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8.初恋だから

 悶々とした気持ちが拭いきれないままサンファの制服を身に纏う。


 朝はあんなに幸せだったのに……

 もうちょっとくらい夢を見させてくれてもいいじゃない!

 神様の意地悪……


 それでも……

 何があっても、今日は頑張るって決めたんだから。

 今日一日の出来事、全部忘れて集中しなきゃ!


 いつものように頬を叩いて深呼吸する。


(そう言えば、まだ柄谷さん来てないなぁ。いつも出勤30分前位には休憩室に居てコーヒー飲んだりしてるのに)


 今日ひとり立ちなのに柄谷さんが居なかったらどうしよう……

 急に心細くなってきた。

 別の人がちゃんとフォローはしてくれるんだろうけど、柄谷さんからなら気軽に聞けることも、やっぱりみんな自分の仕事で忙しいのに、その手を止めて聞くとなるとどうしても遠慮しちゃうかな……


「どうしたんだろうな? 柄谷さんが遅刻なんて珍しい」

 北原先輩が時計を見ながら心配している。


「私大丈夫かな……」

 つい心の声が出てしまった。


「ま、今まで頑張ってきたのみんな見てるから自信持てよ! 今日はそんなに混まない日だしゆったりと構えてな」

 口は悪いけど本当は優しいんだ。

 意外な北原先輩の一面を見てほんの少し気持ちが和らいだ。


「はい」

 そう頷くと下の方からダンダンと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。

 あっと今にすぐ側まで足音は近づいて扉がガチャッと勢いよく開いた。


「ゴメン!! 遅くなった」

 柄谷さんが息を切らしてすぐにシャツのボタンに手をかける。

 上がった息が治らないまま、ガバッと着ていた上着を脱ぐ。


「ひゃっ!!」

 私は目のやり場に困って顔を手で覆う。

 キラリと光る柄谷さんの締まった上半身に危なく目を奪われるところだった。


「ごめんな〜、今日Tシャツ下に着てこなかったから……」

「柄谷さん、いい身体してますね〜! 羨ましいっス!」

 北原先輩の言葉を聞いてまた一人顔が真っ赤になっている私。


「圭に時間の事煩く言っといて自分がこれじゃ示しつかないよなぁ。ホントすまん」

「全くですよ! 彼女とデートでもしてたんですかー?」

 そんな会話に私は必死になって耳だけ食らいつく。


「まぁ……色々あってな」

 否定しない……

 やっぱり、彼女がいるのホントだったんだ。

 もう! 忘れようと気持ちリセットしてたのにっ!


「モテる男は辛いっすねぇ! 俺も気をつけます。ファンがいっぱいいるんで」

「えっ?」

 思わず反応してしまった。

 北原先輩の周辺にはどっちかっていうと男子ばっかりだった気が……


「おい、杉田さんの反応……」

 プククと笑う柄谷さんに北原先輩が急に慌てた顔をする。


「コラ! 杉田!! 今日ひとり立ちなんだろ? 早く下に降りなさい!!」

 急に先輩らしい口ぶりで私をドアの外に追いやろうとする。


「圭もだぞ! 俺もすぐに行くから。杉田さんタイムカードだけ切って少し待っててな」

 柄谷さんのその言葉に私たちは急ぎ足で相変わらず暗くて細い階段を駆け下りていく。


 とりあえず柄谷さん、来てくれてよかった……

 彼女がいたって、仕事とは関係無いんだから!


 少しでも柄谷さんに私の良いところ見て欲しい。

 彼女がいても、好きでいるだけならいいですよね……?

 初めての恋、もう少しだけ噛みしめていたいんです……!

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