53話
今回の事件で不幸にも一名の冒険者が命を落としたので、完全勝利とは言いがたいが、しかし村人たちは自分たちが無事に村に居続けることができることに喜びあった。
そして、ノーライフキング討伐から三週間が過ぎた。
ゼニードが作った聖域は、その後効力を下げたものの、いまでも準聖域として亜聖域以上、聖域未満の形で町周辺に残っている。
村には多くの交易商人が訪れ、この村の特産品である「黄金ネギ」を買っていく。ゼニードの魔法により成長したこのネギは、半聖域となったこのモヴェラットでしか育てることができない、まさにこの村の特産品となっている。しかも、種を植えてから一週間で収穫でき、十日経てば花が咲き、二週間経てば種ができる。
しかも、黄金色の見た目だけでなく、味もよく栄養価も高い。生でも美味しくサラダにも使える。さらに体内の毒や呪いを浄化できるということで薬の素材にもなる。
このモヴェラットは、いまや芋の村ではなく、黄金ネギの村として急成長を遂げたのだ。
無論、税収もうなぎ登り。
このままでは去年の十倍の税金となるだろう。
「にしては、タイガよ。機嫌が悪いではないか」
税収の報告書を読む俺に、ゼニードが声をかけた。
「なんでかわからないか?」
「わからんな」
「原因はこれだよ」
俺は黄金ネギという名の商品を手に取って言った。
「ますますわからん。黄金ネギによる村おこし――まさにタイガの理想ではないか」
「黄金ネギが、本当にネギだったら……な」
俺はネギを見せて言った。
ネギを見慣れていない人間には、確かにこれがネギに見えるかもしれない。
しかし――
「これはニラだ」
そう、この村で黄金ネギの名前で販売されているのは、ネギではなく金色に輝くニラだった。
1グロスの杏子飴を買った罰として、成長途中のネギを畑に植えなおさせたことがあったが、ゼニードの奴、しっかりニラも植えなおしていやがった。
そして、聖域を発動させるとき、神具としてそのニラを使ったのだ。
結果、苗床から作付けできるまでに育ったネギは、植えなおされる土地もなくなってしまった。
この村は、奇跡のネギの村という名のもと、黄金ニラ――というか、もうこれ黄ニラだろ? 匂いが少なく甘みの強いところとか、まさに黄ニラだろ?――の名産地となった。
「俺の計画が――世界ネギ化計画が台無しだ」
「そんな計画があったのですか」
どこから話を聞いていたのか、執務室に入ってきたユマが呆れたように言った。
そして、彼女は俺に用件を告げる。
「タイガさん。アスカリーナ様が呼んでいますよ。王都から連絡が来たそうです」
「王都から連絡がっ!」
俺は部屋を出ようとしたが、その前にユマに尋ねた。
「そうだ、忙しくて忘れてたが、お前、ちゃんとリーナと話し合ったのか?」
「はい。ノーライフキングを倒したあと、ふたりきりで全部話しました。アスカリーナ様も驚いていましたが、理解してくださいました」
「詳しくは聞かないけど、そりゃよかった」
俺はそう言うと、早足で、リーナの部屋に向かった。
「タイガ様。国王陛下から手紙が届きました。再度、王都からの召喚状です。此度のタイガ様の功績を称え、タイガ様の昇叙がほぼ内定されているそうです。それに伴い、ヘノワール辺境伯の件も許可が出るはずです」
「そうか――ようやく許可が出る……か。長かったな」
この村に来て、ネギを育てるのにも失敗し、魔物にも襲われ、悪いことだらけだったが、それでも一生懸命頑張った甲斐があった。
「長かった……ですか。父上はタイガ様の実力は買っていたけれど、貴族たちを納得させられる成果をあげるまで少なくとも二年――いえ、二年間で上げた成果を基にさらに期間を一年延長させ、三年かけて男爵に昇叙させる予定だったのですが、まさかわずか一カ月で。この調子なら、本当にヘノワール辺境伯領を取り戻すこともできるかもしれないですね」
「できるかもしれないじゃない、できるんだよ」
「そうですか。なら、ヘノワール辺境伯領を取り戻したら、いよいよサクティス王国を取り戻し、レイク陛下の仇を取るのですね」
「当然だ。陛下陛下の仇は息子である俺がこの手で……いや、俺が息子なわけないだろ」
俺は脂汗を流して否定したが、手遅れだった。
鎌をかけられた。
昇叙の話を聞き、気が緩んだせいだ。もしかしたら、リーナの奴、ずっとこの時を狙っていやがったのか?
「タイガ様が冒険者ギルドに加入なさったのは五年前ですよね。それは成人の年齢ということで不思議ではないのですが、しかしサクティス王国が魔族に攻め込まれた直後であり、晩餐会で出身地がサクティス王国であると仰っている。ここまでの偶然はありますでしょうか?」
しまった――ノーライフキングが攻めてくる前、俺はなんとか俺が王子である疑いを誤魔化そうとし、誤魔化す前に戦いが始まった。
それで話が終わったのかと思えばそうではない。
誤魔化さなかった結果、リーナはなにをするか?
裏を取るに決まっている。俺について調べるに決まっている。
不幸にも、この村にはセリカがいる。俺が冒険者になってからずっと付き合っている彼女なら、俺の冒険者ギルドの登録情報を全て知り尽くしている。個人情報保護も、王族相手になら無意味だ。
「そして、サクティス王国でも名だたる鍛冶師である名匠のガイツ様がわざわざこの村に来てまで鍛冶師をするだなんて、それこそタイガ様が、サクティス王国の王子である証拠です」
「…………頼む、全部忘れて気のせいだって思ってくれ」
「なんでですかっ!」
「俺はサクティス王国の王子なんかじゃない。五年前の戦いで、家族を守らず、民を守らず、国を守らずに逃げ出した臆病者だ。そんな俺が、なにも成さないまま王族を名乗ることなんてできない」
「――タイガ様――ううん、タイガくんは立派に王族としての責務を果たしたよ」
タイガくん……か。
そういえばリーナは昔、俺のことをそう呼んでいたな。
「ずっと、ずっと会いたいって思っていたのに。なんで黙ってたの?」
「事情があってな。さっきも言ったが、俺はもう王族じゃない。リーナも王子のタイガ・サクティスのことは忘れて新しい恋に生きろよ」
「私がタイガくんを好きだったのは、タイガくんが王子だからじゃないよ。タイガくんがタイガくんだからだよ」
昔の口調で、リーナは俺に抱き着いた。
あぁ、もう。こうなるから話したくなかったんだ。
リーナがいまでもタイガ・サクティスを探しているということは、つまりはそういうことなのだから。
「何度も言うが、俺はやることがある。それが終わるまで俺が元王子であることを知られるわけにはいかない。お前と結婚することもできない」
「なら、私もタイガくんを手伝う」
意志の固い目でリーナは俺にそう言った。
なんで俺なんかのために、こいつはこんな目をできるのだろうか。
もう何を言っても無駄だ。
「…………はぁ……ならその口調はやめてくれ。リーナにそんな態度を取られたら、一発で俺がタイガ・サクティスだってバレちまうからな」
「わかった……わかりました」
どのみち、ヘノワール辺境伯領を取り戻し、確実な力を手に入れた時、自分の正体を晒す予定だったのだ。それがリーナ相手に少し早くなっただけ――そう思っておこう。
「ところで、なんで俺がタイムについて口を滑らせるまで、俺とタイガ・サクティスが別人だって思っていたんだ? 正直、名前も変えていないし変装もしていないのに」
「それは……確かに私も生半可な変装は見破る自信はありました。ですが、いまのタイガくん、以前と目の輝きが全然違うといいますか……なんか暗い感じがしまして」
……それは間違いなく国を奪われた以上に、日本人としての記憶を取り戻したからだろう。
しかし、変装以上に効果があるほど俺の目って死んでるのか。
嫌なことを聞いてしまった。
「それで、タイガくん。ユマ様はタイガくんの正体について知っているんですか?」
「いや、教えてない。俺の正体を知っているのは、サクティス王国の人間を除けば、ゼニードと、あと奴隷のクイーナ、マテス宰相にダンティーだけだ」
「教えてあげないんですか?」
「言う必要がないだろ?」
俺が王子って言っても、絶対ユマは信じないと思うし、言ったところであいつの態度は絶対に変わらないと思う。
「そもそも、俺とユマはなし崩し的に一緒に行動しているが、別にそれ以上の関係じゃないからな」
「え? でも、ユマ様もタイガくんの婚約者ですよ?」
「……え?」
いま、なんて言った?
ユマが、俺の婚約者?
「私も、先日聞いたばかりなんですけれど、彼女の名前はユマ・ラピラス・コンシューマファイン様。ラピス教皇国第三王女で、私と同じ、タイガくんの婚約者だそうです」
「……はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺は大きな声を上げて驚いた。
俺の叫び声を聞き、廊下で俺たちの話を盗み聞きしていたゼニードが――いや、ゼニードがいることには気付いていたから盗み聞きじゃないのか――告げた。
「婚約者がひとりだけじゃなんて誰も言っておらぬじゃろ。王族たるもの、婚約者の二人や三人、当たり前の話じゃ」
本当に楽しそうにそう語るのだった。




