45話
村を出て、南に一時間歩くと、何もない荒地に出る。
土は乾燥している砂地で、作物を育てるには少々手間がかかる場所だ。
その荒野の真ん中に、いくつもの石の墓標が並んでいる。墓標といっても、鏡石のような立派な石ではない。ただ、大きな石が置かれている。名前も彫られていない。
その石の前にはナズナのような花が供えられている。
座って花を見る。
このあたりで年中生えている花だ。
見つけるのも摘むのも面倒ではない。
しかし――と俺は立ち上がった。
この墓の数はひとつやふたつではない。
数百――千近いと表現したほうがいいだろうか? ――ある墓の全てに花が供えられていた。
そして、それを供えていたのが――
「よぉ、面白いところで会うな」
「……こんなところでなにしてるんだ」
「ただの散歩だよ」
「いい趣味だな」
「お褒めに預かり光栄だ」
「褒めてねぇよ」
そう言って、ダンティーは俺を捨ておき、墓石を布で磨く。
それが仕事であるかのような丁寧な仕事っぷりだ。
「これは戦争で死んだ奴らの墓なんだよな。そこには誰が眠ってるんだ?」
「知らん。名前も、年齢も男か女かもわからん。この墓を作るときは混乱していたからな。墓穴は掘ったが誰が埋まっているのか、そもそも本当に遺体が埋まっているのかどうかすらわからん。話によると、一つの墓穴に十人は埋められているらしいがな」
十人――ってことは墓の数からして、一万人規模の人間が死んだということになる。
戦争はなかったことになっているため、名前を彫ることも綺麗な墓標を並べることも許されず、このような石を積んでいるだけの墓になっているのだろう。
「じゃあ、敵か味方かもわからない墓を綺麗にしてるのか?」
「敵も味方もねぇよ。全員戦争の被害者だ」
死ねば仏……か。
帝国の兵として死んだ者の中には、わずか十二歳――日本だと小学生と呼ばれるような年齢の少年兵もいたらしい。
「どうした? お前も手伝わないのか? ここでお前が一緒になって墓を磨いたら、俺もお前に心を開くかもしれんぞ」
「悪いが俺は生きている人間を相手にするので手一杯でね。死者の世話はできんよ。それに、死者は俺の供え物が嫌いらしい」
「お前の供え物?」
「俺の知ってる国の風習でな。五辛と呼ばれる辛みの強い野菜は墓に供えてはいけないって決まりがあるんだ。五辛は、にら、にんにく、らっきょう、はじかみ、そしてネギだからな」
俺はそう言って、インベントリからネギを取り出し、齧りついた。
俺のネギは甘みが強いから、五辛に数えられるのは気に食わない。
「なぁ、ダンティー。貴族が嫌いな理由は、この戦争が貴族主導で行われたからなんだよな」
「ああ、そうだ。そして貴族どもはあの戦争を――そしてこいつらの死をなかったことにしやがった。俺はそれが許せねぇ」
「なら、なんで発表しないんだ? 捕まるの覚悟で、この戦争があった事実を紙にでも書いて国中にばらまけばいいじゃないか。一人胸に抱え込んだままで」
「んなことできるわけねぇだろ。そんなことすれば、あの人に迷惑がかかるからな」
「あの人……か。あの人ってのも貴族なんだろ?」
「あの人はただの貴族じゃねぇっ! 一緒にするなっ!」
かつて、この地によく遊びにきていた名誉伯爵だ。
コストラ帝国に侵入し、世論を操作し、戦争を早期に終結させた貴族でもある。
その名は――レイク・サクティス・ゴルア。当時はサクティス王国の王子でもあり、そしてこの国の名誉伯爵だったという話は以前より知っていたが、まさかそんな無茶をしているとは、漁師の男たちに話を聞いたときは本当に驚いた。
ダンティーが俺の下で働かないのは、貴族が嫌いだからという理由だけではない。一番の理由は、ダンティーは彼以外の貴族の下で働きたくないほどに、レイク陛下のことを尊敬しているからだ。
本当にしょうもない理由。
まったく、陛下も余計なものを息子に遺してくれたものだ。
「俺の下につかないのはお前の勝手だが、村人たちとは仲良くやれよ。相談にも乗ってやれ」
「……わかってる」
「ネギ、食べるか?」
「……食べねぇよ」




