46話
「スローライフといえば、やはり料理作りじゃろ。タイガ、妾のために新たな菓子――そうじゃ、クレープを作ってたもれ」
いつも通り、ゼニードが意味のわからないことを言ってくる。
「たもれ? まぁ、却下だ」
「何故じゃっ!? クレープがダメなら、ドーナツでも構わん。いまこそ料理チートで世界を震撼させるのじゃ」
「いや、新たな菓子作りって試したことはあってもなかなか流行らなかっただろ? 美味しい物を作っても、それをムーブメントにするのはまた別だって学んだじゃないか」
ゼニードと再会した後、一年くらい経ってからだろうか?
日本でも大々的にブームになった菓子――たとえばマカロンやティラミスなどを見様見真似で作って販売しようとしたことがある。なかなかいい味だったし、これは成功すると思った。
しかし、大失敗だった。
売れる菓子を作るのと、売れる菓子を売れるようにするのとはまた別だったのだ。
いまでも、俺が作ったマカロンやティラミスは、一大ブームを作ることなく小さな菓子店でひっそりと売られている。
「そもそも、お前には菓子があるだろ。ほら、今日の分だ」
「妾は確かに杏子飴が好きじゃが、こう毎日毎日杏子飴だけじゃ飽きてしまうわ!」
「遠慮するな。あと百三十四本あるからな」
ゼニードは己の罪を悔いながら、今日も杏子飴を食べることになった。
そして、俺はリーナに呼び出され、執務室に向かった。
その途中、セリカに呼び止められた。
「よぉ、セリカ……なんだか、顔色が優れないが、どうしたんだ?」
「……タイガさんが悪いんですよ」
「俺が何か悪いことをしたか?」
「アスカリーナ様のことですよ。まさかアスカリーナ様が王女様だったなんて、王族の相手なんて私、緊張して緊張して――」
お前がいま話している相手も一応、王族なんだけどな。
「何笑ってるんですか!?」
「安心しろ、リーナはちょっとやそっとの粗相じゃ怒ったりしないよ」
「リーナっ!? そんな呼び方してるんですか!? なんて恐れ多い」
セリカが体を震わせて言う。
「それより、なんか用があるんじゃないか?」
「あぁ、タイガさんに手紙が来ています」
「手紙?」
セリカから封書を受け取る。
ガイツからだった。
……俺が代官になったと聞き、鍛冶師として力を貸すためにこの村に来る――という内容の手紙だ。転移で迎えに行ってもよかったんだが、手紙の消印を見るに、もうガイツは村を出てこっちに向かっているだろう。
手紙を送るのも人間の足だから、もしかしたら今日明日にでも村にやってくるかもしれないな。
そうか、鍛冶師か。
必要だと思っていたからちょうどいい。
俺は手紙の内容について、軽くセリカに説明した。
これで、俺が留守の時にガイツが来てもセリカが対応してくれるだろう。
嬉しい連絡には、さらに嬉しい連絡が続くものだ。
セリカと別れてすぐに、クイーナから報告が来た。
《ご主人様、クイーナです》
「クイーナか。戦争でなにか進展があったのか?」
《いえ、そちらは膠着状態です。そちらではなく、ブラックドラゴンの代金が支払われる準備が今日、明日中にも整うそうです》
「本当かっ!? そうか、いよいよだな」
32億ゴールドだからな。目標額の1パーセントにも満たない額だが、しかし32億ゴールドといえば、この村の昨年の税収400年分に相当する。
国を取り戻すという野望がなければ、一生左団扇で暮らすことができる額だ。
でも、もう国を取り戻すって決めちまったからな。
いつまでも32億ゴールドを手元に残しておくことはない。
この32億ゴールドを使ってさらにお金を稼がなくてはいけないからだ。
でも、まずはその前に、国王に認められ、ヘノワール辺境領を俺の領地にする必要がある。金があっても、祖国を取り戻すための拠点がなければ始まらないのだから。
「そうそう、お金を貰うとき、いいグリフォンが手に入ったから、今度届けるって伝えておいてくれ」
《かしこまりました。確かに伝えておきます。あの、タイガ様、無事に仕事が終われば、ご褒美をいただきたいのですが……》
「クイーナがそんなこと言うなんて珍しいな。奴隷から解放されたいのか?」
《いえ、私の代わりにゼニード様に美味しいデザートを作って差し上げるというのは――》
「却下だ」
ゼニードの奴、俺がダメだとわかると、《コール》を使ってクイーナに泣きついたか。
《それでしたら、私に菓子作りを教えてください。私が作ります》
「お前はどこに行こうとしてるんだ――あまりゼニードを甘やかすな」
クイーナを説得し、今回のご褒美の話はなくなった。
あいつ、自分は奴隷のままでいいのか?
まぁ、熱心な信者ともいえる彼女にとって、ゼニードの役に立つことができるいまの待遇に不満はないのだろう。
俺はリーナの部屋に入った。
「お待ちしていました、タイガ様」
「待たせて悪かったな、リーナ。で、話は村の現在の状況――でいいんだな?」
「はい」
村の中で残っている問題は、ダンティーとは完全な和解はできていないことだが、しかし、村の経営には支障はない。ライアートの話では、ダンティーはこれまで通り、村の顔役としての仕事を全うしているようだ。俺に敵対することによる変な軋轢も生まれていない。
そして、先日、ついに巨大蟻を使ったトンネルを開通した。
このトンネルを使えば、交易のための行商人も増えるだろう。
ついでに、トンネル向こうにいた盗賊団を、ハンが率いる武道家集団が捕縛し、全員村の労働力として取り込むことに成功した。
そのせいで村は軽く食料難になりかけたが、ゲズールが遺した賄賂用の金を使って食料を買って支給することで事なきを得た。
いまは伐採所のあった森を開墾し、畑を作っている。
来年には、今年以上の芋の収穫が見込めるようになるだろう。
「村はめまぐるしく成長しています。この成果は全て父上に報告させていただきますね。このままいけば、きっと陛下もタイガ様のことをお認めになるでしょう」
リーナは報告書をまとめ、俺に言った。
「監査役としてこれほど喜ばしいことはありません」
「監査は悪いところを見つけるのが仕事だろ。悪いことがなくて喜ぶって、仕事がないことに喜ぶニートみたいだな」
「ニート……というのがどういう意味かはわかりませんが、失礼なことを言われているのはわかります」
リーナが苦笑して言った。
さっきセリカに言った通り、怒ることはない。
リーナが温厚だから――という理由ではなく、まぁ、これが俺とリーナの距離感というわけだ。
人間同士、冗談に怒るにも距離感が近い必要があるということだ。
まぁ、俺もある程度リーナと距離を置いておきたいので、このままの関係が望ましい。
そう思ったのだが、
「タイガ様。これからデートをしましょう」
どうやら、この王女様は俺との距離感を正確につかめていないようだ。
俺とリーナの関係って、少なくともデートするような間柄じゃなかったはずなのに。




