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33話

 こうして、モヴェラットで最初の仕事は幕を閉じた。

 といっても、幕を開くまでもないような事件だったけれど。

 俺の命令を聞いて灰狼(グレーウルフ)が捕まえてきたのが、ベンリーという男だったわけだ。

 このベンリーという男、簡単に捕まえたのだが、雇い主についてはまったく話そうとしない。十中八九ゲズールに雇われているんだろうと思って鎌をかけてみると、今度は自分は元々ゲズールの小間使いとして働いていたが、そこをクビになってゲズールに恨みを持っているような嘘っぽい自供を始めた。

 忠義に厚い奴は嫌いじゃないが、仕えるべき相手を間違えてるな。

 だが、犯人がわかれば、あとは簡単。

 モヴェラットの手前で転移魔法を使い、マテス宰相を証人として連れてこようとしたのだが、たまたまアスカリーナ王女とその護衛をしていた親衛隊の男装の麗人と遭遇。

 ちょうどアスカリーナ王女もこれからモヴェラットに出発する準備が整ったそうなので、ならばと事情を説明。

 それを聞いたアスカリーナは即座に俺とモヴェラットに行くことを了承してくれた。

 あとは、幻影魔法で自分の姿をベンリーに変え、可能な限り声を真似てゲズールに自供を促したというわけだ。

 声で怪しまれたときは、喉を痛めたという言い訳をするつもりだったのに、俺の声にまったく気付かないまま、ゲズールは自供してくれた。

 転移をするのにある程度金がかかったが、それに関しては、後でゲズールの実家のトトロット子爵に対して賠償請求しよう。


「ありがとうございます、アスカリーナ様」

「いえ、これも監査の務めです。しかし、まさかトンマ様が亡くなった原因も彼にあったとは」


 アスカリーナが驚くのも無理はない。

 トンマという男は、トトロット子爵家の現当主の弟であり、そしてゲズールの兄の名前だ。

 トンマがこのモヴェラットの代官として赴任することになったのは三年前のことだったらしい。

 この町に向かう途中、トンマが盗賊に殺されて死んだ。それを聞いたゲズールが冒険者を率いて盗賊団を根絶やしにした――と報告したそうだ。

 実際はその時から盗賊たちと結託していたそうだし、本当は盗賊を根絶やしになんてしていないんだろうな。もしかしたら、まったく無実の人間を捕まえてきて、そいつらを盗賊として処刑したのかもしれない。

 そのあたりはこれからゆっくりと取り調べしてもらうことにしよう。


「それでは姫様――この男は私が王都に連行し、貴族裁判にかけさせます。陛下の命令により、私の護衛任務はこの村に送り届けるまでになります。どうかご無事で」


 親衛隊の男装の麗人はゲズールを縄で縛って言った。

 貴族の罪は普通の裁判所では裁けないから、王都、もしくは公爵領にある貴族裁判所で罪を決める。

 ただ、今回の場合はおそらく、裁判が始まる前に彼の兄である現トトロット子爵から貴族の身分をはく奪され、平民として裁かれることになるだろうな。アスカリーナ王女が関わっている以上、ゲズールがこれまで賄賂を渡した貴族たちも彼を助けはしないだろう。せいぜい、ベンリーを見倣って自己犠牲のもと、他の貴族を巻き込まずに処刑されるんだな。

 俺は先ほどゲズールが開け、そのままにしている金庫を見た。

 そこそこため込んでいる。中にあるのは金貨1200枚――1200万ゴールドといったところか。この村の規模を考えるとまず稼げる額ではない。通行税やらなんやらでいろいろとむしり取っていたんだろうな。

 男装の麗人に連れられて行くゲズール。あと、ベンリーもいろいろと事情を知っているとして連行することになった。


 捕らえた盗賊たちは、全員地下牢に収監している。


 これで、全部終わったわけだが――


「あれ? ゼニードの奴はどこにいった?」

「そういえばいませんね。屋敷を探検してるのでしょうか?」

「屋敷探検って、子供じゃないんだから……いや、子供か」


 何百年、何千年生きていようとも精神が子供であることには変わりない。

 だが、なにがあるかわからないからな。

 ユマとハンに捜しにいかせるか。

「私とハンさんのふたりで探してきますね」


 俺がそう命令する前に、ユマはハンを伴って、そそくさと部屋を出ていった。

 なんなんだ、あいつは。

 アスカリーナを連れて来てから、なんとなく距離を感じるんだよな。


「……ユマ様」

「アスカリーナ様、ユマのことを知ってるのですか?」

「私のことはアスカ、もしくはリーナでよろしいですよ、タイガ様」

「准男爵ごときが王女様を呼び捨てするわけにはいきません」

「効率の問題です。“アスカリーナ様”と“アスカ”、その呼び方の差で一秒の差が生まれます。一日二十回、私の名前を呼んだとして二十秒。一年で七千秒以上の損が生まれます。約二時間の損です。敬語を使った妙な言い回しをすれば、さらに時間は増え、それこそ一日分の損になるかもしれません」

「……損……ね」


 極論だ。まず、“アスカリーナ様”と“アスカ”の差に1秒も差はない。

 普通に喋っていれば人間は一秒に七文字くらい喋れるので、その差はその半分、0.5秒程度だろう。

 しかし、それでも損という言葉は気に入らない。


「はぁ、公の場ではこれまで通り話すぞ、リーナ」


 ここでアスカではなくリーナと呼ぶのは、お前の思い通りにはいかないぞというせめてもの抵抗だ。


「俺のことも普段は呼び捨てでいいぞ。無理なら、ユマみたいにさん付け、もしくはタイガくんとでも呼んでくれ。様は性に合わん」

「それはお断りします」

「なっ!」


 ここはお互い呼び捨てで進めるシーンだろう。


「申し訳ありませんが、これは譲れません。そもそも、この口調は私の普段の口調ですから。それに、そういう親しい呼び名はあの方と少しだけ被ってしまいますから」

 あの方……ね。

 それが誰なのかは問わない。藪蛇なのは目に見えている。


「リーナはユマと知り合いなのか?」

「いいえ、初対面……のはずなのですけれど」

「そうなのか?」


 てっきり、ユマは自分の正体がバレるのが嫌で、リーナと顔を合わせないようにしていると思っていたけど、違うのか? 

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