20話
時はマテス宰相と秘密裏に会談した日に遡る。
「ただの悪巧みです」
俺の目的を話したところ、マテス宰相は怪訝な表情をしたが、すぐに考えるのをやめたようだ。
「悪巧み、だと? ふん、くだらん。そんなことより――」
「私がマテス宰相への贈り物に、このワインを選んだ理由ですか?」
俺はワインを見て言った。
正直言って、このワインは高い物ではない。値段で言うのなら、この部屋に入るために警備の男に渡した賄賂の十分の一にも満たないくらいだ。
そんな安物をわざわざ送った理由が知りたいのだろう。
「サクティス王国の北方、ブルノス地方のワインです。葡萄は冷気に弱く、極寒の土地では決して育たないと言われていた。だが、このワインに使われている葡萄は錬金術師たちによる七十年の品種改良により、寒さに強い葡萄が生み出された。この葡萄で作られたワインは普通のワインと比べて独特な渋味を持ち、大衆受けはしないもののコアなファンを獲得した」
「私はワインの講釈を聞くつもりはない」
「サクティス王国の国王――レイク陛下は仰った。『我が国のワインは逆境を耐え抜き、成長する国民の気質をそのまま受け継いだようなワインだ。一癖も二癖もある、じゃじゃ馬ワインだ。非常に面白い』とね」
「…………じゃじゃ馬ワインか。確かに私にはいまだにこのワインを乗りこなす――飲みこなすことはできん。レイクからこのワインを飲ませて貰ったときは、なんてワインを飲ませるのだと思ったものだ」
遠い目を浮かべた。涙こそ出ていないが、その表情は悲哀に満ちている。
「レイク陛下とマテス宰相は親友だったんですよね」
「ふん、そこまで調べておったか」
マテス宰相は俺を睨みつける。
「ならば、これは知っているであろう。魔族に攻め込まれたとき、レイクは避難するすべての人民を王都に匿った。しかし、魔族の甘言に耳を傾けてしまった愚かな平民たちの手によって王都は内側から崩壊――魔族によって滅ぼされた。それからだ――儂は思った。平民に甘い顔を見せれば、奴らは受けた恩を忘れて裏切る」
だから、マテス宰相は変わった。
貴族第一主義を掲げ、貴族が平民を徹底的に管理しないといけないと言った。
「そんなことはないだろ。貴族も平民も関係ない。悪い人間もいれば良い人間もいるもんだろ?」
俺は敬語をやめ、マテス宰相にそう説いた。
「そんなことはない。儂は亡きレイクが最後に抱いた恨みを晴らすため――」
「違う! 陛下は誰も恨んでなんていない。陛下は最後に俺に言った。『民を救うのだ。それが王族である自分たちの務めだ』と。俺にもそのことを忘れないように言った」
「……貴様、いったい何を……待て、タイガ・ゴールドだと? そういえばレイクの息子の名前は……それに、確か息子は生まれながらに神の祝福を受けているとレイクが――」
俺の神名、ゴールドは世間一般には知られていない。知っていたのは俺の両親を含めたごく一部だ。生まれながらに神の祝福を受けていることが知られたら、要らぬ問題を生んでしまいかねないと思ったからだろう。
「まさか、貴様……いや、あなたは――」
「改めて、自己紹介を申し上げます。私はレイク・サクティス・ゴルアの第一子、タイガ・サクティス・ゴールドでございます」
俺はそう言い、インベントリから王家の人間のみが持つことを許されるサクティス王国の紋章の入った短剣を取り出した。
「この短剣――見覚えがある。まさか本当に――!? 生きておられたのですか、殿下」
「ええ。父のお陰で恥ずかしながら生きながらえました」
俺は語った。
王城が滅んだあの日から、俺がどうやって生き延びたのかを。
マテス宰相は黙ってその話を聞いた。
ただ、俺が話を終えると、マテス宰相は一言「……ありがとうございます」と告げた。
その礼の意味が、俺には完全にわからなかった。
「殿下とは露知らず、先ほどまでの無礼、ご容赦ください。しかし、何故いままで御姿を隠しておられたのですか?」
「いろいろと理由はありますが、魔族の狙いがこれである可能性が捨てきれませんでしたので」
俺はそう言って、割れた宝玉の片割れをインベントリから取り出した。




