22話
そして、時は晩餐会の日に戻る。
俺はキーゲン男爵とクイーナに、自分の正体を明かした。
「まさか……タイガ・ゴールドがサクティス王国の王子殿下……」
キーゲン男爵は俺の方を向き、膝を床につき、額も床にこすりつけた。
「これまでのご無礼、大変申し訳ございませんでした」
謝罪をしているが、それ以上に非常に悔しそうな声だと思った。
俺に頭を下げるのが嫌なのだろう。
「気にすんな。亡国の王子と言えば聞こえはいいが、身分はいまのところ平民だしな。土下座は俺が国と身分を取り戻してからにしてくれ」
「取り戻したら土下座させるのですね」
クイーナが独り言のように呟いた。
キーゲン男爵と違い、クイーナはすぐに平静を取り戻しているようだ。
肝が据わっているのか? とこの時は思ったが、後から聞いた話では、「ゼニード様と一緒に行動なさっているのですから只者ではないことはわかっていました」とのこと。
ゼニードありきの評価基準だ。
「では、こちらの方は?」
クイーナはケイハルトを見て尋ねた。
「ケイハルト・マッケンロイ。ケイハルトの父親はサクティス王国の騎士団長で、俺とは幼馴染み兼兄弟弟子のようなもんだな。子供の頃から剣を交わした間柄だ」
ケイハルトと決闘する前に言った『三つの目』というのも、俺たちの暗号だ。
一つの目とは、自分の目であり、一人で行う訓練のこと。
二つの目とは、自分と相手の目であり、二人で行う試合のこと。
本来ならば、あそこでケイハルトとの試合は、この『二つの目』のはずだった。しかし、ケイハルトは『三つの目』と言った。
三つの目とは、自分と相手、そして観客の目であり、周囲を楽しませるための殺陣のこと。
いまから行うのはあくまでも訓練であり、実際に斬りあってはいけない。という俺たちの中の決まり事の合図のようなものだった。
まぁ、その殺陣が白熱し、殴り合いに発展するのもまた俺たちの中では日常だった。
マテス宰相とキーゲン男爵、そしてクイーナは部屋を出ていくことにした。
久しぶりにあった幼馴染みだから積もる話もあるだろうと気を利かしてくれたようだ。
「お久しぶりです、殿下。覚えてくださって光栄です」
ケイハルトが跪き、俺にそう言った。
「おいおい、堅苦しい挨拶はやめろって。昔みたいにタメ口でいいぞ。一応、お前は俺の兄弟子なんだからな」
「……そうか。じゃあ言わせてもらうが、あの剣はなんだ? お前、剣術をさぼっただろう。昔の方が強かったぞ」
「いきなりだな。まぁ、剣術はサボっていたが、俺の得意技はこっちだからな」
と手のひらに銅貨を取り出し、軽く上に弾いてから受け止める。
「まぁ、殿下は昔から金勘定には細かかったからな。知っているか? 経理部長が泣きながら陛下に、『殿下に経理部に近付かないようにしてください』と懇願していたことがあるぞ」
「それは……悪かった」
王子だった頃は今以上に遠慮がなかったからな。
ゼニードから銭使いのスキルを授かった俺は、その影響だろうか、物心ついた時から鐘の流れに敏感になっていた。
そのため、経理部にふらっと近付いては、勝手に監査をしては、不要な支出を徹底して排除させていたことがあった。特に貴族たちへの賄賂などはすべて無くそうとしていた。
いまなら、ある程度の余分な予算が必要なことくらいわかっている。
現代日本では絶対に許されないが、こっちの世界では賄賂もまた必要悪であることを理解している。
……あの経理部長、元気にしているだろうか? そもそも生きているだろうか?
国を捨てて逃げる時からその姿を見ていないし、情報も手に入っていない。ただ、実家がこのマイヤース王国にあるそうなので、生きているとしたらこの国のどこかにいるだろう。
「まぁ、積もる話はあるが、ケイハルトはなんでこの国で兵隊なんてやってるんだ?」
ケイハルトとは、五年前に別れてからそれっきり連絡も取りあっていなかった。
もしかしたら、もう死んでいるんじゃないかと思っていたが、まさか王都で平民の星と呼ばれているとは。
王都で見つけた時は、正直心臓が飛び出るんじゃないかというくらい驚いた。
「まぁ、殿下はいずれ兵力を必要とするだろうって思っていたからな。傭兵組織を作って、戦う仲間を増やしていたんだ。人数は五十人くらいだが、全員一騎当千の猛者揃いだぞ。どのみち魔族相手にするには、大軍を率いても意味がないからな」
魔族には普通の物理攻撃は通用しない。
攻撃するには、ミスリルなどの特別な金属の武器や魔剣等の魔法の武具、もしくは魔法でないといけない。
当然、数は用意できないから、ケイハルトの言う通り魔族を相手にするときは大軍は無意味だ。もっとも、魔族の配下である雑兵の相手には戦力が必要になるけれど、最初から俺は大軍対大軍による消耗戦をするつもりはない。
千人の兵より一騎当千の兵を必要としているのは確かだ。
「殿下の考えはわかっているつもりだ」
「俺のことはなんでもわかっているつもりになるなよ。あと、俺のために頑張るつもりなら、傭兵なんてやめて、とっとと貴族になってくれたらいいのに」
「俺が成人したとき、サクティス王国に忠誠を誓った。国が滅びても誓いを破るつもりはない。他国の騎士になんてならない」
「耳が痛いな。目的のために、他国の貴族になろうとしている俺にとっては」
「レイク陛下もこの国で貴族の爵位を持っていらっしゃった。それは問題ないだろ」
「そうだな」
俺はそう言って、知りたいことを知って、ようやく落ち着いた。
「ところで、殿下。殿下の正体を知っているのはあとは誰だ?」
「数はあまりいないが、まずはガンツの爺さんだな」
「げっ、あのゲンコツ爺さん。まだ生きていたのか」
子供の頃、ケイハルトと悪戯をした時は、いつもガンツに怒られたものだ。
「それと、飯炊きのユンナ姉さん。覚えてるだろ? お前の初恋の相手」
「そのことは言うな。ユンナさん生きていたのか……結婚していたよな?」
「旦那さんは死んだらしいよ。逃げる時にな」
「そうか……」
「でも、子供を授かっていたようでな。いまは安全な町でお母さんをやってるよ。住所を教えてやるから、今度会いに行ってやれ。きっと喜ぶよ」
「ああ、そうさせてもらう」
俺たちは、離れ離れだった五年間を取り戻すように話し続けた。
お互いの近況や情報交換がほとんどだったけれど。
「ところで、アスカリーナ王女はお前の正体を知らないのか? 楽しそうにダンスをしていたが」
「あぁ、伝えてない。昔馴染みといえば昔馴染みだが、数回会っただけだし、俺とは無関係だからな」
「……殿下、本当に知らないのか?」
知らない?
いったいなんのことだ?
「アスカリーナ王女は、殿下の婚約者だろ?」
「…………?」
あれ? こんやくしゃってどういう意味の言葉だったっけ?




