6.思わせぶりな柄谷さん
「朝から元気がいいね、杉田さん!」
クククと笑いを堪えてピョコリと顔を出したのは絶望的にも柄谷さんだった。
「やだっ!! いつからいたんですか?! 黙ってるなんて趣味悪いですっ!」
必死になっている私の隣にスッと立ち、相変わらずの優しい笑顔を見せてくれる。
「なぁ、せっかくだから一緒に学校行こうか」
ふふふとまだ笑いを堪えている柄谷さんの蕩けそうな微笑みが、無抵抗な私を完全に骨抜きにしていくのだ。
「えっ? ……ハイッ!!」
あぁ、夢みたい。
憧れの柄谷さんの横を歩きながら一緒に登校出来るなんて!!
「昨日お店に忘れ物しちゃってさ。鍵預かってたから朝取りに行こうと思って店寄ったら……いいもの見れちゃったよ。ホントいつも一生懸命だよな。杉田さん」
水面に反射した朝日がキラキラと柄谷さんを照らしている。
私はそんな芸術を見ているような美しく贅沢な光景をありがたく噛みしめながら、一歩一歩前に進む。
「私、なんの取り柄もないから……、せめて教えてくれた柄谷さんに恥をかかせるような事がないように一所懸命仕事覚えるくらいしか出来なくて。まだまだ役立たずですけど、これからもよろしくお願いします」
その言葉を聞いたからかピタリと柄谷さんが足を止めた。
「どうしてそんなに自分を過小評価するの? 俺は仕事以外でも十分杉田さんの事評価してるけど?」
柄谷さんの言っている言葉の意味が分からなくて……
「あの、それって例えば……?」
つい聞いてしまった。
「じゃ、そのメガネ外してみて?」
柄谷さんを見上げた時、大きな手がメガネのフレームにかかったのが分かった。
スッと耳から外されたメガネは今柄谷さんの手の中に小さく収まっている。
「こっち見て」
恐る恐る顔を上げた。
「うん、やっぱ可愛い。間違いなかった」
そう言って、また元の私の耳にメガネを戻す。
その時ほんの少し頬に触れた温もりが、じんじんと痺れるようにいつまでも残っていて……
そう、あの夢の中で頬を伝った彼の唇の跡のように……
今朝見た夢の男の子はどこか遠くへ行ってしまいそうだったのに、目の前にいるそっくりな貴方は、今私の目の前に居てくれる。
「柄谷さん……?」
どうして……?
どうしてそんな風に私を見てくれるの?
ドキドキが止まらない。
苦しいよ……
そんな嬉しいこと言われたら……
一瞬でも勘違いしちゃうじゃない、私が貴方に好きでいてもらえているんじゃないかって……
「今日、頑張ろうな」
そう言って私の一歩前を長い足で歩き出す。
「……は、ハイ!!」
私は彼に遅れを取らないように……必死で背中を追いかけた。