36話
ユマは村の教会に向かい、ハンもその護衛として同行させた。
リーナは監査係として早速、執務室で表裏合わせた帳簿の確認作業をしている。
ゼニードは屋敷の探検に赴いた。
その間、残った俺は人事の仕事をすることにした。
屋敷の中で働いていた使用人の若いメイド二名、老衛兵一名にゲズールが行っていた事を説明。ゲズールはベンリーとともに王都に連行されたことを伝えた。
使用人のひとりは明らかに狼狽えていたが、残りふたりは、ゲズールが連れていかれるところを目撃していたらしく、すぐに事情を理解したようだ。
「ゲズールがいなくなったことで、お前らとの雇用関係も解消されることになるが、俺のところで働くつもりはあるか? 働くとすると試用期間として一カ月雇用ののち、契約のし直しになる」
俺の問いに、使用人のメイド二人は働くと即答し、老衛兵だけは引退を申し出た。
もともとトトロット子爵家に仕えており、ゲズールの剣術指南役もしていたことがあるそうだが、ゲズールの不正を見抜けなかったことを反省し、隠居するそうだ。
まぁ、衛兵はハンにしてもらうつもりだったから、別にいなくなっても構わないが、かつての教え子の責任を取る爺さんか。
哀れというより、立派だと思える。
責任の取り方を理解している。
それをゲズールに継承してほしかったものだ。
去り行く老衛兵を見送り、俺はそう思った。
「執務の補助はベンリーがひとりでしていたようだな。さて、じゃあ、これからふたりの仕事っぷりを見せてもらおうかな」
主に料理の腕を見よう――そういう意味で言ったのだが、メイドのひとりが俺の前に跪き、
「では失礼します」
と俺のズボンに手を掛けた。
「って、待て待て、当たり前のように何を始めようとしているんだ?」
「……? メイドの仕事ですが」
なにを言っているんですか? という感じでそのメイドは言った。
ゲズールが捕まって狼狽していたメイドと同一人物とは思えない。
「やめろ」
「ご安心ください、私も、そこにいるキアレも先日配属されたばかりのメイドですので」
なにを安心しろって言うんだ?
自分はゲズールには抱かれていないから綺麗な体ですよっていいたいのか?
というか、あいつ、どこからメイドを派遣させたんだ?
「だからそういうのは間に合ってる」
「間に合って……あぁ、なるほど、そうですか」
「いや、待て。納得するな。ユマには手を出していない。アスカリーナ様にもな」
「なんとっ!? では――」
メイドが恐怖のあまり顔を引きつらせる。
「勘違いするな。ゼニードでははない」
出すわけないだろっ!
「女性ではない……ならば……(ポッ)」
もうひとりのメイドが顔を赤らめた。
「やめろ! ハン相手でもない」
とんでもない想像を働かせるな!
その後、メイドの本来の仕事として、料理の手際を見させてもらった。
ちょうど晩飯の準備をしていたそうなので、できている料理を味見した。
味は、そこそこ美味い。
大きな都市で店を開けば、行列ができる……とまではいかないが、しかしなんとか経営が成り立つレベルの腕はある。
十分及第点だ。
まぁ、俺が作った料理のほうが美味いけどな。
「じゃあ、ユマとハンが帰ってきたら、ゼニードとアスカリーナ様を呼んで食堂で飯を食っててくれ」
「ご主人様はどちらへ?」
「ちょっと会いたい奴がいるんでな」
俺はそう言ってほくそ笑んだ。
※※※
モヴェラットの小さな村にある唯一の食堂兼酒場――ライジング亭。
そこは仕事を終えた男たちの憩いの場でもあるらしい。
ライジング亭の扉を開けると、何人かの先客が既に飲み食いをしていた。
俺はカウンターに座る。
「とりあえずエールを頼む」
「あいよ。お客さん、冒険者かい?」
四十歳くらいの恰幅のいい女主人が、エールを木製ジョッキに注ぎながら俺に尋ねた。
「ああ。冒険者をさせてもらってるよ」
俺はそう言って、冒険者ギルドから発行されているカード型の冒険者証を見せた。別にこのカードを見せたら全品五パーセントオフになったり、ワンドリンク無料になったりする特典があるわけではないが、しかし身分証明書として信用されているため、よそ者への警戒心はいくらか和らぐ。
「へぇ、若いのに大変だね。はい、エールお待ち。つまみは芋でいいかい? まぁ、うちの店は基本これだけどね」
「ああ、それで構わない」
俺はチップ込みの代金で100ゴールドを渡す。
そして、細く切って塩で炒めただけの芋がテーブルに置かれた。
それを手で摘んで食べる。
フライドポテトに近いのかと思ったけれど、本当に焼いた芋だな。
素材の味が活かされているといえば聞こえがいいが、ほとんど素材と塩の味しかしないな。
「このあたりに大きな湖があるんだろ? そこで魚は獲れないのか? 見たところ並んでるのは芋と豆ばっかりだが」
「ダメだダメだ。あの湖には魔物が出るからな」
そう言って、先に酒を飲んでいた男が俺に話しかけてきた。
「魔物? どんな魔物なんだ?」
「グリフォンだよ」
「グリフォン……そりゃ厄介だな」
グリフォンというのは、鷲と獅子を合わせたような魔物だ。ライオンのような肉食獣だが、鳥獣に分類され、空を飛ぶこともできる。
なんであの巨体で空を飛べるのかは、魔物学者にとって永遠の謎ともいわれる。
一説によると魔力で飛んでいるらしいが、神の加護なくして魔法を発動できるわけもなく、結局謎のままだ。
「一年前に突然湖に現れてな。本来は番で行動するはずのグリフォンが何故か一頭だけ」
「確かに、厄介だが、俺にかかれば余裕だな。どうだ? 俺に依頼しないか?」
「ははは、面白いことを言う奴だな。そんな金、あるわけないだろ」
「この村の代官に金の支払いを頼めばいいんじゃないか? 新しく赴任されたんだろ」
「けっ、貴族なんて信用できるか」
貴族なんて信用できるか……か。
「なら、依頼はいいや。グリフォンは血も羽も最高の素材だからな。依頼がなくても討伐できれば最高の金になる。肉は放っておいたら腐っちまうから、みんなで焼いて食おうぜ」
「本当に言ってるのか?」
「ああ、本当だ。まぁ、普段からワイバーンとか狩ってる俺としては、グリフォンくらい余裕だよ。実際、過去に倒したこともある。さすがにブラックドラゴンをもう一度倒せと言われるのはごめんだがな」
「ブラックドラゴンか、そりゃ大きく出たな。ストラさん、この勇敢な冒険者に一杯! 俺の奢りだっ!」
「おやおや、ライアートが会ったばかりの男に酒を奢るなんてね。冒険者さん、グリフォン退治は明後日にした方がいいよ。明日は間違いなく雨が降るからね」
「ストラさん、それはない。俺だって酒を奢ることくらい……何年ぶりだろうな。ははははは」
そう言って、ライアートという男は俺の肩を叩いた。
そして、俺たちは閉店の時間まで飲み明かした。




