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16話


 いよいよ舞踏会が始まるようだ。

 そう思った時、その一節を聞いて俺は眉を顰めた。

 それは有名な曲だった。


『聖曲第三十七番――剣神の奉舞』


 聖曲――様々な神の聖典を基に音楽家ロウパが著したという曲だ。

 剣の神ディエムロと盾の神ドルシェが、主神タイランのために試合をしたという伝承を基に作られた曲だ。

 この曲のダンスには大きな特徴がある。

 まず、戦いを基にしたダンスであるため、非常に動きが派手であり、素人が簡単に踊れるようなものではないということ。

 そして、第二の特徴は、このダンスは男性がリードしなくてはいけないということだ。このダンスでは男性が剣の神ディエムロを、女性が盾の神ドルシェを演じて舞い、聖典によると剣の神が激しく剣を振るい、盾の神ドルシェがそれに合わせてその剣を受け止めたとあるからだそうだ。

 貴族の中でも踊れる者は少ないので、滅多に流れない曲。それを証拠に、せっかくダンスの誘いに成功したライズ准男爵御息女のダンスペアは曲が流れだすと同時に会場の端に行ってしまった。

 俺たちも本来ならそうするべきなのだろうが。


(なるほどな、これが次の罠か)


 すでに、俺たちを囲うように貴族たちが取り囲んでいた。

 隙間はあるが、俺たちが抜け出そうとすれば、さっと回り込み妨害するつもりだろう。


「タイガ様、安心してください。あまりないことですが、ここは私が男役を――」

「姫様、ここは私に合わせてください」


 そう言うと、俺はアスカリーナの腕を強引に引いた。


「し、しかし」

「大丈夫です――」


 俺は不敵に微笑み、

 そして、俺は彼女を抱き寄せ、ステップを始めた。

 激しく回転しながら、周囲の様子を探る。まるで追い詰められている獲物を見るかのようにこちらを見る貴族のバカども。

 俺が失敗するところを見たいのだろう。

 この曲、テンポが普通よりも一割増しで速い。あの管弦楽団もグルなのだろう。ただでさえ社交界のダンスに縁のない平民は、まず踊れないだろう。

 王女をパートナーとして見苦しいダンスをする冒険者上がりの平民……そうなれば、こき下ろすにはもってこいのイベントだ。

 しかし――


「タ、タイガ様。ダンスの経験がおありなのですか?」

「いや、初めてですが冒険者ですからね。体を動かすのは得意なんですよ」


 真っ赤な嘘だ。

 なにしろ、俺は物心ついたころから王子として育てられたからな。踊りは一通り可能だ。

 俺のダンスを見て、貴族たちの表情がみるみる変わる。

 当たり前だ――この会場の中でもっとも激しく、そしてもっとも技巧を凝らして踊っているのは俺たちだからな。

 さて、そろそろ反撃開始とするか。

 俺は左手が自由になったところで、こっそり手の中に大銀貨を一枚(1000ゴールド)出現させ、指揮者に向かって投げた。


速度上昇(スピードアップ)


 補助魔法、速度上昇(スピードアップ)――その名の通り速度が上昇する魔法だ。しかし、説明を受けず、その魔法を使われた者は、自分が速くなったと思わず、自分以外の者が遅くなったと感じるだろう。

 結果、どうなるか?

 指揮が速くなる。曲が速くなる。つまり、難易度が上がる。

 大銀貨一枚分だ。速度上昇(スピードアップ)といっても三割増しくらいの効果しかない。

 しかし、もともと速めていたダンス、そんなものの速度が三割増せばどうなるか?


「うわっ!」

「ギャっ!」


 俺の後ろで貴族のペアが転倒した。ダンスの技術があっても、激しい速度についていけないのだろう。所詮は貴族だ――冒険者として活躍している俺と体力勝負をしたら勝ち目はないぜ。

 そして、最後まで立っていられた貴族はわずか数組だけだった。

 と同時に、この高速ダンスを見ていた貴族から喝采が巻き起こる。

 そのほとんどは王女に向けられたものなのだろうが、聞き耳を立ててみると俺への賞賛の声もあった。

 もっとも、本当に凄いのは、俺の速度上昇(スピードアップ)魔法を受けた指揮者の無茶振りに、なんの補助も受けずに最後までついていった管弦楽団の連中だろう。一割増しからの三割増し、つまり四割増し以上の速度による超絶技巧だ。


「ふぅ……いい運動になりました」


 アスカリーナが爽やかな笑みを浮かべた。

 いい運動か。最初は彼女に負担をかけないようにと気を遣っていた。しかし、踊りのテンポが速くなった時、あろうことかアスカリーナは愉快そうに笑ったのだ。

 こんな滅茶苦茶なダンスなんて生まれて初めてと言わんばかりに笑った。それからだ、俺の遠慮が無くなったのは。


「王女様は体力があるのですね」

「タイガ様には負けますけれどね」


 王女様はさらに周囲に向かって尋ねた。


「皆様、この速度でもう一度いかがですか?」


 その王女の誘いに乗った貴族は誰もいなかった。さらに王女は、先ほどまで彼女を必死になって誘っていた貴族を見つめたけれど、彼らまで視線を逸らす始末。

 この結末を見たら致し方ないか。


「なら、仕方がありません。タイガ様、今度は普通の速度でもう一曲お願いします」

「ええ、喜んで、王女様」


 俺はそう言って、視界の端で、俺に王女のダンスのパートナーを薦めた伯爵を見た。まさに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。その奥で不敵な笑みを浮かべるマテス宰相。次はどんな手で俺を貶めてくるつもりだ?


「いくつ罠があっても無駄だと思うけど……な」

「え?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 俺はそう言って、アスカリーナとのダンスに興じたのだった。


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