14話
「おや?」
俺はわざとらしい態度で、こちらに来る焦り顔の使用人を見た。
グナイツ男爵は顔色を変え、ジェスチャーで「下がれ」と伝えようとしたが、どうやら使用人は気付いていないようだ。
「タイガ様、申し訳ありません。先ほどお出しした子羊のソテーなのですが、こちらの手違いで、タイガ様の料理だけ老羊が使われていたようです」
取り決めでは、グナイツ男爵が俺を罰しない、つまりは俺が子羊のソテーに使われていた肉が廃羊だと気付いていなければこのように使用人が来て、ネタ晴らしする予定になっていたようだ。
さて、どうします? グナイツ男爵?
「間違いではない。そこのタイガ・ゴールドの肉料理に老羊を出すように命じたのは私だ。成羊ですら、サクティス王国の者は好んで食べないと聞いたからな」
そう助け船を出したのは、マテス宰相だった。
まぁ、そもそも平民は肉なんてほとんど食べられない。
王族ですら、このような晩餐会の席か、もしくはとてもめでたい日にしか肉を食べることができないのだから。
「料理人にお伝えください。クセの強い老羊を、あそこまで食べやすくしたその腕、とても素晴らしかった。さすがは宮廷料理人ですね」
「は、はい」
俺もそうフォローすると、使用人は震える声でゆっくりと立ち去った。
そして、マテス宰相は俺を見た。
まるで、「借りだとは思わんぞ」というような威圧した目だ。
まったく、凄い役者だよ。宰相様は。
結果的に、廃羊を俺に出した行為を自分の手柄にし、さらに部下のミスを庇ってグナイツ男爵に貸しを作った。結局、マテス宰相のひとり勝ちじゃないか。
「この程度なら問題ないんだがな」
俺は小さく独り言ちた。
マテス宰相とグナイツ男爵がいなくなってから、キーゲン男爵が尋ねた。
「それにしてもタイガ・ゴールド。よく食べる前に老羊と子羊の違いがわかったな」
「肉の硬さもそうですけど、他の皿と比べてハーブの量が全然違いましたから」
先ほど言ったように、廃羊はクセが強い。そのクセを消すためにハーブを大量に使ったのだろう。まぁ、廃羊は食べ慣れているのでハーブがなくても一口食べたら気付いていただろう。
「冒険者ならではの観察眼か。まぁ、老羊であろうと、羊肉は平民が滅多に食べられるものではあるまい。味での区別が付くわけはないな」
キーゲン男爵が一言余計なことを言って機嫌よくワインを飲み、席を立った。
多くの貴族たちは食事を終え、歓談の時間になっているようだ。
ダンスが始まるのも時間の問題だろう。
「ユマ、お前は行かなくてもいいのか?」
「はい、キーゲン男爵がダンスの時間が終わるまでは自由にしてもいいと仰って下さいました」
ユマに聞かれたくない話でもあるのだろう。
歓談の場、それは貴族同士の腹の探り合いの場でもあるからな。
さて、俺はのんびりとダンス会場に行くとしますか。




