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30話

 出発の準備も整い、俺たちは幌付きの馬車で移動を開始した。キーゲン男爵が用意した馬車をそのまま俺がもらい受けた感じになっている。彼は暫く王都で仕事をしてから、クライアン侯爵の息子さんが己の領主町に戻る時、その馬車に一緒に乗って帰るそうだ。

 王子である俺に恩を売ろうとしたのだろう。

「では、タイガくん。旅の無事を祈っておるよ。それと、君から買ったネギ、相変わらずとても美味だった」

 そう言ってライサン子爵は俺の手を握った。

 この町に来たときに、催促されてネギを売っていたが、まぁ、喜んでくれるなら嬉しい。

「それは丁寧に育てた甲斐がありました」

「本当に美味しかったよ。まだあるのなら少し分けてほしいくらいだ……というか本当に分けてくれないか?」

 ライサン子爵が俺の手を強く握る。

 怖い怖い、俺のネギに中毒性なんてなかったはずだが。

「わかりました」

 本当は断りたいが、しかし相手は子爵であり未来の侯爵。それに、喜んで食べてくれるというのならありがたい。

「助かったよ。実は私も好きなんだが、これを食べたトトロット子爵をはじめ、多くの貴族たちも気に入ったようでね。是非売っている場所を教えてほしいと言うんだ。そうだ、今度は青ネギではなく、白ネギを送ってくれないか?」

 知らぬ間に、俺のネギが貴族御用達みたいな扱いになっているんだが。

 そういえば、マテス宰相にも昨日、ネギを渡したんだが、マテス宰相から国王の口に入り、王室御用達にでもなったら大変だ。俺が食べる分のネギがなくなってしまう。

 いっそのことネギの大規模栽培でも始めるか……ってそんな時間はないか。

 こうして、ネギを強奪された俺は、そのまま馬車にのりモヴェラットを目指した。


 モヴェラットは直線距離だけなら王都から一週間で着くのだけれども、その周辺は山が多く、その山間を移動する道を使うのでかなり大回りになり、倍の二週間ほどの旅路になる。その間、俺たちはのんびり旅をすることになった。

 ほとんどの荷物はインベントリに収納しているので、広々と使うことができる。


 ※※※


 モヴェラットの村の近くまでやって来られたのは、王都を出てから十日後のことだった。

 いよいよ、モヴェラットへの旅も大詰めだ。


「ハン、今日も任せたぞ。夜にはモヴェラットに着く」


 マテス宰相の知り合いの知り合いのコネを使い、ハンを俺の配下に加えることに成功し、今回の旅に同行させている。


「うむ、任せろ、我が主人よ」


 ハンの俺への呼称が主人に変わったが、まぁ奴隷と主人の関係だからあえて訂正するつもりはない。


「……………………」

「ユマ、まだ機嫌が悪いのか?」


 転移の金については、散々糾弾されたあと、「まぁ、タイガさんですから、多めに請求されていることは気付いていたんですけどね」と勝手に納得し、それで終わった。

 それからは普通にラピス教徒の教義を説かれたり、聖書の読み聞かせに強制参加させられたり、未確認生物の目撃情報談を聞かされたりと、ユマの仕事・趣味全開の話に付き合わされたのだけれども、今は黙り込んでいる。


「おーい、ユマ、無視するな」

「……話しかけないでください」


 どうやら、本当に機嫌が悪いようだ。

 彼女はそれだけを言うと、口を噤み、俺の方を見ずに外の景色をじっと見ていた。

 なんだ、なにを怒ってるんだ?


「おーい、ユマ」


 俺がユマの肩を叩いた直後だった。

 ユマは口を押さえ、


「うぅぅぅぅっ」


 目に涙を浮かべる。その顔色は真っ白だ。


「なんだ、ただの馬車酔いか。10ゴールドで、とりあえず酔いを解消してやるぞ? 特別にスキルの原価設定だ」

 俺が言うと、ユマは大銅貨を巾着袋から取り出して俺に渡したので、約束通り低級の回復魔法をかけてやる。

「馬車酔いならこれで十分だろ?」

「馬車酔いじゃないですっ! ネギ酔いですっ! なんで馬車の中にネギを置いてるんですかっ! 昨日みたいに屋根の上に置いてくださいよ」

「いや、このあたりの森はネギを食べる虫が多そうだから、中にいれておこうと思ってな。そうだ、車酔いを予防するには、アルカリ性の食べ物を食べるといいんだぞ」


 胃の中が酸性に偏らないようにするための方法だ。


「アルカリ性の食べ物といえばネギだ。どうだ? 食べるか?」

「ネギの臭いのせいで気分が悪いんですよっ! ……まだ気分が悪いです」


 ユマがげんなりした表情で、睨みつけるようにネギを見た。


「まったく、ユマはネギの臭いくらいで情けないの」


 ユマと違い、ゼニードは余裕そうだ。

 まぁ、こいつはずっとネギの香りの中で育ったからな。いまさらネギの香りを不快に思ったりしないだろう。


「それに、そのうち、ネギの臭いがどうとか言っておられなくなるからの」


 ゼニードが含みのあることを言った。

 どういう意味かわかっていないユマは顔を青白くさせながら、口をパクパクと開く。

 が、本当に気分が悪いのだろう、言葉になっていない。


「この青ネギも青白ければ、ユマの顔も青白いの」

「くだらないことを言うな」


 少しうまいと思ってしまったが、本当にそれどころではなさそうだ。

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