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白き女神×黒き獣① 〜邂逅〜

その空間は、奇妙奇天烈な雰囲気に満たされつつあった。ヒトカゲ……人の身に似た存在が三つ。互いが互いを見遣り、それぞれに困惑の色を浮かべている。


一人は跪き、額を両手で抑えながら、残る二人を見上げていた。今にも消え去りそうなほど儚げに透き通る(物理)身体には、似ても似つかぬほどの苛烈な熱の力強さを宿した蒼きその瞳で。


『……往年のド○フのコントですか……ナイワ〜ガチデヒクワ〜』


褐色の肌に銀色の髪。よく目立つ長い耳。下衆な男の視線を容易く誘導してしまうであろう、そのふくよかな胸元。見るものが見れば気がつくであろう、流麗なる全身を綴る薄紫の神気。それらの特徴から彼女が妖精族の中にあってその最上、古の種族出身の、位階高き上級伸の1人であると理解する。


その彼女がある意味、現状にもっと困惑を示していた。薄紅の唇は半開き、消え去りそうなほどか細い声でぶつぶつと、コレガケサノウラナイカ……ノロイノマチガ……と、かろうじて隣の男には聞き取れたかどうか。


『しまった、ドリ○!その手があったか!タライ、金ダライ用意して。取り敢えず市販のでいいから、1番でっかいやつ』


男の目の前。粗末な木の箱にしか見えない、大きさだけは十分過ぎる事務机に、黒々とした存在感を放つ、見るものによっては懐かしさを覚えざるを得ない情報伝達端末の送信機を掴み上げ、何やら話しかけていた。


……うずくまり、ヒトの形をかろうじて保っているだけに見える【ゴースト】には、机の前面に何故か、【有機みかん】と一言、デカデカ書かれていることに気がつくだろう。


髪は癖のある黒髪、端正な顔立ちは不可と断ずる要素を見出すのは難しく、それが返って見るものに美男子と言い切らせるには平凡、平均的な印象を与えてしまうかもしれない。が、それを覆すに余りあるほどに強く、キラキラ輝く純真無垢な子供のように明るい瞳が、この男に対する評価を二分する要因になっていると知っているのは、隣の褐色の女神他、手の指の数ほどに満たない。


いわゆる、【黙っていれば神界一のモテ男・口を開けば三千世界の一級ゲス野郎】と、心ある者は呟き、彼に近づくことを極力避ける。


ただでさえ、彼は全界の主柱、世界樹の護り人にして全ての創造を司る神、その権能を神ならざるヒトの身で『代行する』現状、『最高存在』な荒人神である。元々好んで彼に近づくものなどは、皆無である。


「……っ!ここで働かせてくださいっ!」


木の机が乾いた音を立てて軋む。ゴーストがすっくと立ち上がり、その勢いを抑えるように力強く両手をついたからだ。


再び、部屋の中が凍りついたような沈黙。


『……ここでこの机が割れるか、天板が跳ね上がったらもう一回、爆笑狙えたかな……○リフ的に』


【代行】はそう言いながら、手に持つ送信機をゆっくり元の位置に戻した。


『もうそれはいいですから、伏字の意味なくなりましたし』


『メタ発言、乙。ポーカーフェイス決めてても内心、爆笑してるんでしょ?』


『……………』


……自分の存在をまるで意に介してないような二人の態度に、ゴーストの眼が再び力強さを増した。


「私は、ここで!働きたいんで、すっ!働かせて、ください!」


それはゴーストにとっては全存在をかけた、入室時に発した言葉より大きな怒号であった。が、それを投げかけられている【代行】には、普通の音量として届いていた。明らかに、目前のゴーストは切羽詰まった段階に至っている。消滅しかかっているのだ。


『……う、うん。それは理解してる。話せばわかるから、まずは落ち着こ?ゆっくり深呼吸して?』


万物の最高存在であるはずの彼が、明らかに狼狽している。それを隣に立ち、眺めている女神は内心、『ざまぁ』と呟いていたが、それを表情で悟らせるほどの正直さは、持ち合わせていなかった。


……働か……セテクダサイ!……


明らかに語彙力低下が著しい。そしてさらに声はか細く、ついにはぱくぱくと餌を欲しがる鯉の口のように、如何なる音も発せなくなった。その顔には必死の力強さから、明らかに消耗し焦燥の色が支配域を増やしていた。


『もう、いいから。ちゃんと働いてもらう、大丈夫』


釣られて語彙力を無くした男は隣に目配せした。彼女は無言でうなづき、一歩二歩とゴーストの前に進み出し、すうっと右手を差し出した。


握手を求められただろうか、そう理解したゴーストはもう既に黒いモヤのようになってしまった自身の右手を伸ばして、縋り付くように女神の手を取った。


その接点から、淡い薄紅色の光が放たれる。ゴーストは握る手から仄かな暖かさとともに、消えかけた身体に命の胎動、その熱が増していくのを感じていた。


数分か、或いは数秒か。ゴーストはその本来の姿を取り戻す。金髪碧眼、文字通り透き通る、それでいて確かな命を感じる朱色の宿った白き肌。『神』となって間もないことを示す乳白色の薄衣を纏う女神。


長ずれば美を司る神々、その権能の頂点にも至るだろうと感じさせる美神が、此処に顕現した。


『……落ち着きましたか?若き女神』


『は……い。ありがとう、ございます、ええっと……』


『私はアストライア。三千世界の正義と秩序、契約と神罰を司る天秤の女神。今日、貴女の面接をつとめる、はずだった監督官の一人ですよ……』


よろしく、と優しい言葉と【代行】には決して見せることはない微笑に元ゴースト、新人女神はすっかり魅了されてしまっていた。


『はい、よろしくお願い、します。……あ、でも監督官、だったって言うのは……』


『隣の馬k……マスターから言質を取ってしまいましたからね。ちゃんと働いてもらう、と。採用担当がそう口にした以上、契約は結ばれました。もう面接は不要です。よろしいですね、マスター?』


『……勿論、君の眼鏡と天秤がそう示すと言うなら、僕には異論はないよ。ようこそ、我が最果てのオフィスへ。新たなる創造神……ちゃん?』


『あっ、え。ありがとうございます!担当者さん!私、頑張ります!』


彼女に向かって差し出されていた手を両手で握り、深々と頭を垂れた。


『それはそうと貴女、何故消滅しかけの浮遊霊状態で此処に来たのですか? 事前にいろいろ情報はいただいていたのですが、地上世界から帰還した神は、先ず最初に自身の魂魄凍結処理を行い、神界に順応する手順を踏む。そう義務付けられているはずです』


頭上から酷く事務的な言葉が降りてきた。


『……凍結、出来なかったんです。神力を消耗しすぎていて凍結処理に魂魄が耐えられないと……』


力ない声で女神は事情説明し始めた。それはデビューしたての新人女神には過酷過ぎる、聞くも涙・語るも涙な悲運譚だった。


『ああ、なるほど。それでは確かに耐えられませんね。しかし、地上時間において着任半年未満の【緊急事態によるやむを得ない神界への帰還】には、無条件かつ迅速に神力の補填と定着、及び最優先の神職着任の手続きが為されるはずですが……』


アストライアが首を傾げながら、二人の顔を見るとそれぞれ、


にっこり冷や汗をかきながら(うっかりてへぺろ☆やっちゃった〜)&


〜〜♪(僕は知りませんし?受付の話しを最後まで聞かず、目の前に用意してた求【神】広告に飛びついたのは彼女ですしおすし?)


と、表情と態度で語っているのを女神アストライアは即、理解した。


『……貴女は即刻、神霊庁にいって私が譲渡した神力の定着と安定化措置を行うこと。女神アストライアの名において発する、第一級・即時執行命令です!疾くっ走れっ!』


『……っ!ハイっ!』


突然の怒気の発露に強張った顔を見せ、敬礼もそこそこに次代なる最高神は、光陰の矢の如く部屋を飛び出していった。


『……あの調子じゃ、受付に着く前に消えちゃうんじゃね?。僕、心配だから様子見に行っちゃおうかな……』


『まちなさい、マスター。貴方は私の【総務部式】絶対に眠ってはいけないお説教部屋24時、フルコースの刑に処します。その後は強制労働、【本社周辺の芝刈り(全面)】を行い、我らの新たなる創造の女神様を迎えるに相応しい、最高の環境を整えていただきます、よろしいですね?マスター』


逃げようとした【代行】の首根っこを掴み取り、顔を机に軽く押し付けながら宣言する彼女の言葉に、


『……はい』


と、発する以外の選択肢を彼【最果ての魔術師・マーリン】は持ち得なかった……。




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