15話
「ん? あれは――」
ダンス会場の片隅に人垣ができていた。若い貴族がほとんどか。
その中心にいたのはアスカリーナ王女だった。
なるほど、あの貴族たちは王女をダンスに誘おうとしているのだろう。王女は困惑の表情を浮かべていたが、俺は周囲にいる貴族たちの方に好意を持つ。王女と一緒にダンスを踊るというのは、貴族にとってのステータスだ。あそこまでガツガツと己の欲を満たすために行動をする――あの輪の中に入っていく勇気すらなく、周囲から見ているだけで、それでも万が一のお零れを期待しているだけの奴らよりよほど優れている。
まぁ、アスカリーナ王女は気の毒だと思うけれども、ダンスに誘われるのも王女の責務だ。彼女ももう二十歳近いはずなので、頑張ってもらおう。
俺はあの輪の中に入っていく気はない。平民の俺が、若手とはいえあれだけの貴族を相手に喧嘩を売れば今後いろいろと行動しにくくなると思う。
それよりも、どこか商会に強い繋がりを持つ貴族のお嬢さんをダンスに誘おうかな。
と思ったところで、王女を取り巻く一団の中にいい標的を見つけた。
ライズ准男爵の御息女だ。
あらかじめもらった情報によると、ライズ准男爵は金で爵位を買ったと言われる成り上がりの商会貴族である。そのため貴族第一主義を掲げる貴族とは折り合いが悪く、その貴族の顔色をうかがう日和見主義の貴族たちもライズ准男爵のお嬢さんをダンスに誘うことはまずない。しかし、その商会の規模を考えると、ここで接触しておけば一部の貴族を敵に回してもお釣りがくると思う。
よし、行くか。
俺はライズ准男爵の御息女に近付き、声をかけようとしたが、それより早く俺に声をかけてくるものがいた。
「タイガ様!」
そう声をかけて、彼女は俺の腕を掴んだ。
「ア、アスカリーナ王女っ!? 何を――」
「お忘れですか? 以前、一緒に踊ろうと約束したではありませんか」
ダンスの約束?
そんな約束した覚えがない。いや、待てよ?
そういえば、サクティス王国の晩餐会でアスカリーナとダンスを踊り、また一緒に踊ろうと約束をした覚えはあるが……もしかして、アスカリーナ、俺をサクティス王国の王子だと見抜いたのかっ!?
「(話を合わせてください、お願いします)」
違ったようだ。
どうやら、他の貴族と一緒に踊りたくないアスカリーナが、俺を人身御供に使ったらしい。
「アスカリーナ王女、あれはしがない平民の世迷い事。私などと踊られては、王家の沽券にかかわります。どうかあちらの貴族様方をパートナーになさってください(ええい、離れろ、厄介事はごめんだ!)」
「あら、私は本気で受け止めたのですよ(いいから従いなさい)」
やばい、貴族たちの目が本当に痛い。
そうだ、この中で一番偉そうな奴の意見を聞けばいい。そうすれば、王女と平民風情が一緒に踊ってはいけないと正論を言ってくるだろう。そうすれば、他の貴族たちも追随してくるに決まっている。
多数決の論理というのは嫌いな俺だが、嫌いだからと言って利用しないのは勿体ない。
「アスカリーナ王女、それでは――」
と俺が貴族のボンボンの中でも一番身なりのいい男の意見を求めようとしたところで、思わぬところから声がかかった。
「いいではありませんか。タイガ殿。あなたは今回の晩餐会の特別賓客なのですから」
そんな余計なことを言ってきたのは、まさかのマテス宰相の取り巻きの貴族だ。名前は覚えていないが、領地を持っていない伯爵だったはず。なんだ、このおっさん、王女と俺の踊りを止めるのならまだしも、薦めてくるなんて。なんか、ろくでもないことを企んでいる気がする。
王女が絡んできたのは偶然なのだろうけれど、これは何か仕掛けてやがるな。
伯爵が言うのならと貴族のボンボンたちは引き下がった。と、そこに俺が狙っていたライズ准男爵の御息女が動き、そのボンボンのうちのひとりをダンスに誘っていた。王女のダンスの誘いに失敗した男は、ライズ准男爵の噂を知らないのか、それとも王女の相手をできなくてヤケになったのか、その誘いを受けていた。
「申し訳ありません、タイガ様。このような無茶に巻き込んで」
「はぁ……済んだことはもういいですよ。ですが、どうしてこのような嘘を吐いたのですか?」
「すみません。ただのダンスの誘いでしたら私もお受けしたのですけれど、彼らの狙いは私との婚姻ですから、付け入る隙を与えたくないのです」
婚姻ねぇ。あれ? でもアスカリーナ王女って俺とほぼ同い年――いや、少し年下だったか? ともかく、そのくらいの年齢で婚約者もいないっておかしくないか?
もしかして、婚約破棄でもされたのか? それで男性不信になったとか……ありえるな。
しかし、そんなことに巻き込まないでほしい。
「俺――いえ、私は平民ですから、あまりダンスは得意ではないんですがね」
「ふふふ、お任せください。私がリードして差し上げますから、タイガ様は思った通りに動いてください」
そう言ってアスカリーナは笑った。
とその時、宮廷管弦楽団の指揮者が指揮棒を上げ、チューニングを始めた。




