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41話

 その日の夜、代官の屋敷にライアートをはじめ、村の若い衆男女五十二人が集まっていた。

 人口百七十二人中五十二人――ライアートの人望がうかがえる。


「よく来てくれた。何人かは昨日酒場で一緒に飲んだが、まぁ、はじめまして。俺がこの村の代官に任命されたタイガ・ゴールドだ」

「このタイガさんは、俺たちの悩みだった湖のグリフォンを危険も顧みず、自ら倒してくれた勇敢な冒険者でもある。俺は信用できる男だと思っている」


 ライアートが即座にフォローを入れてくれた。

 グリフォンを退治した――という話はあえて伏せていた。昨日、酒場で俺とライアートの会話を聞いていた者も、酒の席でのうわ言だと思っていたようで、信じられないようだったが。


「これより、早速湖での漁業を開始する。勿論、畑の作業も今のまま行うつもりだ」

「待ってくれ、代官様。農作業も漁業もって言われたら、俺たちの手が回らない」

「その点は心配いらない」


 俺は二度手を叩く。

 俺が手を叩くと、ハンと一緒に男が七人入ってきた。

 全員頭を丸め、同じ道着を着用している。


「この暑苦しい風体の男は俺の部下のハンだ。そして、あとの七人はこの近くを荒らしていた元盗賊だ」


 俺がそう紹介すると、集まっていた村人は一歩引いたが、全員が奴隷の証である黒い首輪をつけていることを見て安心したようだ。

 この首輪をつけている者は犯罪奴隷であり、決して主人に逆らうことを許されていない。

 主人に逆らえば首輪が絞まり、息絶える魔道具でもある。

 奴隷商のシンミーには、手紙であらかじめ、犯罪奴隷の首輪を用意してもらっていた。そして昨夜のうちに転移魔法でシンミーを連れてきて、ここにいる奴でなく盗賊全員に首輪をつけてもらった。全員で50万ゴールドと決してお安くない値段だったけれど、村の労働力としては役立つ。

 今回の七人はハンによる教育を受け、彼が外に出しても問題ないという奴だけ連れてきた。なにしろ、ハンには盗賊団を丸々潰して、全員武道家として鍛え上げた実績があるからな。彼に任せておけば盗賊団が労働力に早変わりだ。


「「これまでは村の皆様に迷惑をかけ、失礼しました」」

「「我々はハン師範とタイガ大師範に敗れ、改心しました」」

「「これから村のために働かせていただきます」」


 全員が綺麗な土下座で村人たちに謝罪する。

 誰が大師範だ、誰が。お前たちみたいな暑苦しい弟子はいらん。全部ハンに任せる。


「とまぁ、これで労働力は問題ないだろう」


 俺が笑顔で言うと、誰も異論を挟まなかった。

 さて、ここからが本題だ。


「次に、村の新たな特産品について話をする。ライアート、この村の特産品は芋だ。それは間違いないな?」

「ああ、その通りだ」

「芋は連続して育てれば病気になりやすい。そこで、俺は提案する」


 と俺は、懐からそれを取り出した。


「タイガ……お前、それ……まさか」

「そう、これはネギ――白ネギだっ!」


 ……あれ? ライアート以外の反応が薄い。

 そうか、そういうことか。


「これは長ネギだっ!」

「いや、あの、代官様。白ネギとか長ネギとかそういう呼び方はどっちでもいいんだが、なんでネギなんだ?」

「いいところに気付いたな、ワトソンくん」

「いや、おいらはタガークだが」

「いいか? 芋を常に作り続けると病気になりやすい。しかし、俺の研究結果では芋と芋を育てる間にネギを育てることで、芋が病気になりにくくなるという研究成果がある! これを交互連作と呼ぶ」


「……交互連作?」

「そうだ。作物を育てられない畑でネギを育てるんだ」


 ネギに関する実験は数多く行っているからな。これもその一つとして芋農家で試したことがあったのだ。その結果、芋畑における交互連作は可能である実験結果は得られたが、しかし、それでネギの味がよくなるわけではなかったので、研究結果はそのまま封印されたのだが、ここで使うことができるようになるとはな。


「俺が育てているネギは既に王都で一部の金持ちが好んで食うようになっている。つまり、既にブランド価値がある状態で高く売ることができる」

「代官の言っていることは本当だと思う。俺も焼いただけのネギを食べたが、これまで食べたことのないくらい甘みのあるネギだった」


 さらにライアートのフォロー。


「俺も共に行動している神官殿から聞いたことがある。我が主の育てているネギを刻んだ薬味はひとつまみ10ゴールド、一本そのまま買おうとすれば、一本100ゴールドは下らないと」


 さらにハンもフォローした。

 って、あれ? なんの話だ?

 神官ってのはユマのことだよな?

 ひとつまみ10ゴールド? 

 ユマには1ゴールドで売ったことはあるけれど、いつの間に値段が10倍になったんだ?

 あ、そういえば、シンミーにはその値段で売っていたな。あいつ、俺のネギがいたく気に入り、ある分だけ買い占めようとしやがったから、ふっかけざるをえなかった。それでもたまに買っていくんだが、その話をユマが聞いたのだろうか?

 さすがに一本100ゴールドは言い過ぎだ……と思ったが、村人たちがにわかに活気づく。


「だ、代官様。そんな凄いネギをおいらたちの畑で育てていいだか?」

「ああ、勿論だ。ネギを育てる方法は俺に聞け。作付け時期、水の量、病気の対処法、その他いろいろ全部教えてやる」

「代官様、万歳っ!」

「代官様、万歳!」

「ネギ、万歳!」

「ネギ、万歳!」


 こうして、すべてはネギのお陰で、村の若者たちは活気づいてきた。

 あとは、これからどうやって上の奴らと和解していくかだな。


 ちなみに、この話を聞いたユマは語ったという。


「村の人たち、絶対騙されています。タイガさんは単にネギを育てたいだけですよ」


 まぁ、それは間違っていない。

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