37話
翌朝、俺はユマを誘ってグリフォン退治に行くことにした。
教会でも、グリフォンに悩まされているという話は聞いていたので、俺が誘ったところユマはふたつ返事で引き受けてくれた。
本当なら、この村の代官になった俺はユマにお金を払わないといけないのだけれども、それはあえて黙っておく。
ハンには、リーナとゼニードの護衛として屋敷の守護を任せた。
昨日も言った通り、グリフォン退治はワイバーン退治に比べたら朝飯前だ。
しかし、ひとつ大きな問題があった。
「タイガさん、大丈夫ですか?」
ユマが心配そうに俺に尋ねた。
大きな声を出さないでくれ。
「ちょっと二日酔いがきつい……回復魔法を頼む」
「は、はい。《キュアヒール》」
解毒魔法をかけてもらう。少しマシになった気がする。
「なんだ、あの程度の酒で二日酔いか? グリフォンを退治するにしては情けないじゃないか」
ライアートがやってくるなり、俺を見て笑った。
「うるせぇ、酒の強さと冒険者としての強さは別物だ。で、何の用だ?」
「俺も一緒に行こうって思ってな。これでも斧神の信者なんだ。アクソス――俺の神名だ」
と言って、ライアートは斧を振り回した。
斧神アックス――武術の神であるタイランの武具眷属十二神の一柱であり、上級神に数えられる。武術全般を扱うことができるタイランの信者と違い、武具眷属十二神はそれぞれの武器の達人――否、達神らしい。当然、その信者もまた武具の扱いに長けた者ということになる。
「自分の身は自分で守れよ」
「勿論だ」
「あと、湖までの道案内も頼む」
「それくらい自分で調べておけよ――まぁいいけどな」
ということで、俺とライアート、そしてユマの三人で近くの湖を目指すことにした。
勿論、調査を兼ねて。
湖までの道はなく、岩場を上がっていくのだが、歩くにつれ普通の岩場ではないことに気付いた。
「このあたりは昔、川だったんじゃないか?」
用水路を作るという話をゼニードとしていたが、土地の形状、落ちている石などを見るとどうも元々このあたりは川だったように思える。
「よくわかったな。俺の曾爺さんの頃の話だが、川の水が汚染されて作物が全滅したことがあったそうだ。それで仕方なく、川を堰き止めたんだ」
「水が汚染? そんな水なら、魚を獲っても食べられないかもな」
「いや、湖は問題ない。問題はこの先の――ほら、見えてきたぞ」
ライアートが指さす森の一角。
何故かその部分だけ木が生えていない。蒼色の草が生えているだけだ。
見るからに土壌が汚染されており、そこに犬が一匹いた。
だが、ただの犬ではない。
肉の一部が腐り、骨まで見えている。
普通なら死んでいるはずの犬なのに立って歩いている。
「不死生物っ!?」
ユマがメイスを構える。
「ここは私に任せてください」
「待て、ユマっ!」
「《聖なる矢》っ!」
「待てって言ってるだろっ!」
俺が前に出たユマを後ろに引っ張る。
あらぬ方向に飛んでいく魔法の矢を見送りながら、ユマが抗議の声を上げる。
凄いデジャヴだ。
「またですかっ! 引っ張らないでくださいっ!」
「よく見ろ、あの犬、様子がおかしい」
「え?」
普通、不死生物というのは生きる者を襲う。勿論、以前に俺たちが出くわしたゴーストのような件もあるが、あれは例外中の例外だ。
あの不死生物犬、こっちに襲い掛かってくる様子はない。
それどころか、その場にゆっくり座り込み、動かなくなった。
そして、その肉体は徐々に崩れ、砂となっていく。
「まさか――聖域ですか?」
不死生物を浄化する聖域。その類だとユマは思ったようだ。
だが、聖域にしては妙だ。
聖域というのは聖なる気に満ちている空間だ。
しかし、これは違う。
「遥か昔に高名な僧が作ったらしいが、これは聖域の出来損ないだよ。不死生物どもをおびき寄せ、浄化する土地。そういえば聞こえはいいが、不死生物が持つ瘴気は浄化しきれず、大地に残る」
「そして、大地が受け止めきれずに川へと漏れだしたのが、ライアートの曾爺さんの時代だった……というわけか。聖域もどきをそのままにしている理由は?」
「まず、どうやって破壊すればいいのかわからない――ってのが一番の理由だがな。それに、これをどうにかしても汚染された大地が元に戻るわけではない。それなら村を不死生物から守ってもらえるから放置してもいいんじゃないかって思ったわけだ」
やれやれ、高名な僧とやらも、厄介な財産を残したものだ。
「聞いたことがあります。亜聖域と呼ばれる魔法により作られた場所が、世界に何カ所も残っているとか。これがそうなのですね」
どうやら、ユマも知識だけはあったようだ。
高名な僧とやらも、ラピス教徒の信者だったのかもしれないな。
「本物の聖域にすることはできないのか?」
「無理ですよ。聖域はラピス神が創るものです。我々人間に作れるものではありません」
だよな。
何年か前、ゼニードにも銭使いスキルで聖域を作ることができるか聞いたが、人間の力なら、十億ゴールド使っても聖域を数秒展開できるのが関の山なのだとか。
「なら、大地の浄化は?」
俺の問いに、ユマは汚染された場所に行き、土を手に取る。
「……汚染がひどいです。私一人ではとても……無理です」
「だろうな――まぁ、気にするな。ここ数年、瘴気の浸食が広がる様子はない。村まで汚染されることはないよ」
「そうか――なら、この場所を通らないように川を造り直せば、問題なく水路は作れるわけか」
「ははは、理論上はそうだが、いったいどれだけ金がかかるんだって話だな」
「だな、金は大事だよな」
俺はそう言って笑い、当初の予定通り湖を目指した。




