39話
「いったい、何分間潜ってやがったんだ!」
アザラシなら十分くらい水の中に潜っていられるというし、人間だって記録では二十分以上息を止められるそうだから、不可能じゃないのか?
よくわからんが、とりあえず空にいる奴への攻撃方法を考える。
湖の上を飛んでいる現在、ワイバーンを倒したように《ファイヤーソード》を棒高跳びの棒のように使って攻撃することもできない。
「――グリフォン、攻撃してきませんね」
「あいつ、警戒してやがる。俺の強さに気付いたのか?」
このままでは埒が明かない。
「なんとか接近戦に持ち込めれば勝てるんだが――」
これは想定の範囲外だ。
こんなことなら、釣り上げたと同時に攻撃を仕掛ければよかった。
「ユマっ! さっきの《聖なる矢》で攻撃しろ!」
「《聖なる矢》は生者には効果がありませんよ」
「なくても牽制にはなるだろっ!」
その間に、俺は金貨を取り出す。
「《聖なる矢》」
ユマが魔法の矢を放った。
グリフォンにとって、それが自分に効果があるかないかはわかっていないから、当然避ける。急旋回で避けたその先に、俺は攻撃を放つ。
「《神を穿つ矢》っ!」
1万ゴールドも払って使う、ブラックドラゴンの鱗でさえも貫く矢が、グリフォンに向かって飛んでいく。
「やったかっ!」
ライアートが思わず叫んだ、その瞬間。グリフォンはさらなる急旋回で俺の放った矢をぎりぎりのところで躱しやがった。
くそっ、1万ゴールド無駄使いしちまった。
グリフォンは俺のことを脅威とみなしたのか、逃げ出そうとUターン旋廻をした。
このままでは逃げられてしまう。
ダメ元で、《神を穿つ矢》をもう一度放つか?
いや、それこそ金の無駄遣いだ。
しかし、人間を警戒した魔物――このまま逃げられたら厄介だ。
「おい、接近戦なら確実にグリフォンを倒せるか?」
ライアートが俺に尋ねた。
「ああ、倒せる」
「命を賭けるか?」
また子供みたいなことを言いやがって。
「命も全財産も賭けてやるよ」
「なら、お前を信じる」
ライアートはそう言うと、斧を縦に構え、そのスキル名を唱えた。
「《愚者か勇者か》」
なんて手を使ったんだ――いや、確かに有効だが。
俺には使えないスキルだ。
《愚者か勇者か》――自分より格上の相手に対し発動することができる、タイラン神とその眷属神の信者の多くが使えるスキルだ。
効果は、自分より格上の敵相手を挑発し、自分に向かって攻撃をさせる。
その効果は絶大――たとえライアートがこの場から逃げ出しても、それこそ地の果てまで追ってくる。
実際、グリフォンは再度旋廻し、目の色を変えてこちらに――否、ライアート目がけて突撃してきた。
ライアートは俺に命を賭けたということだ。冗談ではなく、本気で。
「安心しろ、お前を愚者なんて呼ばせねぇ。お前は間違いなく勇者だよ」
俺はそう言うと、確実にグリフォンを仕留めるため、金貨一枚を使い、一番使い慣れた武器、《ファイヤーソード》を生み出す。
「来るぞっ!」
ライアートが叫ぶ。
グリフォンがまっすぐこっちにやってくる――返り討ちにしてやる。
そう思った直後、グリフォンが急降下した。
「――なっ!」
湖岸に着水し、水柱と言っても過言ではない波を生み出した。
視界が奪われた――と思った瞬間、グリフォンの奴、俺の横を素通りし、ライアートに向かっていく。
「ユマっ!」
「《守護者の盾》」
ライアートをユマの魔法による結界が囲う。
グリフォンの鉤爪がいとも簡単に結界を砕くが、グリフォンの軌道が逸れた。
翼を羽ばたかせ、再度上昇しようとするが、そうはさせるか。
俺は大銀貨を空に向かって投げた。
「《監獄結界》っ!」
俺が投げた大銀貨を頂点とし、四角錐の結界が生み出された。
かつてリザードマンを一掃するときにも使った魔法だ。
グリフォンは結界を砕こうと突撃するが、しかし《守護者の盾》とは違う。無理やり結界を破ろうとした衝撃により、激痛がグリフォンを襲ったようだ。
「《KYUUUUUUUっ!》」
鳥っぽい鳴き声を上げるグリフォン――当然結界は破られていない。
鳥と獣の王と呼ばれるグリフォンでも、あの痛みに耐えて結界を通り抜けるつもりはないようだ。そんな無茶をするのは、どこかの愛ボケ修道女くらいだろう。
「タイガさん、いつの間に」
ユマが呆れるように言った。
《監獄結界》を使うには、結界の頂点全て――つまり俺が投げた大銀貨の他に四カ所大銀貨を設置する必要がある。
「釣りをする前だ。戦う準備はできているって言っただろ」
本当は、グリフォンが真っ先に俺を襲ってくると思ったんだけどな。
やれやれ、強くなるのも困りものだ。
「さて、覚悟しろ、グリフォン」
俺は《ファイヤーソード》を構え、グリフォンに詰め寄る。
「《KYUUUUUUUっ!!》」
どうやら、グリフォンは、ライアートを倒すために、まずは俺を片付ける必要があると気付いたのだろう。
グリフォンは空を飛ばず、大地を駆けて俺の方へと突撃してきた。俺もまたグリフォンに向かって走る。
交差する俺とグリフォン。
「ぐっ」
グリフォンの鉤爪が俺の肩を深く抉り、激痛が俺を襲った。
そして、俺の手にあったファイヤーソードは、グリフォンの眉間に突き刺さっていた。
グリフォンはその状態のまま俺の方へと振り返るが――しかしそれ以上は動かない。
仁王立ちする弁慶のように、死した状態で立ち尽くしていた。




