52話
『素晴らしい、たかが人間がここまで頑張るとは。本当に仲間にできなかったのが残念ですよ』
ノーライフキングの声があたりに響く。
遊んでいやがる。
俺の《ファイヤーソード》を警戒して一気に攻めずに遊びながら、俺たちの体力が消耗するのを待っているんだ。
そんなことしなくても、もうほとんど金も残っていないというのに。
「まだ意識はあるか、ダンティー」
「お前こそ金はあるのか、タイガ」
「悪い、これが最後の金貨だ」
俺はそう言って、最後の金貨を《ファイヤーソード》に変えた。
ダンティーに背中を任せ、戦う。
しかし、それももう――
「タイガ、頼みがある」
「なんだ、言ってみろ」
「お前の《ファイヤーソード》で俺たちを燃やせ。焼えカスになったらノーライフキングに利用されることはないんだろ?」
「……そうだな、それも悪くないかもしれん」
俺は笑って言った。
このままノーライフキングに利用されるくらいなら、いっそここで。
「だが却下だ」
「なんでだっ!」
「いま、俺が死んでも墓にネギを供えて貰えないんだろ? 俺が国王になったら死者にはネギを供えるべきって法律を作る。それまで死んでも死ねないよ」
「なるほど――そういえばお前には言ってなかったが、実は俺もミョウガが好きなんだ。だからこんなミョウガが供えられない墓で寝ることはできん」
「ならお互い――」
「生きるとするか――」
俺たちはそう言って最後の力を振り絞った――その時だった。
コールが届く。
俺が待ちわびたコールが。
《ご主人様、急ぎお金をかき集めてもらいました。一部入金します》
クイーナの声が聞こえてきた、その直後だった。
【入金:22億ゴールド】
来たっ! ブラックドラゴンの代金が振り込まれたっ!
俺は笑みを浮かべ、その場で《ATM》から出金した。
「勿体ないが覚悟しろっ!」
金貨十万枚――10億ゴールドがその場に現れたのだ。
そして、俺はその10億ゴールドを使う。惜しげもあるし後悔もするだろうが、使う。
「スキル発動――《聖域》」
十万枚の金貨が光の粒子となり、周囲に広がって行った。
と同時に、不死生物たちもまた金貨のように光の粒子に変わっていく。
それはまさに数秒間の奇跡。
その場からほぼすべての不死生物が消えうせ、一体のゾンビだけが残った。
つまり、そのゾンビは不死生物ではない――あのゾンビこそが。
「ようやく見つけたぞ、ノーライフキング」
ゾンビの皮膚が崩れ落ち、人と変わらないその顔が表れた。
見た目の年齢も俺とそう変わらない優男だ。
「バ、バカな。たかが人間風情が聖域を生み出したというのか?」
「おうおう、可愛らしい声をしてるな、それがお前の地声か?」
「うるさい、私がこんなところで負けるわけがないっ!」
そう言うと、ノーライフキングは水晶を取り出し地面に投げた。
水晶は魔物を閉じ込めておくためのものだったらしく、その中からドラゴンゾンビが現れた。
しかし――
「残念だが、もうチェックメイトだよ」
俺は1億ゴールドを出金して叫んだ。
「覚悟しろ、ノーライフキングっ!」
「覚悟するのは貴様のほうだ、人間っ!」
1億ゴールドが一本の剣に生まれ変わった。
そして、迫りくるドラゴンゾンビとノーライフキングに向かってその剣を振るう。
「《金に物を言わせる剣》」
金で物を言わせるではない、金に込められた意志に、剣という形で物を言わせるこの剣は――俺と村人たち、全員の意思を込めてドラゴンゾンビとノーライフキングを一刀両断にした。
「……が……最後の命令だ……アンデ……も、村をほろぼ……」
最後の言葉がなんの意味をあらわすのかわからない。
しかし、俺はその場に倒れた。
くそっ、今回も結構ぎりぎりの戦いだった。
もう本当に力が残っていない。
「タイガ、村は大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ――あっちには神様がいるからな」
※※※
「はぁ……なんとか逃げ切れた」
グリフォンゾンビから逃げた俺は、なんとか亜聖域に辿り着いた。
グリフォンゾンビは亜聖域に辿り着くや、これまでの不死生物たちと同様に瘴気を遺して消えた。
憎んでいたこの亜聖域に助けられるとは思っていなかったが、まぁ、助かった。
「ご苦労じゃったな、ライアート」
「――っ!?」
突然声を掛けられた俺は驚き顔を上げた。
すると、そこには見たこともない美女が、もくもくとネギを植えていた。
「誰だ、こいつは、何故俺の名前を知っている」という疑問と「何故ネギを!?」という疑問が俺を混乱させる。
「うむ、其方の疑問はわかっておる。どうして妾がこんなに美しいか? と聞きたいのじゃな。それは妾が美しいからじゃ」
そんな疑問は持っていないし、答えにもなっていない。
怪しいことこの上ない。
「それより、客人のようじゃぞ、ライアート」
女が言った――その客人とは、不死生物の群れだった。
タイガやハンたちが戦っていた相手とは違う、別動隊として用意していたであろう不死生物の群れだ。
その数は五百程度だが、しかし、この数の不死生物がここに来たらどうなる?
亜聖域が不死生物をやっつけても、瘴気だけが残る。瘴気はこれまでの比にはならず、川にまで溢れ、村の作物が全滅する。
いや、それどころか人間が住める大地ですらなくなってしまう。
「村が――滅んでしまう」
終わりだ。
「やはりな。クイーナに10億ゴールドこっちに送金させて正解じゃったようじゃ」
女はそう言うと、目の前に大量の金貨を置いた。
何をするつもりだ?
と思ったとき、その金貨が光の粒子といって消えていく。
「タイガが使った《聖域》とは一味違う。妾の力、そして金の力、さらに妾がこの手で育てたこのネギの力――三つの奇跡をライアート、貴様に見せてやろう。さすれば、きっと斧神などという下級神でなく、始祖の七柱である妾――ゼニードの信者になるであろう」
ゼニード?
タイガと一緒にいたチビが、この女だっていうのか?
そんな疑問を口に挟む前に、女が植えたネギが光った。
そして、ネギはさらに周囲に光を放つ。
まばゆく、そして暖かい光。
その光が消えたときには、既に女の姿も不死生物の姿もどこにもなかった。
そして、瘴気に汚染された亜聖域の中では絶対的なに奇跡が俺の目の前に起こった。
小さな植物の芽が、大地から顔をのぞかせたのだ。
※※※
どうやら、無事に事件は終わったようだ。
「タイガさん、大丈夫ですか!?」
「主人よ、無事であったかっ!」
ユマとハンが駆けつけてくれた。
俺はユマの、ダンティーはハンの肩を借りて立ち上がる。
「で、なにがあった?」
「それが、村のあちこちに植えられていたネギが黄金色に光り、周囲の土地を浄化したのです。不死生物は全員消えて村に平穏が戻りました」
そうか――ゼニードの奴、やりやがったのか。
クイーナから、ゼニードに10億ゴールドを無断で振り込んだとコールを受けたときは殺してやろうかと殺意が芽生えたものだが、無事に村を助けたのなら、まぁ許してやることにしようと思う。
それに、ネギを使ったというのはいい話だ。
きっと、ネギの奇跡として世界中で語り継がれ、ネギの知名度がさらに上がることだろう。
「さぁ、村に戻るか」
俺はユマに笑顔で言った――その時だった。
一匹の変な動物が、ゾンビの血を吸っていた。
ゾンビの生き残りがいたことに驚いたが、そのゾンビの血を吸っている動物を見て俺たちはもっと驚いた。
「タイガさん、あれ……」
「ああ……本当にいたんだな」
俺とユマは顔を見合わせ、その名を呼んだ。
「「チュパカブラっ!」」
俺たちが叫ぶと、チュパカブラはゾンビをその場に捨てて逃げていった。
チュパカプラの賞金は惜しいが、残念なことに奴を追いかける体力は、もういまの俺には残っていなかった。
こうして、未確認生物を確認し、村へと凱旋するのだった。




