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40話

「すげぇ、本当にやりやがった」

「タイガさんっ!」


 ライアートが驚き、そして、ユマがメイスを持って駆け寄ってきた。


「すぐに治療を――」

「いや、これは俺が治す」


 深く抉られ過ぎた。

 金を使わないと治せない。

 金貨2枚を使って《ヒーリング》の魔法を使った。

 グルー妹――コロナを治療したときの倍の値段だがそれだけ傷が深かった。


「……凄い、あの傷が一瞬で」

「2万ゴールドも一瞬で消えたけどな……ったく、これも全部ケイハルトのせいだ」


 ケイハルトに剣の修行をさぼってると言われ、俺も意地になって剣で戦ってしまった。普段の俺なら、こんな怪我を負う前に、金貨を追加投資し、炎の剣を延ばして《ファイヤーソード》で串刺ししていただろう。どっちでも消費金額は同じだが、怪我することはなかった。

 今回の出費は酷いな。


神を穿つ矢(ロンギヌスアロー)》1万ゴールド。

《ファイヤーソード》1万ゴールド。

監獄結界(プリズンバリア)》5000ゴールド。

《ヒーリング》2万ゴールド。

 合計4万5000ゴールドの出費だ。


 まぁ、グリフォンもいい状態で倒せたから、これが高く売れることを祈ろう。

 俺はインベントリにグリフォンを収納した。


「……抜けた血は戻らないからな。とりあえず血を増やすためにも飯にするか。ユマ、悪いが木の枝を集めてくれ。ライアートも魚を焼いて食べようぜ」

「まったく、呆れた奴だ。そう言うと思って、ほら、塩を持ってきてる」

「お、準備いいな」


 こいつも魚を食べる気満々だったのか。

 釣り竿は持ってきていないようだから、素手で捕まえるつもりだったのだろうか?

 ふたりが木の枝を集めてきて、火を熾してくれた。


「じゃあネギと一緒に焼いて食べるか」


 俺は懐に入れてあった白ネギを取り出した。


「タイガさん、なんでネギなんて持ち歩いているんですか」

「二日酔いにはネギの香りがいいんだよ」

「そんな話聞いたことありませんっ! どうりで道中もネギの臭いがするって思いました」


 文句を言うなら食わせてやらん。

 そう言おうとしたところで、ライアートがなにかを思い出したように手を叩いた。


「そうか、グリフォンが俺たちに向かってこなかったのはそのネギが原因だ。そういえば、うちの爺さんが、グリフォンはネギの香りを嫌うって言ってたよ」

「「えっ!?」」


 俺とユマは同時に声を上げた。

 確かにカモノネギは魔物から身を守るためにネギで巣を作ったりするんだけど、でも……え?


「タイガさんが原因じゃないですかっ!」

「いいだろ、無事解決したんだから。それにグリフォンがネギ嫌いだってわかっただけでも儲けものだろ! つまり、湖にネギを植えたら仮にグリフォンが他にいたとしてもここにやってこないってことじゃないか」

「そういう問題じゃありませんっ!」


 ユマが本気で怒っている。

 最近、なんかこいつには怒られてばっかりだな。


「わははははっ!」


 と、今度は空気を読まずにライアートが大爆笑を始めた。


「本当に面白い奴だな、新しい代官様(・・・・・・)はっ!」

「なんだ、俺が代官だって気付いていたのか……あぁ、さっきからユマが俺の名前を呼んでいるからな」

「いや、朝から気付いていたよ。ユマって嬢ちゃんが一緒にいたからな。兄貴から嬢ちゃんのことは聞いていたから」

「え?」


 そうか、ユマは知らなかったのか。


「ライアートは、モヴェラットの顔役の弟だよ」

「あっ!」


 昨日ユマとハンは村の顔役の男を呼びに向かい、その場で追い返されていた。

 その時のことを聞いていたんだろう。


「じゃあ、俺についてくるって言ったのも?」

「ああ、この目で新しい代官を見てやろうって思ってな。最初は、本当にこいつが代官か? って疑ったが、まぁ、なんだ。俺は貴族は嫌いだが、お前のことは嫌いじゃない」

「そうかそうか。じゃあ、ライアートから兄貴に俺のところに来るように言ってくれるか?」

「それは無理だ。だが、まぁ、タイガが兄貴の家に挨拶に行くなら、その時はいろいろとフォローしてやるよ」

「それはダメだ」


 俺は即座に否定した。


「俺からお前の兄貴の家に行くことはできん。お前に嫌われるかもしれんが、俺とお前らは対等じゃない。ここで舐められるようなことをすれば、代官の仕事に支障をきたす」

「俺のところにはお前から来ただろ?」

「それはお前が顔役ではないということと、俺が酒を飲んでいたらたまたま(・・・・)お前に会っただけだ。ライアートに会いに行ったわけじゃないんだよ」

「お前だけは違うって思っていたが、貴族ってのは本当に面倒だな」


 やはり、ライアートの心証が悪くなったようだ。


「タイガさん、やはりタイガさんの方から行くべきでは」

「いや、嬢ちゃん。タイガにもタイガなりの考えがあるんだろう。それにとやかくいうのはよくねぇ。まぁ、なんだ。タイガ、俺はあんたに命を預け、あんたもそれに答えた。俺は頭がよくねぇからよ。わかるのはそれだけだ」


 ライアートはそう言うと、焼けた魚に塩を振ってかぶりついた。


「それだけで十分だよ」


 俺も焼いたネギと魚を食べる。

 やっぱりネギは焼けば味が変わるな。


「俺もそのネギもらっていいか?」

「ああ、大サービスで今日だけ10ゴールドでいいぞ」

「金をとるのかよっ! いや、払うけどな」


 ライアートは俺に大銅貨を渡し、ネギにかぶりついた。


「……っ!? これ、本当にネギか!? 俺が知っているネギはもっと辛いもんだったが」

「甘みが強いだろ? ちょっと品種改良したんだ」


 どこか懐かしい甘みのあるネギだ。

 こんなネギ、まず俺以外には作っていないだろう。


「ライアート、お前が呼びかければ村人を何人集められる?」

「――兄貴を通さずに……か?」

「ああ」

「……俺より年下の奴なら八割は呼べると思う。俺も兄貴も貴族嫌いだが、若い奴らの方が貴族に歯向かう恐ろしさを知っているからな」


 つまり、戦争を経験していない奴――ということか。

 戦争経験者の貴族へのわだかまりは大きいようだ。


「できるだけ集めてくれ」

「兄貴とは会わないのか?」

「俺の方から出向くことはない。代官としての成果を見せて、俺の前に引きずり出す」

「そうか――」


 ライアートは湖を見て魚にかぶりつき、そして言った。

「兄貴も厄介な奴を敵に回したもんだな」

「勘違いするな、お前の兄貴は、俺の敵じゃないよ」


 俺はそう言ってネギにかぶりついた……その時だった。

 遠距離通話スキル――《コール》の呼び出し音が頭に響く。

 ゼニードか? と思ったが、違った。

 クイーナからだ。


「悪い、ちょっと席を外す」

 俺はそう言ってふたりから離れた場所に移動し、通話を開始した。


《ご主人様、ご主人様、聞こえますか?》

「クイーナ、聞こえているぞ。どうした? ブラックドラゴンのお金が振り込まれたのか?」

《いえ、それはまだです――が、緊急事態です》

「なんだ?」

《神竜の爪痕の向こうに魔物の群れが現れたそうです。規模はそれほど大きくないようですが》

「……そうか」


 ブラックドラゴンがノスティアの町に――、マイヤース王国に攻め込む尖兵だとするのなら、谷から風が無くなる“凪の谷”の時期に合わせて魔族の侵攻がある可能性はあった。

 そのことは既にキーゲン男爵にも伝えており、そこから国の上層部に伝わっている。


「国の動きは?」

《軍をノスティア及び北部の都市に派遣したようです。ただし、まだ本格的な魔族の侵攻か、それとも魔物が集まっているだけかはわからないようです。キーゲン男爵様も急ぎノスティアに戻られるのですが、私も一緒に向かったほうがよろしいでしょうか?》

「キーゲン男爵はまだその町にいるんだな? なら、ノスティアに向かう前に、キーゲン男爵と一緒にマテス宰相の屋敷に厄介になれ。そっちのほうが情報が入ってくる」

《かしこまりました。何か進展がありましたらお伝えします》


 通話が終了した。

 ……魔族の侵攻の可能性か。

“凪の谷”まではまだ二カ月はある。

 それまでに騎士隊が北に集結し、対処してくれるだろう。

 しかし、魔族は何を考えてるんだ? こんなに早く魔物を集めたら、対処してくださいって言ってるようなものだろ。それとも魔族には騎士たちを一気に皆殺しにするための算段があるのだろうか?

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