7話
俺は花瓶からネギを一本抜いて、調理を開始する。
インベントリから魔物の肉と小麦粉と干しキノコで取った出汁、そして刻んだネギを使う。
出汁に関して言えば、寸胴鍋で大量に作り、小分けにしてインベントリに収納することで低コストで作ることができる。
フライパンの上に1ゴールド銅貨を投げ、
《フライド》
と魔法を唱えると、フライパンが一瞬で熱せられる。この《フライド》は生活魔法の一種であり、料理の神に洗礼を受けた者が使える魔法であるが、俺も1ゴールドを消費することで簡単に使える。
薪や炭を消費しなくてもいいので低コストだ。
まずは油を出すためにも魔物の肉から焼く。換気扇も煙突もない部屋なので、ゼニードが自然と窓を開けに向かった。味付けは塩のみだ。胡椒は高いからな。
それを皿に移すと、今度は出汁と小麦粉、ネギを混ぜたものを焼く。
これで簡単ネギ焼きの完成だ。
「またネギ焼きか……たまには別の物が食べたいの」
「いいだろ、お陰で風邪に無縁なんだから」
「神は風邪など引かんわい」
文句を言いながらも、ゼニードはネギ焼きを食べると顔をほころばせた。
「ユマも食べていいぞ、金は貰っているからな。ラピス教の信者でも肉は食べていいんだろ?」
魔物の肉の他に、ネギ焼きには少量だが鳥肉(鶏肉ではない。なんの鳥かはわからない)の出汁を入れている。鳥から出る旨みをネギが吸ってさらに旨みが増している。
「……は、はい。手際がいいので驚いていたんです」
「褒めても何もでないぞ」
まぁ、日本にいた頃は自炊していたからな。ガスコンロもないこの世界でも、銭使いのスキルがあればそれ以上に簡単に調理できる。醤油や味噌が手に入らないのは残念だが。
ユマがナイフとフォークでネギ焼きを切り分けて食べる。
「……美味しい……こんなに美味しいもの食べたの初めてです」
ユマが感動して言った。
「当たり前だ。小麦粉は曳きたてのものをその場で買った……ぐっ」
「その方が安いからの……やるのっ!」
「出汁に使ったキノコも天日干しにして味を濃縮している……このっ!」
「妾が見張りをしていた……まだじゃっ!」
「ネギも取れたてだ……せいやっ!」
「面倒を見ていたのは妾じゃ……甘いっ!」
「あの、先ほどから何をなさっているんですか?」
俺とゼニードの動きを不思議に思ったのかユマが尋ねた。
わからないのか?
俺とゼニードのネギ焼きは縦三列、横三列の計九個に切り分けている。
つまり、ふたりで食べるとなるとどちらかが一切れ多く食べる計算になるわけだ。
そういう時は先に四切れ食べた方が残り一切れを食べるという決まりになっている。
俺とゼニードは肉そっちのけでネギ焼きを四切れ食べ終わった。
そして、最後の一切れを自分の皿に移そうと勝負しているわけだ。
箸と箸とがぶつかる音が食卓に響き渡る。
「こら、ゼニード。お前、ネギ焼きは飽きたんだろっ! 少しは遠慮しろっ!」
「それとこれとは別じゃっ! それは妾のものじゃっ!」
「ええい、俺の稼ぎで作った料理だ、それは俺の物だっ!」
「貴様はダメ亭主かっ! こういうのは子供に譲るものじゃろうっ!」
ああ言えばこう言う。
本当にこいつは神様なのか?
あの時の出会いがなければきっと俺はこいつが神だなんて信じなかっただろうな。
※※※
五年前。記憶を取り戻した俺が最初に探そうとしたのは、ゼニードだった。一言文句を言ってやらないと気が済まなかったから――というわけではない。まぁ、それも半分はあったけれど、実際はゼニードから更なる力を授かるためだ。
俺の父親――レイク・サクティス・ゴルアは俺が生まれながらに神の加護を受けていたと知ると、その神がいったい何者なのか調べ始めた。
手練手管を駆使し、それこそ国の総力を挙げて調べたらしい。
しかし、結果としてわかったのは、俺が銭使いとしてのスキルを持っているということ、そしてそのスキルは、金もしくは商売関係の神によって授けられたことだけだった。
金の神や商売の神は大小含めて百柱以上いるらしい。もしも日本の頃の記憶があれば、そしてゼニードという名前さえわかっていれば調べようがあったのかもしれないが、記憶を取り戻したのは国を失ったあとだった。
それでも、ユマがゼミ遺跡とゼニードの関係性を知ったように、俺もまたゼミ遺跡に辿り着いたというわけだ。
ゼミ遺跡は、ブドウパン一派が居座っていた頃と同じように荒れ果てていて、これといって面白い物は何もなかった。十五歳の俺はその遺跡にテントを張り、三日間調査を続けたが、やはり何も見つからなかった。
食糧の備蓄も尽き欠け、もうここを去ろうとした時だった。
「穴?」
柱に穴があった。しかもただの穴じゃない。
まるで、自動販売機のコイン投入口みたいだ。覗き込んだところ、中は空洞になっているようだ。
しかし、当然ながらこの世界には自動販売機という概念は存在しない。
地球では、古代エジプトにおいてピラミッドの中に聖水の自動販売機が存在したというが、しかしそれは地球での話。この世界には自動販売機は存在しない――少なくとも俺が知る中には。
つまり、これが自動販売機を模したコイン投入口だった場合、これはゼニードから俺へのメッセージな気がした。
俺は《ATM》で1ゴールドを出金し、銅貨を投入口に指で弾いて滑らせるように入れる。
弾かれた銅貨は柱の内壁に当たりながら落ちていき、そして――
「なんも起こんねぇじゃねぇかっ!」
俺の1ゴールドを返せっ!
本当に今の俺は金がないんだからな。残高200ゴールドくらいしかないし。
俺がそう言って柱を蹴り飛ばした時だった。
柱はいとも簡単に倒れてしまう。
「……やべっ」
そう言ったが、それが間違っていたことに気付いた。
この柱、簡単に折れるようになってるのか?
さっきまでは押してもこんなに簡単に倒れなかった。
「そうか。お金を入れたら柱が倒れ――」
俺は柱を見る。折れた部分が空洞になっているだけではなく、ハシゴまであった。
ここから入れるということらしい。
俺はランプに火を灯し、ゆっくりとハシゴを下りていった。
「遺跡の地下にこんな部屋があったのか」
中は埃が積もっていて最近誰かが入った気配はまるでない。
ランプで壁を照らす。
「これは……」
そこには壁画が描かれていた。
その壁画に描かれた女性は見覚えがある。
小金大河が死ぬ前に出会った美女――女神ゼニード。その姿がそのままに描かれていた。
どうやら、ここがゼニードを奉っていた神殿だったことは間違いないらしい。
でも、なんでこんな地下に?
まるで、隠れキリスタンの如く、何かから隠れているかのようじゃないか。
「ん?」
ランプの灯りでよくわからなかったが、奥の部屋から光が漏れている。
俺は足下に注意しながら、その光の方へと向かった。
そして、そこにあったのは――光り輝く大きな玉だった。
ガラスの玉であるが、埃が積もっている上に汚れていて、中が見えない。しかし、確かに見える。
人影のようなものが。
俺はインベントリから汗拭き用の布を取り出して、玉の汚れを拭っていく。
そして、中が見えるようになったのだが――
「ゼニード……じゃない?」
中にいたのは、俺が知る大人のゼニードではなかった。ゼニードの面影はあるのだけれど、幼い。
見た目は十歳くらいだ。
そう思うと、ガラスの中にいた幼女の目が開き、そして拳を突き出した。
ガラス玉に罅が入ったかと思うと、その罅は全体に広がっていき――そして割れた。
中に液体が入っていたらしく、ガラス玉が割れると同時にその液体が溢れ出し、ガラスの破片を流した。
幼女はその場に立つと、さながら寝起きのように目を閉じて大きく伸びをした。
いったい、なんなんだ?
「久しいの、小金大河。それよりいつまで見ておる――早く服を出さぬか」