38話
湖まで約一時間の道のり。
体を鍛えている俺にとっては、まぁ余裕の行程だ。
退屈なのでユマとリーナの関係について聞いてみることにした。
ライアートと距離を取り、小声で話を続ける。
「ユマ、リーナのこと避けてるだろ」
「リーナ……あぁ、アスカリーナ様のことですか。避けてはいな……いいえ、避けているんでしょうね」
ユマはため息をついて言った。
「詳しくは聞かないが、嫌いなのか?」
「嫌いというよりかは、羨ましいんです。私はどうやってもあの人のようにはなれませんから」
「そりゃ、相手は王族だ。生まれ持ったものは全然違うよ」
「えっと、そういうことではないんですけど――」
ユマは口籠もる。
それ以上はあまり言いたくない、ということか。
「まぁ、なんだ。これから長い付き合いになるんだ。嫌いじゃないのなら、早めに打ち解けておけ。愛ボケだけがお前の取り柄だろ」
「愛ボケって言わないでくださいっ!」
とユマが大きな声で怒って、そしてリラックスしたように笑った。
「善処します」
そうしてくれると助かる。
これ以上厄介事を抱え込むのはごめんだからな。
「見えたぞ――あの岩の向こうが湖だ」
大きな岩が川を堰き止めており、その隙間からはわずかに水が漏れている。
土手を上がると、開けた湖が姿を現す。
「おぉ、こりゃ見事な湖だな」
湖を覗き込むと、俺の影に驚いた小魚が、水草の隙間を縫うように泳ぎ去っていった。
「綺麗なところですね」
「おいおい、油断するなよ。グリフォンがいつ襲ってくるかもわからないぞ」
「油断はしてないよ。いつでも戦う準備はできている」
あの巨体だ、近付けば嫌でも気付く。アラートマウスを召喚するまでもない。
俺はそう言って、インベントリから釣り竿を取り出した。
「まぁ、奴が来るまでのんびりしようぜ。ほら、ライアートとユマの分だ」
「……しまらねぇな。よし、勝負するか?」
ライアートが勝負の提案をしてきた。
どちらが大物を釣り上げるかという勝負だ。
湖岸の近くは浅いけれど、すぐに深くなっている。それこそ、ネッシーが隠れていても気付かないくらいに深い。
これなら、大物の魚が釣れそうだ。
「勝負か、いいな。負けたら今晩の飯は奢ってもらうぞ」
「ああ、好きなだけ酒を飲ませてやる」
「いや、酒は今日はやめておく」
こうして、俺とユマ、そしてライアートの三人で釣りを始めた。
※※※
「よし、七匹目っ!」
「なんの、こっちは八匹目だっ!」
俺とライアートは次々に魚を釣り上げた。
人間が普段訪れないからだろうか、魚の警戒心も薄く、まさに入れ食い状態だった。
ひとりを除いて。
「…………むぅ」
ユマだけまったく釣れないでいた。
「やはり、私は修道女ですから、命をもてあそぶというのは――」
「別に修道女だからって肉を食ったらいけないって決まりはないだろ」
言い訳を始めたユマに被せるように言った。
実際、こいつは肉も魚も食べる。酒を飲んでいるところは見たことないけれど、修道女が酒を飲んではいけないという決まりはなかったはずだ。
「言い訳か、嬢ちゃん」
「言い訳ではありません、ただ、私の愛が魚を釣ることを――」
とユマがいったところで、彼女の竿が大きくしなった。
「来ましたっ! これは大物です」
「魚を釣ることを、なんて言おうとしたんだよ」
「本当にデカイな、嬢ちゃん。こりゃこの湖のヌシじゃないか?」
「湖のヌシですかっ!? タイガさん、タモを用意してください」
「やれやれ、わかった」
と俺がタモを用意したところで、湖からそれが浮かび上がってきた。
確かに湖のヌシだ。
だが、魚ではない。
鷲の上半身と獅子の下半身を持つ獣と鳥の王――グリフォンだ。
グリフォンは釣り糸を食いちぎり、空へと飛び上がる。
「くそっ、ずっと水の中に潜ってやがったのかっ!?」
ユマの奴、よりにもよってグリフォンを釣り上げやがった。




