17話
その後もダンスは続いたが、アスカリーナとはその次の一曲で別れた。彼女と一緒にいて悪目立ちすぎるのが困るというわけではなく(それを言ったらもう手遅れだ)、中庭に用事があったからだ。
ブラックドラゴンを置く場所には、巨大な布が何重にも敷かれていた。
今回のもうひとつのメインイベントであるブラックドラゴンのお披露目――その準備をするためだ。
そこで待機していたのは、昨日ワイバーンを売った魔道具屋の支配人(あの時俺の応対をした店員が支配人だと知ったのは後日のことだが)と、ワイバーンを解体したその部下たち。
「お待ちしておりました、ゴールド卿!」
「ゴールド卿って、ゴールドは家名じゃないし、そもそもまだ貴族ですらないぞ」
卿という呼称は男爵以上の貴族にのみ使われ、基本は爵位名、もしくは家名に対して付けられるものだ。ゴールドは神名であり、それに卿を付けるのは間違えている。
俺が男爵になった場合はサクティス卿という呼称が正しい。もっともこの性を知っている人間は俺がサクティス王国の王子であることを知っているから、卿という呼称は使わずに殿下と呼ぶことになるだろう。
「申し訳ありません。ゴールド卿の家名が決まればそちらで呼ばせていただきますので」
「俺がまだ平民だってことは?」
「ゴールド卿のこれまでの活躍、そして先ほどの晩餐会の様子を伺いました。ゴールド卿が男爵――いえ、子爵となるのは遠くない日だと思います」
「いいのか? 俺と親しくしていたら貴族第一主義の連中に何をされるかわからないぞ?」
「ははは、ご冗談を」
晩餐会の様子を聞いたなら、俺が貴族に嫌がらせをされたことだってわかるはずだ。
それを知っていたら、少なくともいまのようなことを言えるわけがない。
貴族を敵に回した奴を贔屓にするなんて、俺と同じく打算で動くであろうこの支配人らしくない。
「お前、気付いているのか?」
「なんのことでしょうか?」
そう尋ね、笑顔を浮かべる支配人だが――その目、絶対にわかってやがる。
「どこまで知ってる?」
「ですから、なんのことでしょうか?」
「とぼけるつもりなら、今回の取引が最後になると思っておけ。もう一度聞く。どこまで知っている?」
「と言っても、ゴールド卿がマテス宰相に贈ったワインのが大層|気に入られたということと、それ以上になにかある――ということまでですね」
「ワイン? なんのことかは知らないが、それだけか?」
一応とぼけておく。
「ええ。それだけです」
それだけなら想定の範囲内だ。別に大きな問題はない。
むしろ、そのくらいの情報を自力で集められないような情弱な店ならば今後の付き合いを考えないといけないと思っていたくらいだ。
しかし、手札をここまで晒して、そんなに俺の信用を得たいのか?
「ワイバーンの素材の売れ行きはどうだ?」
「ええ、それはもう。あそこまで若くて新鮮なワイバーンの死体なんて、滅多に手に入りませんから、飛ぶように売れております。ワイバーンだけにね」
少しうまいと思ってしまった。
と、暫くすると、広間から人が出てきて、中庭の様子を見ることができる渡り廊下に集まってきた。
「そろそろ時間のようですね」
支配人が俺に言う。
そうだな、マテス宰相もいるようだし、三階の窓、一カ所窓が開いているのに赤いカーテンがかかっている部屋からは国王陛下も見ているはずだ。始めていいだろう。
「お集まりの皆様、タイガ・ゴールドです。これから皆様にお見せするのは、ここから遥か北東の位置にあるドワーフ自治区、飛竜山にて数多の竜を従え、ボスとして君臨していたドラゴンです。そのドラゴンが、魔族の謀略によりクライアン侯爵領にある辺境の町、ノスティアを襲ってきた――」
「辺境の町というな」
キーゲン男爵が機嫌悪そうに呟いたのを俺は聞き逃さなかったが、当然、無視する。
「凶悪のドラゴン――ブラックドラゴンです。滅多にお目にかかれるものではありません。ぜひ、ご覧になってください」
俺はそう言って、インベントリからブラックドラゴンを取り出した。
中庭はかなり広かったのだが、それを埋め尽くすような巨体に、渡り廊下の客は一気に静まり返った。
「それでは、これよりブラックドラゴンの解体ショーをはじめます。滅多に見られるものではありませんが、しかし動物の解体というのは決して綺麗なものではありません。血が苦手な方はどうぞ室内にお戻りになることをお勧めします。なお、ブラックドラゴンの美味な肉の部分は、これより切り落とし、皆様にお召し上がりいただき、お持ち帰りいただけるように手配します。どうぞドラゴンステーキにしてお召し上がりください。これで皆様も晴れてドラゴンスレイヤーの仲間入りです!」
俺が冗談めいていうと、観客たちの中から笑いが起こった。
そして、貴婦人の半数が室内へと戻っていく。ユマも広間に戻ったようだ。
まあ、動物の解体は慣れないと見るのも辛いからな。正しい判断だと思う。
こうして、ブラックドラゴンの解体は始まった。
鱗を剥ぐだけでも重労働であり、まずは急ぎブラックドラゴンの味を確かめたい美食家のために尻尾の部分の鱗を剥いで切り落とし、調理場へと運び込まれていった。
「なんとも凄い。これだけの竜を退治したとなれば、本当にヘノワール辺境伯領の奪還が可能かもしれん」
「馬鹿を言うな、いくら凄腕の冒険者と言えど、たったひとりで何ができる?」
「だが、魔族軍がいかに強大とはいえ、魔物を率いる魔族さえ倒せばあとは烏合の衆だろう。それどころか、魔族による統制がとれなくなった魔物たちは同士討ちをはじめる可能性すらある」
よしよし、貴族たちの間でも、俺への評価が変わり始めた。
これなら――
「タイガ・ゴールド。このドラゴンは本当に貴様の実力で倒したのか? 俄には信じられないな」
突如、横やりが入った。
マテス宰相からだ。
やはりきたか。
これは――俺への最後の嫌がらせだな。




