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23話

「そりゃいるじゃろ、婚約者。忘れておったのか? 愚か者じゃな」

 晩餐会も無事に終え、帰ってきた俺にゼニードから辛辣な言葉が飛んでくる。

 どうやら晩餐会に行けなかったことを拗ねているらしい。

「いや、忘れるもなにも、俺に婚約者がいるなんて話、初耳なんだが」

「初耳もなにも、貴様が願ったのではないか。婚約者が欲しいと」

「馬鹿言え。婚約者なんて、自分の国を取り戻すこともできていないのにそんなの望むわけがないだろ」


 ゼニードと再会してから、俺は恋愛事なんてほとんどしていない。

 恋愛は金がかかるからな。勿論、金を貢がせる恋愛というのも存在するのは知っているが、さすがにそんな恋愛を望みたいとは思わなかった。


「その前の話じゃ。本当に忘れておるのか?」

「忘れるもなにも、その前ってお前と出会ったときには既に国は滅んでいて……」


 いや、違う。

 こいつと最初に出会った時は、五年前ではない。

 前世、つまり小金大河の時のことを言っているのではないか?

 あのとき、俺とゼニードはどんな話をした?


 そうだ、思い出してきた。

 確かに俺はゼニードにいっぱい要望を伝えた。


『両親が優しくて』


 最初の要望。陛下は厳しくも俺に優しく、そして母上もまた優しかった。

 だが、それだけじゃない。

 そう、俺はこう言ったんだ。


『あと、第一王子で十五歳ということは許嫁とかいますよね? その許嫁相手が美人で性格がよければいいです』


 言った! 確かに俺は言っていた!

 ゼニードの奴も善処するって言っていた。


「じゃあ、あの時の願いで、アスカリーナが俺の婚約者になったって言うのか?」

「うむ、そういうことじゃろうな」


 頭が痛くなってきた。

 確かに、小金大河である俺は、異世界で王子として生まれ変わるときは美人の許嫁が欲しいと願った。しかし、事情は大きく変わっている。

 現在の俺は、恋愛にかまけている暇なんてない。


「はぁ……頭が痛い」

「しかし、タイガ。事情が変わったのは向こうとて同じじゃろ。サクティス王国は滅び、お主は行方不明という扱いになっておる。というより、多くの者は死んだと思っているじゃろう。ぶっちゃけ、婚約はなかったことになっておるのではないか?」

「俺もそう思ったんだが、何故かアスカリーナは婚約を破棄していないらしい。それどころか、サクティス王国からこの国に逃げてきた人たちを保護してまわりながら、俺の行方を捜しているらしい」


 ワイバーンに襲われたとき彼女が行こうとしていたのも、とある港町にタイガ・サクティスが現れたという噂を聞いて駆けつける途中だったらしい。まぁ、俺はあの頃はノスティア周辺にしかいなかったので、当然、港町にいたという自称タイガ・サクティスさんと俺とは別人だ。その自称タイガ・サクティスさんは詐欺の容疑で現在拘留中、裁判待ちらしい。


「王族を騙っての詐欺は良くて死刑、悪くて死刑だっていうのによくやるよな」

「どちらにせよ死刑というわけか」

「ああ。良くて単身の死刑か、最悪一族郎党死刑くらいの区別はある」

「王族を騙って悪事を働くのは、革命等の火種になりかねんからやむをえんな。世の中には偽者であると気付いていながら利用する悪人もおるからの。妾も全盛期には偽物の神ばかりが出てきて困ったもんじゃ」


 ゼニードはそう言いながら、砂糖菓子を食べた。


「話は戻すが、とりあえず晩餐会のほうはうまくいったぞ」

「うむ、タイガが持ち帰ったドラゴンのステーキはうまかったぞ。鶏肉に近い味なのじゃな。そういえば、こういう話をしっておるか? 恐竜というのは、爬虫類よりもむしろ鳥類に近く、羽毛が生えている恐竜もいたというはなしじゃ。つまり、ドラゴンが鶏肉に近いのも頷けるわけじゃ」

「さすがゼニードだな。高級ドラゴンステーキをチキンステーキと一緒にするとは」

「まぁ、妾じゃから当然じゃな」


 ドラゴンステーキは貴族をはじめとしたお偉いさんたちが全部持って帰ってしまったので、仕方なく市場で鶏肉を買って帰ってきたわけだが、ゼニードを騙すにはこれで十分だったようだ。


「とりあえず、貴族たちに俺の実力を誇示することはできたし、富豪たちとも顔繋ぎができた。今後、ヘノワール辺境伯領を取り戻した時、復興の出資をしてくれる手筈は整ったよ」

「捕らぬ狸の皮算用という言葉を知っているか?」

「狸の足跡くらいは見つけたって言ってるんだよ」

「少なくとも実物を見んと安心できんの。それより、ブラックドラゴンはいくらで売れたのじゃ?」


 ゼニードが前のめりで聞いてきた。


「あぁ、それは明日、朝一番に手紙で報告が来ることになっている。とにかく、今日は枕を高くして眠れるぞ」


 俺はそう言って、笑った。


 翌朝に届く手紙の内容が、俺の予想と大きく異なるものだということも知らずに。

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