24話
晩餐会の翌日。
俺は貸し与えられている部屋でため息をついた。
そこに、ゼニードが入ってきた。
「タイガ、妾の食事はどこじゃっ!?」
「ほら、ここだよ」
俺はインベントリからテーブルの上に食事を並べた。
ゼニードが起きたのは朝の十一時のことだ。朝ごはんを食べ損ねたと、俺の話を聞かずに部屋を飛び出して食堂へと向かった。朝飯はインベントリに保存していると説明する間もなく。
「もうすぐ昼飯だぞ?」
「妾は朝ごはんをしっかり食べないと頭が働かないのじゃ」
「朝ごはんをしっかり食べる奴は、朝しっかり起きるんだよ」
俺の悪態を無視して、ゼニードは朝食を食べ始めた。
「タイガが作る食事には劣るが、市場で食べる食事よりは遥かに美味じゃ」
「いいから黙って食べろ……こっちはアスカリーナのこととかでいろいろと困ってるんだよ」
「アスカリーナは無視すればよいのではないか? その女と接点を持つのもこの国におる間だけじゃし、まぁ、婚約については国を取り戻してから考えればよい。それまでタイガは自分が王子であると公表するつもりはないのであろう?」
「公表するつもりはないが、接点云々については問題があってな。さっき、手紙が届いたんだ」
「ブラックドラゴンの査定が終わったのじゃなっ!?」
「あぁ、終わったが問題はそっちじゃない。もう一通のほうだ」
「もう一通? ワイバーンの査定かの?」
「それはとっくに終わってる。もう一通っていうのは、国王陛下から勅命を賜ったんだ」
俺はそう言って、手紙をゼニードに見せた。
先ほど届いた封書であり、ゼニードが起きる少し前までキーゲン男爵と額を突き合わせて話し合ってたところだ。
ゼニードは俺が渡した手紙を見て皺を作りにらめっこする。
手紙は合計七枚あり、長々と勅命の内容が書かれている。
「む……長ったらしい文章じゃな。本題がまるで見えん。つまり、どういうわけじゃ?」
「国王は俺を試すつもりのようだ。具体的に書かれているのは六つだな」
俺は端的に説明した。
・王家直轄領にある街「モヴェラット」の代官に俺を任命する。
・代官になる期間は最長二年間。
・二年以内に一定の成果を上げれば、俺の望みである旧ヘノワール辺境伯領の事案について再度議題に挙げる。
・「モヴェラット」の代官である間、俺に准男爵の爵位を授ける。
・国からの支援はない。
・監査役として、アスカリーナを派遣する。
「監査役に一国の王女? 何故じゃ? まさか、正体に気付かれたのではあるまいな?」
「俺もそう思ってキーゲン男爵に聞いてみたんだが、どうやら違うらしい」
どうやら、アスカリーナが時間を見ては、サクティス王国の生存者を捜したり、俺を捜したりしていることが問題になっているらしい。特に、今回はワイバーンに襲われるという事件も起きた。貴族たちの間には、とっととアスカリーナを結婚させるべきだという風潮が高まっているらしい。
しかし、アスカリーナは誰とも結婚するつもりはない。
国王陛下はアスカリーナの意思を尊重し、彼女を監査役として公務につかせることにした。王都から離れた場所で二年間も仕事をしていれば、そのうち結婚すべしという風潮も落ち着きを見せるだろう。
「というのは表向きの理由で、俺がヘノワール辺境伯領を取り戻した時、俺を王族側に取り込む算段だろう。平民だった俺が、万が一にも国内最大の領土であるヘノワール辺境伯領の領主になったときのことを考えれば、まぁ縁故みたいなものはあったほうがいいと思うだろうな」
「ん? つまり、国王はタイガがヘノワール辺境伯領を取り戻せると信じておる……ということか?」
「あくまでも保険だろうよ。あくまでもな」
そうゼニードには話したけれど、結局のところ推測の域を出ない。
キーゲン男爵も言っていたが、まともに考えればありえないことらしい。
「それで、これがついさっき、マテス宰相から届いた手紙だ」
マテス宰相からの手紙は今回の件とは直接の関係はない。
具体的に言うと、軍を神竜の爪痕へと派遣し、北方の防備をより強固なものにするとのことだった。魔族がブラックドラゴンを使ってノスティアに被害を出した以上、魔族が攻め込んでくる可能性が高く、警戒が必要だという判断だそうだ。
「あと、マテス宰相が裏で手をまわしてハンを俺の手駒に加えることが可能になった」
「ハン? 誰じゃ、それは?」
「お前の遺跡を壊していた武闘集団の頭領だよ。忘れたのか?」
と言ったが、ハンとゼニードは直接関わり合いになることはなかった。
俺から名前を聞いただけなので、覚えていなくても無理はない。
「まぁそこそこ使える人材だ。あと、ユマだな、モヴェラットにはラピス教の教会があるが三年前から管理者が不在らしいし、ちょうどいい」
「本人に許可はもらったのか?」
「当然まだだ」
まぁ、そのあたりはなんとでもなるだろう。
「ゼニード、お前は王都に残るか? マテス宰相の屋敷なら菓子を食べられるぞ。それとも俺と一緒に来るか?」
「是非も無しじゃ!」
「どっちだよ」
カッコいい台詞を言いたかっただけだろ。
「ついていくに決まっておろう。時代はスローライフじゃ!」
「時代もなにも、お前は都会でも田舎でもスローライフを満喫しているだろ」
仕事もせずに遊び歩く毎日じゃないか。
行商をしていたときに使っていた町の転移ポイントを削除し、その代わりにマテス宰相の屋敷の一室を転移ポイントに設定させてもらった。
だから、いつでもこっそり王都に帰ることはできる。ゼニードが田舎の生活に飽きたらこっちに転移したらいいさ。




