8話
「……その口調――それに俺の名前を知っている……まさかゼニードなのか?」
「他に誰がおる。それより服じゃ」
そう言われ、俺は予備の自分用の服を渡した。
服が大きすぎて、上着だけでワンピースのようになったので腰紐を渡した。
さすがに幼女が履けるようなパンツは持ち合わせていないが、靴は俺が昔履いていた靴がインベントリの中にしまったままになっていたのでそれを渡した。
「うむ、なかなか上質な靴じゃな。さすがは王族と言ったところか」
「そう、それだっ! お前、どういうことだよっ!」
「む? いったい何を怒っておる?」
俺が怒っているのが不思議だといった顔のゼニードに、俺はこの十五年間にあったことを話した。
結果、記憶を取り戻した時、国が滅んでいたことも。
「なんと、そんなことになっておったのか。それは災難じゃの」
「災難で済むか」
「国が滅んだのは妾の責任ではない。妾でも未来は見えないからの。それに災難だと言っておるのは妾のほうじゃ。お陰で見ろ――この通り不完全な力しか戻っておらぬではないか」
「どういうことだ?」
「主には話しておらなかったが、妾の力というのは、妾の信者が使った金に応じて手に入る。主が王族として力を使ったお陰で妾はここまで力を取り戻すことができたが、しかし中途半端な状態になった。これでは力も――」
ゼニードはそう言うと、落ちていた小石を拾い上げて握りしめた。
「まったく使えんではないか」
「握りつぶそうとしてたのか?」
「いや、石を純金に変えようとしていた。まぁ、今の妾には純金どころか鉛にすら変えられん。錬金術師共から神と敬われていた頃が懐かしいわい」
「そりゃ、リアル錬金術だもんな……お前ってそんなに凄い神だったのか?」
「まぁ、始祖の七柱と言われるくらいには凄い神じゃな」
始祖の七柱!?
世界でも最も力のある神の総称じゃねぇか。
いや、異世界から魂を転生させるという力があったからもしかしたらと思っていたが、やはりもともとは凄い神だったんだな。
「どうじゃ、驚いたか? 驚いたのなら敬え」
敬えって言われてもなぁ。
今はただの子供にしか見えない。
「はぁ、ゼニードの力を使って祖国から魔族たちを追い払うのは無理か」
「いや、できんことはないぞ?」
「本当か?」
「ただし、金が必要になる」
ゼニードはニヤリと笑った。やっぱり金か。
「いくらくらいだ?」
「そうじゃの――国を取り戻すだけなら5000億ゴールドでなんとかしてやるぞ」
「高ぇよっ! そんな金用意できるかっ!」
「まぁ、そうじゃろうな。他にも国を再興するとなると、神々の宝玉が必要になるからの」
それが問題なんだよな。
国と名乗るには、神々の宝玉と呼ばれる球が必要になる。
それに神の力を込めることにより、王国に神の加護を与えることができる。それがあるのとないのとでは国力が大きく異なる。しかし、神々の宝玉は古代の遺物。新たに創りだすことはできない――
「神々の宝玉を創るにも莫大な金が必要になるからの」
「作れるのかっ!?」
「無論じゃ。ただし、5000億ゴールドが必要になる」
「さらに高い……が、しかし」
神々の宝玉ともなるとそのくらい必要なのは仕方ないのか。なにしろこちらは本当に作り方もわからないのだから。
その後、俺とゼニードは話し合い、魔族から祖国を取り戻し、国を立て直し、神々の宝玉を創り出すための金額を試算した。そのために必要なのは――
『1兆ゴールド』
日本円にして約10兆円。
俺がこの世界に転生する時点での、長者番付一位のビルさんの個人資産をも上回る。そして、俺の祖国サクティス王国の国家予算に匹敵する。
とてもではないが、今の俺に稼ぎ出すのは不可能だ。
「不可能だ……と思っておるじゃろ?」
図星を突かれた。
もしかして、心の中を読めるのか?
(お前の上着の前ボタンがひとつ開いていて痴女みたいダゾ)
心の中で言ってみるが、ゼニードは特に顔色を変えず話を続けた。どうやら心の中は読まれていないらしい。
「確かに普通に考えたら不可能な額じゃ。しかし、タイガ。主は銭使いスキルの持ち主じゃ。それを利用すれば金を貯められるじゃろ?」
「いや、逆だろっ! 銭使いは金を消費するだけのスキルじゃないか」
「痴れ者が。銭使いスキルの力は確かに金を消費するが、しかしその威力は他の神々から与えられる加護のスキルよりも遥かに強い。そのことはこれまで銭使いスキルを使った主ならわかっておるじゃろ」
「……確かに、それはそうだが」
「ならば、主は金を使って金を稼ぐのじゃ。主の元いた世界ではそれを財テクと呼ぶんじゃろ?」
「……財テク?」
「そうじゃ。金を使って金を稼ぐ。資産運用の基本じゃ」
それは……確かにそうだ。
俺は貧乏になってから、いかに無駄な金を使わないようにするか、節約するかばかり考えていた。
しかし、1兆ゴールドだぞ?
俺が仮に五十年で1兆ゴールド稼ぐとなると、一年に200億ゴールド稼ぐ必要がある。
この世界でも一年は365日、一日約5500万ゴールド稼ぐ必要がある計算になる。人が一生働いて稼げるかどうかという金額を一日で稼ぐ。
バカバカしい。
そう思ったが――
「考え方が甘い。財テクというのは、資産をどのように倍に増やすかを考えるものだ」
「倍に?」
「うむ。たとえば三カ月で資産を二倍にする方法を見つけたとする。そして種銭が100万ゴールドあるとする。すると二年後には2億5000万ゴールドを越え、五年間で1兆ゴールドになるわけじゃ」
ゼニードの計算は実に大雑把、とんでもないことを言ってくる。
彼女の言う計算方法だと、俺は最後の三カ月に5000億ゴールドも稼がないといけない計算になるわけだ。
しかし、不思議なことに彼女の言葉には魔力があった。
俺ならば可能なんじゃないかと思わせるような魔力が。
五年で1兆ゴールドが稼げるようになると思えるような魔力が。
だが、本当に1兆ゴールドを一緒に貯めるとなると、どうしても聞きたいことがあった。
「ゼニード、なんで俺にそこまで力を貸そうとするんだ? 王族じゃなくなったんだし、俺を手伝うより他の奴を利用したほうが力を取り戻せるんじゃないか?」
「む? 理由を言ってなかったか?」
「聞いてない」
「そうか。なら言おう。一目惚れじゃ」
……ヒトメボレ?
「ひとめぼれって、コシヒカ――」
「コシヒカリと初星とを交配させて作られた寒冷地にも強いというイネの品種のひとめぼれとは関係ないぞ。貴様の魂を見て好きになったんじゃ」
「なんでまた――前世の俺は自分で言うのも何だが、かなり冴えない男だったぞ?」
「逆境に身をやつしながら、なおも輝こうとするその魂に惚れた。妾の貞操を捧げるのならこの男しかないと思ったほどじゃ。どうじゃ? 今からでも――」
「その台詞はお前が大人の時に聞きたかったよ」
「――そうか、なら協力じゃ。妾は自分の力を取り戻すために、タイガは祖国を取り戻し王になるために協定を結ぼう」
そう言って手を差し出すゼニードの手を、俺は決意を込めて笑顔で握り返した。
「あぁ、よろしく頼む、女神様」
こうして、1兆ゴールドを目指すための最強のタッグが結成された。