2.ドキドキの初出勤!!
「あははっ!! もう笑わせないでよ〜。欲求不満もここまで来ると病気だよ??」
そう言って私に向かって指を指しながら笑い転げているのは、ショートヘアがどハマりの松坂結衣ちゃん。幼稚園からの悪友……元い、何かと頼れる姉御肌の大親友とでも言っとくか。
「でもさ……、夢にこんなに何度もおんなじ人が登場する事ってある??」
そして、高1にしてリアルの初恋もまだの私、杉田悠里は海が綺麗な田舎町、朝日町に住んでいる。
「まあさ、悠里はほら、中1の時事故って一回三途の川渡りかけたじゃん? 真面目な話、やっぱその夢って、その時の後遺症なんじゃない?」
冗談めかしに話しながらも瞳に心配の色を浮かべた結衣ちゃんの言う通り、私は中1の夏休みに車と接触し、頭を強く打って生死を彷徨った。
奇跡的に他に大きな外傷はなく、なんとか復活を遂げたものの、後遺症で中学校に入学してから事故に遭うまでの夏休みの記憶が綺麗さっぱり飛んでしまっている。
そして……その事故の直後から、ちょくちょく男の子が夢に登場するようになったのは、紛れも無い事実なのだ。
「あ、そうだ! 悠里今日からバイト始まるんでしょ?? 海沿いのサン・ファーストだっけ?」
そう、入学式から早二週間。そろそろ学校にも慣れてきたし、ずっと気になっていた海沿いのハンバーガー屋さんがちょうどアルバイトの募集をかけていて、私は広告を見たのと同時に即刻応募した。
お店から家も学校も近いし、すぐに明日から来て欲しいって店長さんに言われて、トントンと運んで行った採用話にまだ心の準備もままならないまま、出勤初日である今日を迎えている。
「うん。勢いで応募したけど、いざ働くってなったら急に不安になって来ちゃってさ……」
そう言いながらも、お店の二階からは大好きな海が一望できて、働くには最高に幸せな環境だ。
初めてサン・ファーストに食べに行った時、不思議と前に何度かこのお店に来ているような気がして……
『私、ココで働くかも』
何かに導かれるように漠然とした確信が私の中に生まれて、いつの間にやらお店に来る度にここでで働いている自分を想像しては、早く高校生になってバイトできる日を待ち望むようになっていた。
「ま、頑張んなよ。ずっとサンファで働きたいって言ってたもんね。私には何処にでもあるただのファーストフードのお店にしか見えないけど」
サンファっていうのはサン・ファーストの愛称。
この辺の地域のだいたいの人は、あのお店をそう呼んでいる。
結衣が私の背中をポンと叩いたと同時にチャイムが鳴った。
「じゃ、また後でゆっくり話聞かせて!」
そう言って彼女は立ち上がり自分の席へと帰って行く。
そこからはもうバイト初出勤の事で頭がいっぱいだった。
授業なんかとても身に入らない。
働いている自分の姿を想像してにやけたり、馴染めなかったりしたらどうしようとか急に心配になったり。
忙しなく動き回る感情に振り回されながらようやく今、お店の前に立っている。
自動ドアを潜ると『いらっしゃいませ!』と活気のある挨拶が飛んできた。
私はその空気に呑まれまいと恐る恐るカウンターに歩み寄って大きく息を吸う。
「今日からお世話になる杉田悠里です! よろしくお願います!!」
ギュッと目を瞑り頭を深々と下げた。
「あぁ、新人さんね。聞いてるわ! ちょっと待っててね」
そう言って奥に入って行った長いサラサラの黒髪を一つに纏めた綺麗な女性は他のアルバイトの人達とは違う白いシャツに赤いネクタイをしていた。
(社員の人かな……)
ドキドキしながら彼女の帰りを待つ私。
そこに大きな影が俯く私を包み込んだ。
「杉田さんですよね? 今日から君のトレーナーを務める柄谷海です。困ったことがあればなんでも言ってくれて構わないから」
その穏やかな声を辿りゆっくりと顔を上げた視線の先の人物に、私は一瞬、世界中の時が止まったような錯覚に陥った。
だって……
だってそこには、逢いたくて逢いたくてたまらなかった、あの夢の中の彼にそっくりな男性が目の前に立ってたんだから……