で海千山千のいる世界で渡り合えるかどうか現実的に考えれば、そんな装備で大丈夫か? と、思わず心配になってしまうほど危うい。

 将来の国母である王太子妃なのだ。王室に対して邪な思いや翻意を抱かない限りは、身分が確かで皆の手本になりうる優秀な人物を戴きたいと誰でも思うだろう。

 それなのに王太子は、誰もが認める公爵令嬢から男爵令嬢へ、熟考する事なく鞍替えしようとしているのだから──男爵令嬢と婚約するというワードはまだ出ていないものの、あの雰囲気だといずれ言い出すのは目に見えていた──今回のことがきっかけで彼は次期国王としての資質を疑われ、王室から離反する貴族が出る可能性も高かった。

 貴賤結婚というのは、そういった問題も孕んでいるのである。


(この茶番劇を知ったら、アグネス嬢を獲得する為に動き出すところもあるでしょうね……)


 それほど、アグネスの評判はいいのだ。

 アグネスに濡れ衣を着せて貶めてまで男爵令嬢を選んでしまうヨハンの身勝手と浅はかさに、ルイーゼは貴族の端くれとして怒りを覚えた。


「ルイーゼ様──」


 ルイーゼの感情の変化に気付かないはずの無い、側付きの騎士フリードリヒ・フォン・リヒトホーフェンの気遣う声がしたので、ルイーゼは彼に向けて「大丈夫よ」と微笑み、手にしていた象牙の透彫りの扇をサッと広げて口元を隠した。


「でも、頭が痛くなる状況ではあるわね。生憎今夜から明日にかけてヴィースヴァーデン大公国の国葬があるから、彼の国と親交の深い国王と王妃は不在。その二人がいないから王太子はあれを決行した、とも取れるけれど」

「政略とはいえ婚約者がいる身でありながら己を律する事なく別の令嬢にうつつを抜かし、自分の不義を棚上げにして全て相手の所為にする方が卑怯では?」


 ストレート過ぎるフリードリヒの物言いに苦笑しながら、ルイーゼは同意する。


「そうね。棚上げはダメよね。何もしていない人に濡れ衣を着せるのはもっと駄目。──学園長や教師陣はこの茶番を止めたくても相手が相手だから強く出られないのでしょうし……」

「それ以前に、あの王太子はルイーゼ様が出席する晴れやかな場を茶番で台無しにしています。何と愚かな……!」


 静かに憤慨するフリードリヒ。憤慨するポイントはそこなの? とルイーゼは突っ込みたくなったが、彼が憤る理由は理解していたのであえて触れないでいると、フリードリヒは何かを思い出したような顔をして口を開いた。


「ヴィースヴァーデンといえば、カールとアデリナが移動の準備は完璧ですと先程申しておりました」

「そう、相変わらず仕事が早いわね」


 従者と侍女の名前を耳にし、ルイーゼは感嘆する。

 当初の予定では卒業パーティーの翌日に母国へ帰ることになっていたが、ヴィースヴァーデン大公国の大公崩御に伴う国葬に急遽出席する事になったので、パーティーには顔出し程度の参加をして来賓等へ挨拶した後に退出するつもりでいた。国葬は夜から開始されるので急ぐ必要はなかったものの、そんな時に限ってヨハンの茶番が始まってしまったのだ。


(しかし、無駄に長い……)


 シャルロッテがアグネスから受けたとされる虐めの内容をルイーゼは聞き流していたが、()()()()()()()()()()()()がシャルロッテを取り囲んでいびった事と、それに関わったとされる令嬢の名前を挙げてきたので──それを耳にした瞬間、ルイーゼはマズイと感じた。

 視界の端で、学園長を始めとしたお歴々が顔を青くしていくのが見えたので、ルイーゼと同じ懸念を抱いたのだろう。


「本当に、愚かね……」


 ルイーゼが思わず呟いた時──タイミングが悪かったのか、思いの外その声が大きく響いてしまった。


「そこの令嬢、何か言いたそうだな」


 結果的に断罪を中断させられた王太子は不機嫌な顔でこちらを見、そう問うてくる。ルイーゼがアグネスの少し後方にいたので、王太子の目を引いてしまったようだ。


「…………」


 水を向けられたルイーゼは、面倒な事になったと思いながらも、皆の注目を浴びてしまった為に自分を守ろうと前に出ようとしているフリードリヒを扇を持つ手で制し、広げていたそれを片手で閉じる。ルイーゼの意図を悟ったらしいフリードリヒが背後で「お預かりします」と小声で言うのが聞こえたので、扇から手を離した。

 ノールックではあったものの、掌から離れた扇をフリードリヒがキャッチして一歩下がった気配を感じたルイーゼは一歩前へ進み出る。

 その時、目の前のアグネスがこちらを振り返り──彼女の紫の瞳と目が合った。瞬間、彼女(アグネス)は悲鳴をあげる寸前のような顔をして両手で口元を覆う。

 いつになく取り乱したアグネスの様子から彼女の心情がまざまざと出ていたので、ついルイーゼは「落ち着いて」と声に出さずに語りかける。すると、アグネスは我に返って落ち着いたようだが、ハラハラした様子で壇上の王太子とルイーゼを交互に見たので、気が気でないのだろう。


(いつもはされる側だけど、今は『帝国の侯爵令嬢』という設定だからしょうがない……)


 壇上からこちらを睥睨する王太子へ向けてルイーゼは隙のないカーテシーをする。直後、背後のフリードリヒが王太子へ向けて威嚇するような殺気を放ったのを感じてヒヤヒヤしつつ、「ルイーゼ・フォン・カッセルですわ」と名乗る。

 名乗った瞬間、一部のお歴々がルイーゼの正体に気付き、青くしていた顔を白くさせるのが見えた。


「王太子殿下。単刀直入ですが、今されている茶番はブランデンブルク王のお許しを得た上でのパフォーマンスなのでしょうか」


 卒業パーティーとはいえ、公の場でこのような事を決行するのは自分から醜聞を流すようなものなので、まともな王なら許すわけがない。

 なので、ルイーゼはあえて確認を取った。

 茶番と言われたヨハンは怒りで顔を歪めたが、国王の許しを得た上での行動では無いらしく、「そっ、それは……」と口籠った。

 根回しなど全く行っていない独断の行動だと確認ができたせいか、ルイーゼは残念なものを見る目でヨハンを見据えた。


「このような事は通常、内々に片付けるものではありませんか? 処理した後に婚約解消と新たな婚約を公表するなら兎も角──」


 センシティブな案件を公の場でぶっちゃけるなんてあり得ないと、ルイーゼは言外に告げる。


「折角の卒業パーティーですのに、晴れやかな場をぶち壊してまで行う価値のある事でしょうか?」


「でもっ、アグネスさんが私にしてきた事は酷かったんですっ」


 ルイーゼがヨハンに問いかけると、今までヨハンに寄り添うように佇んでいたシャルロッテが目に涙を溜めながら訴えてきた。


(場所柄を弁えろと言っているのに、空気が読めない子だったか……)


 悲劇のヒロインになっているシャルロッテの様子にルイーゼは呆れ返ったが、「男爵令嬢風情が……」という副音声付きで背後のフリードリヒの殺気が王太子からシャルロッテに移動したのを感じて内心苦笑する。


「あなた、(わたくし)の話を聞いていなかったのかしら。(わたくし)は先程、個人個人のお話は内々で片付けるべきだと王太子殿下に申し上げたのですよ?」


 バッサリとルイーゼが切り捨てても、シャルロッテは聞き分けの悪い子供のように「でもっ、アグネスさんが……!」とアグネスのせいにしてぐすぐす泣き始めてしまった。それを見かねた王太子がキッとルイーゼを睨み、シャルロッテを慰めるように抱き寄せた。


(駄目だこりゃ……)


 話が噛み合わないし、こちらが悪者にされたような扱いである。


「アグネス様がそちらの方を虐めたという事ですが、些か信じ難い話です。(わたくし)、アグネス様と同じ合同学科を選択しておりましたからアグネス様の為人は存じておりますし、先程アグネス様の取り巻きと称されたお二方は、共に近隣の国の由緒ある家の方。将来ブランデンブルクの王太子妃になる立場にあったアグネス様が、友好国の未来を担う方と友誼を結ぶのは必然の事」


 アグネスの援護を始めたルイーゼの話に、殆どの生徒達は同意するように頷いている。


「留学先の王太子と懇意にしているだけの男爵令嬢に、他国の人間が何の利害もないのにわざわざちょっかいをかけるとお思いでしょうか」


 先程、名前を挙げられた令嬢はルイーゼと同じ留学生だったが、本国ではそれなりの地位もある。遊学先で他国の男爵令嬢をターゲットにした虐めをわざわざやるだろうか。

 答えは否である。


「留学先の卒業パーティーで、全く面識のない男爵令嬢を虐めたなどと難癖をつけられるとは思いませんでした」


 残念だと言わんばかりに声を上げたのは、ルイーゼと同時期にこの学園に編入していたアンドレア・ドゥ・バルトフェルトだった。

 アンドレアはダルムシュタット王国の王太子の婚約者で、何事もなければ次世代の王妃になる令嬢だ。半年先に予定されているロイヤルウエディングの準備でこれから忙しくなるという惚気を、ルイーゼは講堂で顔を合わせた時に聞いたばかりだったし、国と国との将来を見越してアグネスと交流していてもおかしくは無い。

 ちなみにアンドレアの伴侶になる王太子は、婚約者が遊学するのを嫌がったそうだが、ルイーゼが編入する話を聞いて渋々ながら了承したらしい。


(わたくし)もアグネス様とは親しくさせていただいておりましたが、アグネス様と一緒にあの方を取り囲んだりなど致しておりませんわ。何故そのような話になったのか、とても不思議ですわね」


 続けて声を上げたのはロームルス王国の第二王女カレン・エミリア・ディオス・コルネリウス。

 カレンは第二王女だったが、継承権第一位の第一王女が病弱な為、将来ロームルス王国の女王になるのではないかと囁かれている。

 ルイーゼに擁護され、アンドレアとカレンからも援護射撃をされたアグネスは、ルイーゼに申し訳なさそうな表情で頭を下げた後、アンドレアとカレンにも感謝の意を伝えるように頭を下げた。

 この流れで茶番をうまく収束出来るかと思った矢先──。


「でもっ、アグネスさん達が私を虐めたのは事実ですっ」


(こういうのは引き際が肝心なのに……)


 シャルロッテが頑是ない子供のように声を上げたので、ルイーゼはお手上げ状態だったが──シャルロッテのそれは講堂内の誰かの逆鱗に触れてしまった。


「我がダルムシュタット王国の未来の王妃殿下を侮辱されるおつもりか!」


 激昂したのは、アンドレアの側に仕えていた美貌の女騎士だ。シャルロッテはその剣幕にビクリとする。

 女騎士はアンドレアの名前が出た時点で激怒していたようだが、アンドレアに宥められて怒りを抑えていたものの、シャルロッテが引かなかったので堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。将来の国母となる令嬢を公の場で侮辱されれば女騎士が激怒するのは当然だった。


「アンドレア様に濡れ衣を着せた上に侮辱した事、許すまじ! 後日、この件でダルムシュタットからブランデンブルク王室へ正式に抗議させてもらう!! ──アンドレア様行きましょう!」


 怒り心頭の女騎士はアンドレアの手を取って会場を後にしようとしたが、アンドレアはそれをやんわりと止めると、ルイーゼに向けて深くカーテシーをした。女騎士もハッとしたようにアンドレアに倣い、カーテシーする。


「ルイーゼ様、お先に失礼する無礼をご容赦願います。ご機嫌よう」


 アンドレアの挨拶にルイーゼが「ご機嫌よう」と返すと、アンドレアは女騎士に目線で行きましょうと示し、女騎士はルイーゼに黙礼してからアンドレアをエスコートして講堂を後にする。


「姫様、私達もお暇しましょう」


 壮年のダンディな側付きの騎士に促されたカレンは「そうね」と答え、手にしていた羽扇を後ろに控えていた侍女に渡すと心底残念そうな顔をする。茶番のせいでパーティーが台無しになったからだろう。


「折角の卒業パーティーだったのに、こんな事になるなんて。──残念だわ」


 そう呟くとカレンは壮年の騎士にスッと差し出された手を取り、エスコートされてルイーゼの前へ移動すると、アンドレアと同様に深く優雅にカーテシーをする。騎士はその横で深く紳士の礼をした。


「ルイーゼ様、お先に失礼致します。──また後ほど。ご機嫌よう」

「また後ほど。ご機嫌よう」


 ルイーゼが礼を返すと、カレンはこちらに黙礼する騎士にエスコートされて講堂を後にした。


(本当に、残念)


 ルイーゼもやれやれと思いながら講堂から辞する意思表示をするように、両手でスカートの裾をつまんで軽くスカートを持ち上げ──、講堂内の皆に向けて礼をしてから「皆様お先に失礼致します。ご機嫌よう」と挨拶をしてアグネスの前へ進んだ。


「行きましょう」


 ルイーゼはアグネスに微笑みかけ、彼女の手を取った。アグネスの白魚の手は緊張し通しで冷たくなっていたが、不思議そうな顔でこちらを見てくる。ルイーゼが自分の手を取っている状況が理解できないらしい。


「?」

「大丈夫だから、いらっしゃい」


 ルイーゼはアグネスの紫の瞳をまっすぐ見、声をかけるとその手を引いた。アグネスは母親に手を引かれる幼い子供のように、なすがままについて来た。

 それを微笑ましそうに見守っていたフリードリヒは、壇上でポカンとルイーゼとアグネスの後ろ姿を見ている王太子と男爵令嬢を殺気を込めて強く睨んだ後、講堂にいるパーティーの参加者に向けて軽く微笑すると、左手を胸に右手は後ろに回す紳士の礼を優雅に決めて回れ右をし、静かに二人の後を追った。

 美形の微笑に見惚れた紳士淑女は多数いたが、それをきっかけに、ルイーゼたちの後を追うように来賓や卒業生が続々と講堂から出ていく。最後に残ったのは、王太子とその側近と男爵令嬢の三人のみ。

 婚約破棄の茶番劇は中途半端に幕を下ろした。

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