最悪なBAD
踏み荒らされた地面。
それを囲うように建てられた壁の上には観客とカメラ。
高い天井にはキラキラと照明が俺達を明るく照らす。
クランバトル。
五人で戦うファンタジーアクションは、ReLIFEの醍醐味だ。
理由は楽しいとかじゃない。
お金になるからだ。
さっきの観客が投げた魔法アイテム、マジックホール。
買う時は現金三十万円もする。
売る時は半値の十五万ヘル。
1ヘル1円に換金ができるこのゲームならどうか?
このアイテムを貰うだけで、人間一人が1ヵ月暮らせる。
「リュウキ、今日はマジで大切な昇格戦だ」
「ヘマ、すんなよ」
リュウキ。呼ばれた俺は振り返りながら頷く。
『ちゃんと言われた通りにするのだ』
俺の背後に立つクランマスターの『x卍カゲ卍x』さん。
ボッチで、何も分からなかった俺を引き入れてくれた神様。
クランバトルは五人で戦う連携戦。
あと一人は紅一点のルナさん。
「頑張ってね?」
「はい!」
かわいいキャラなので指揮は上がる!
中身男だろうけどな!
『クランバトル開始。殺し合うがいい……劣等生命共よ』
ランダムなNPCのゲームボイス。
『ソードダッシュ』
『ソードダッシュ』
それと同時に俺達は走り出した。
フィールドの中心を取って好きな陣形で待ち構える為だ。
それは相手も同じなようで、もみくちゃの戦いに発展する。
『カリンガ』
俺はカリンガスキルのモーションでバックステップを踏む。
当たり判定がスキル中だけ体から剣に移る。
相手の剣が俺の体を斬った。
無視してそのまま近づくモーションに派生する。
飛ぶように斬り上げながら空中に身を投げた。
俺の攻撃がヒットして血が飛ぶ。
空中でカリンガをキャンセルしてゴフッ!
横から攻撃を貰った俺は吹き飛んでしまった。
「何やってんだァ!」
クランリーダーが俺に気づいて大声を上げる。
いつもこうだ、俺は横から攻撃を食らっちまって。
劣勢にさせてしまう。
気をつけてるのに最近は多い。
4対5になった瞬間はかなりキツい。
急いで戦線に立ちたいが、デバフスキルの麻痺が発動する。
また麻痺? 前回も横から殴られて麻痺ったのに。
でも、今回の相手にハンマー持ちは居ない。
ハンマーは混乱とかデバフが色々できるから、普通は一人居るんだけどな。
仲間にならハンマー持ちが居る、ルナさんだ。
偶然のミスかな、麻痺確定ハンマーってレアだし。
麻痺から立ち直った俺は戦線に復帰する為に、剣先を進みたい方向と逆に向ける。
『ソードダッシュ』
魔力を剣先から噴射して反動で前に加速する。
『フォーゼ』
そのままバフスキルを身に付ける。
今回は、獄炎の王者カイザーの加護を受ける。
カイザーの効果は炎の斬撃と身体補正。
現れた炎に飛び込み、燃え盛る鎧を纏う。
『ソードダンス』
剣に青いオーラを宿して空気抵抗を減らす効果。
攻撃回数が実質的に増えるバフ。
「俺が前に出る!」
「任せた!」
遅いナイトに代わって。
大剣アタッカーのカイルに代わって、最前線に立つ。
鎧の効果で物理攻撃を確率で弾きながら暴れ回る。
「早い……!」
『スラッシュ』
両手で剣を握り、一歩踏み込んで振り下ろす。
女剣士に攻撃が当たると肩から胸にダメージエファクト。
「さ、下がる!」
大ダメージを受けて下がっていく女剣士。
引きの判断が速い奴はドン引きするほど強い。
無理をしても、ここで仕留めないといけない。
「させねえよ」
俺はそいつに背を向けて。
『アクアライズ!』
『マジックアロー!』
『カリンガ』
カリンガを0.5秒間だけ発動させる。
バックステップで魔法の弾幕を強引に突破。
更に女に近づく為に剣先を仲間に向ける。
ソードダッシュのリロード完了。
カリンガをキャンセルしてソードダッシュ。
敵陣に侵入した俺はヘイトを買いながら、クランマスターから貰ったアイテムを使う。
詠唱阻止ノイズ。
5秒間、魔法の詠唱を阻止する効果。
基本的に最強魔法の阻止にしか使われない。
十万円もするからな。
魔法使いが邪魔できない数秒。
加速した俺は女剣士とすれ違い、ソードダンスの加速斬撃を浴びせる。
「ぐ……!」
女剣士は膝をついて戦闘不能。
ソードダンスのエファクトが消える。
ノイズも消える。
『エクストラ……』
『誰かノイズを使ってくれ!』
まだソードダッシュが使えない俺は魔法の射程から離れる術がない!
詠唱阻止ノイズは一人一個というマイクランルール。
だから手持ちにもうない!
『デスオア……』
「使えよ! ノイズ!!」
血が出るような叫び。
ここで負けるくらいなら血なんて吐いてやる!
『デスゲート』
魔法は詠唱されてしまった。
漆黒の門が俺を飲み込んでいく演出を見た俺は。
膝をついて力尽きる。
デスゲートの効果は即死。
なんで詠唱阻止ノイズを使わなかったんだ?
全員一個持つって約束だっただろ!
『ブレスアップ』
「や、やばい!」
カイルが風の魔法を食らって空に投げ出される。
敵の戦士がソードダッシュで飛び上がる。
『無双連撃』
人智を超えた速度で叩き込まれる斬撃。
縦横無尽に駆け巡る剣がトドメにカイルを貫く。
剣が大爆発を巻き起こし、スキル使用者とカイルを吹き飛ばす。
最強の単体技を食らったカイルが頭から落ちていく。
安全な空に打ち上げた一人を無双連撃で潰すのは基本戦術。
無双連撃に派生するのは分かりきってた事だ。
それを阻止する為にアイテムがあるのに、誰も使わなかった。
「カイルー!」
それからも不利を覆せなくて。
LOSS。
そんな文字が目の前に広がった。
クランバトルが終わると戦う前の位置に戻され、投げ銭タイムが始まる。
我がクランの負けが決まってしまった。
勝利したクランが視聴数に応じた報酬としてゲーム内マネーを受け取れる。
投げられたアイテムも勝利したクランの総取り。
「また……負けたのか」
闘技場からアウトした俺達は、クランルームという小さなバーに集まった。
負け続けたクランはアイテム面で最終的に勝てなくなる。
だから。
『敗因には抜けてもらおうと思う』
そうなってしまう前に勝ちを掴み取るのがReLIFEの鉄則。
メンバーが頻繁に変わるクランも多い。
「いいですわよ」
『みんなが思う敗因を指で』
すっと手が伸びていく。俺はルナさんを指さした。
「……」
人差し指は全部、俺を見つめる。
「えっ? なんでだよ!」
「またヘマをやらかしたからだ」
ナイトのフロストがジョッキのビールを傾けて言う。
「俺は一人倒した! そもそも俺を麻痺させたのはルナさんだ!」
「前に出過ぎなんだよ」
「ナイト役のお前が出てないからだろ! それに女騎士は瀕死で」
「お前も死んだのがダメ」
「詠唱阻止ノイズを誰かが使ってたら死んでねえよ!」
俺は机を叩き、ルナが敗因の理由を述べる。
「それにルナは俺にハンマースキルを使った! 仲間を攻撃する奴の方が敗因だろうが」
「女の子がそんなことするわけない」
「ハンマーは敵含めてルナだけだ!」
「ルナ、したのか?」
フロストが見た時のルナは微笑み。
「してませんよ?」
俺を見た時のルナは酷く嘲笑していた。
はぁ? なんだその顔?
「そもそもカイルに引き寄せを使わなかったのはなんでだ?」
俺は更に机を叩く。
腹立ったから手刀で花瓶を粉砕してやった。
「無双連撃なんてブレスアップの時点で分かりきってただろ!」
引き寄せフック。対象を引っ掛けて引き寄せるアイテムで物理法則や魔法の影響を受けない。
三十万くらいするけど、無双連撃される前に使えば普通に助かる。
「違ってたらアイテムの無駄になるやん……」
「はっ? なんて言った?」
「三十万円を無駄にしたくない」
「勝たなきゃゼロだろうが!!」
ケチった理由で負けたのか。
詠唱阻止ノイズもそんな理由で?
ふさけるなよ!
イライラのあまり俺はカイルの胸元を掴んで睨む。
「落ち着け、リュウキ」
言われて手放す。
クソみたいな判断で仲間を見殺しにできる奴に。
敗因扱いされる? 心外でしかない。
「しかし、場の空気を乱すモノに容赦はできない」
クランマスターの言葉で空気が冷える。
それもそうだ。
このゲームにおいてクランマスターとは社長の地位にある。
『リュウキを、クランから追放する』
雰囲気でわかっていた、なんとなく。
でも、実際の言葉は重みがまるで違う。
のしかかった言葉は体を震わせる。
「……ルナは、フロストは、カイルは?」
「お前だけだ、ワガママな敗因は」
刺身のパセリを捨てるような感覚。
刺身はコイツらでパセリが俺。
「もう、来ないでくれ」
x卍カゲ卍xの言葉は絶対。
最初はめちゃくちゃ優しくて、色々教えてくれて。
前のメンバーから俺を守ってくれてたのに。
ルナが来てから何もかも変わってしまった気がした。
奥歯を噛み締めて、その場を。
……その場を、後にする。
クランルームを出てドアを閉じる。
『やっと無能が消えましたわね〜』
『次は目をつけてた奴を勧誘しましょう? 女でもいいかも!』
『ははっ!』
『落ち着け……』
昨日と同じ声が、酒のシュワシュワ音が。
やけに騒がしく聞こえた。