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6話


 俺の予想通り、武道家ハンは戦闘奴隷として一生を過ごすことになり、その弟子たちも一般奴隷堕ちとなり、全員その日のうちに奴隷商の檻の中に収監された。


「タイガ・ゴールドさん、さすがです! たった半日であの盗賊団、ブドウパンを全員捕縛して戻ってくるなんて! こちら、報酬の2000ゴールドと、特別報酬の45万8750ゴールドになります!」


 いつもよりもさらに大きな声で、セリカはその額を告げた。

 50万ゴールドにも迫ろうかという金額は、当然ながら冒険者ギルドの中でも破格の報酬である。それをあえて周囲の人間に伝えることにより、今後同様の依頼があった時に他の冒険者に依頼を受けさせる算段なのだろう。

 正直、今回のように単独で二十人もの盗賊団を生きたまま捕縛することなど不可能に近い。生きたまま、しかも五体満足で捕らえることは殺すよりも難しいからだ。

 まぁ、それでも事情を知らないバカは幾人かいるらしく、


「くそっ、盗賊退治ってそんなにウマい仕事だったのかっ! 今度あったら俺が受けてやるぜ」


 などと息巻いていた。

 セリカの作戦通りといったところか。


「セリカ、あれはブドウパンじゃなくて、武道家ハンって名乗ってただけだったぞ。それに盗賊団でもなかった」

「ユマさんからもそう伺ってます。しかし、悪意がなかったとしても、集団で盗賊行為をしていたことには違いありませんので、盗賊団となりました」


 情報の間違いについては、特にセリカは悪びれる様子もなく言った。まぁ、本当に間違った情報をもたらしたのは、ハンに襲われ、負けて帰ってきた傭兵や冒険者たちだし、その情報を纏めて依頼として持ってきたのはキーゲン男爵だから、セリカに落ち度がないのも事実だ。

 俺は受け取った金と返ってきた馬車の保証金を、綺麗な額になるよう端数を除いて貯金する。


【入金:56万0000ゴールド】

【現在残高:641万2000ゴールド】


 なかなかの儲けだ。戦利品の純金下駄は、現在金相場がやや下がっているので換金せずにインベントリの中で眠らせることにした。

 残った小銀貨と大銅貨をポケットに入れ、俺は冒険者ギルド内の奥にある狭い階段を上がっていく。

 冒険者ギルドの二階は冒険者用の宿になっていて、俺の現在の拠点となっている。


「で、なんであんたがついてくるんだ?」


 振り返ると、そこには色ボケ修道女のユマがいた。

 ユマはこの町に来てから、セリカに事情聴取を受けていた。出会った場所が出会った場所だけに、ハンの仲間の可能性もあったからだ。しかし教会に問い合わせた結果、確かに教会に登録されている修道女であることが確認され、容疑は晴れて自由の身になったはずだ。


「セリカ様から、今夜泊まるところがなければタイガ様のところに泊まるようにと伺いまして」

「俺は許可していない。許可もしない。教会で泊まればいいだろ?」

「この町の教会は私の寝る場所を用意できないそうです。タイガ様の部屋にはベッドが三つあり、一つが空いていると伺いました」

「空いていても泊める義務はない。そもそも、修道女が見知らぬ男の部屋に泊まるって大問題じゃないのか?」

「なぜですか?」

「それを俺に聞くのか?」


 俺の質問に、ユマは首を傾げて考えた。

 世間知らずのお嬢様っぽいとは思っていたが、まさか本気で尋ねているわけではないだろう。

 セリカから、あいつが一緒の部屋にいることを聞かされているのか? それとも痴女なのか?


「あ、わかりました。タイガ様のいびきがうるさくても、私にはこの耳栓がありますから大丈夫ですっ!」


 ユマが取り出した耳栓――木製で小さなコルクのような形をしている――を見て、彼女は本当に俺の言葉の意味がわかっていないのだろうと悟った。


「で、いくら出せる?」

「え?」

「まさか、ロハで泊まろうって言うんじゃないだろうな? 金を払えるのか?」

「またお金ですか……お金よりも大事なものがあるはずですが」


 ユマは小さく息を漏らす。しかし、ここで【愛は絶対論争】を再開するつもりはないらしく、


「いくらですか?」


 と俺に値段を聞いてきた。値段を聞いたのはこちらなのだが、まぁいいか。


「30ゴールド、食事も込みなら50ゴールドだな」

「……それって、ずいぶんお安いのでは?」


 世間知らずだけど物の相場は理解しているのか、それとも普段は何千ゴールドという高級宿に泊まっているのかはわからなかった。


「これ以上ふっかけたことがセリカに知られたら、俺の信用に関わるからな」

「とりあえず明日の分も含めて、こちらでよろしいですか?」


 ユマはガマ口の財布から、小銀貨を一枚取り出して俺に渡した。

 俺は小銀貨を受け取ると、代わりにポケットから大銅貨五枚を抜き取り、ユマに渡す。


「悪いが泊めるのは今日だけだ。明日からは町の宿でも探せ。それと、同居人がかなりうるさいが文句を言うなよ」


 俺はそう言うと階段を上り、自分の部屋の扉を開けた。

 そこにはピンク色の髪を持つ見た目十歳くらいの幼女がいた。暇だったのか、それとも俺の指導鞭撻のたまものか、部屋のネギになにか話しかけていたようだが、彼女は俺を見つけると八重歯まで見えるような笑顔で俺に話しかけた。


「おぉ、タイガ。遅かったではないか」

「いろいろあってな。その傷はどうした?」


 幼女の顏にはひっかき傷のような怪我があちこちにあった。


「ちと神獣とやりあっての、決着こそつかなかったが、しかし妾の恐ろしさを彼奴に植え付けることはできた。次は負けん」


 ……神獣? あぁ、タイニャーとか名付けていた野良のトラネコのことか。

 最近、よくケンカになってるってセリカから聞いたことがある。


「ところで、そやつはなんじゃ? 主のこれか?」


 ゼニードが小指を立てて下品な勘繰りをしてきた。

「ただの宿無しだ。今夜泊めてやるだけの女だよ」


 仮に俺にそんな女がいたとしても、この幼女がいるこの部屋には絶対に連れてこない。


「はじめまして、ユマと申します」


 見た目は年下相手だというのに、ユマは丁寧に頭を下げた。


「その服は、ラピスのところの修道女か。妾はゼニード。誇り高き金の神じゃ。敬うがよかろう」

「ゼニード……え?」

 

 この幼女こそ、俺がこの世界にやってくるきっかけとなった、あのゼニードの現在の姿だ。

 俺とゼニードとの出会い――小金大河にとっての再会は今から五年も前に遡る……が回想に入るその前に。


「おい、ゼニードっ! プランターの土が乾燥してるじゃないか。お前、水やりサボっただろっ!」

「はっ、忘れておった」

「ネギたちが枯れちまうだろう。ただでさえお前がこの部屋でトラネコと暴れまわったせいでチョウカク、チョウリョウ、チョウホウ、チョウマンセイがプランターごとベランダの下に落ちて死んじまったんだからな」

「タイガさん、そのチョーカクやチョーリョーというのは?」

「見てわかれ。ネギの名前だよ」


 俺の部屋では趣味と実益を兼ねてネギの栽培をしている。


「ネギですか……それで部屋に入った時……こほん」

「あぁ、ネギ臭かったか? すぐに慣れるから気にするな」


 俺の部屋がネギ臭いことは自分でもわかっている。


「花瓶にもネギを入れているのですか?」

「ネギは水耕栽培も可能だからな」


 ネギを調理する時、根の部分を残して水に浸せば再度ネギが生えてくる。


「はぁ……そうなんですか。ところで、あのゼニードちゃんなんですけど、タイガさんの娘さんですか?」

「俺はまだ二十歳だぞ? あんなでかい子供がいるか。あれは……なんだ、まぁ腐れ縁で一緒にいるだけだ。神と同じ名前なせいで自称神を名乗っているが気にするなよ」

「自称ではない、妾は神じゃっ!」


 ゼニードが怒って言うが、ユマは、

「そうなんですか、ふふふ、可愛いですね」

 と頷いて俺の意見を信じることにした。

 まぁ、あんなガキがこの世界を創ったと言われる始祖の七柱のうちの一柱の神だなんて、誰も信じないよな。そのほうが俺にとっても都合がいい。彼女が本物の神だと知られたら、その力を悪用しようとする奴が近づいてくるかもしれないからな。ゼニードが封印されていた柱の穴も、あのあと(・・・・)誰にもばれないようにこっそり塞いでおいた。ゼニードが神だという証拠はもうどこにもない。


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